IWGP西ドイツ大会
ドイツ大会と言いたいところだが、やはり西ドイツである。いよいよヨーロッパのプロ・レスリングと相対する事になる。
これまでのIWGPは、プロレスを知らない国が多かった。しかし猪木の闘魂は、そんな国々をも驚かせ、プロレスの未来を予感させる様な物を蒔いて来たと言える。
香港では、ブルース・リーの弟子達と、高田伸彦や前田日明が闘った。リー直伝のキックを知る事によって、やがて彼等はUWFという団体を設立する事になる。モンゴルでは、ムンフバトをスカウトする事こそ出来なかったものの、息子は来日して大相撲の白鵬となる。そしてソ連のプロレスの種は、見事に発芽して、サルマン・ハシミコフやビクトル・ザンギエフといったレスラーが来日、橋本真也等の猪木遺伝子をもつ者と激闘を繰り広げる。
そして、韓国。猪木は、仮想馬場としてパク・ソンナンをリングの上で血祭りに上げた。一部の報道には、
「もし、猪木が馬場と闘えば、馬場も、こうなる!」
といった、見出しが踊っていた。
さて、西ドイツである。
ローラン・ボックがいる。人呼んで、「欧州の帝王」、恐ろしく強い。アマレスの出身で、スープレックスつまり、抱え投げの使い手である。しかし、そのスープレックスにこだわり過ぎる。
しかも、そのスープレックスで相手を痛め付けるのに喜びを感じるタイプだから始末が悪い。プロレスは相手の技も受けなければならないものだ。そこで付いた別名が「地獄の墓掘り人」。
しかし、ファンが、そこに魅力を感じたのも、困った事に、また事実である。相手を残忍に痛め付ける、全く近代を感じさせない、言ってみれば拷問具に喜びを見いだす中世のヨーロッパの如くにだ。
勿論、猪木は技を受ける。相手に百パーセント出させて、それ以上で仕留める。しかし、ボックの百は並ではない。
アントニオ猪木は、受身の達人と言われる。それには理由があった。猪木は相手の技を予測して、自分の重心を、その方向に移動させる事が出来る。意図してやる訳ではなく、相手に百を出させる為に、自然にそうなっていったようだ。
すると、どういう事が起こるか。投げやすい。相手にとって猪木は、投げ安過ぎるほど投げやすい。
その結果は、いつしか相手の攻撃に無理がなくなる。自然でスムーズな技になる。相手は過剰な力を行使しないから、猪木は受け続けられるのだ。
まあ、それは言ってみれば、「やれるものなら、やってみろよ」の開き直り的なものだが、これを実践するのは意外に難しい。まして相手は、ローラン・ボック。凄まじいスープレックスが来ると思えば、ついつい全身に力が入ってしまう。
そこでも、脱力出来るのが猪木なのだ。この猪木の自然体、いや自然体以上に相手寄りのプロレスが幻惑させる。
この時の、ボックもそうだ。初めこそ急角度に投げたりしていたが、自然に猪木の受けの流れの心地よさに呑み込まれた様になる。
「プロレスとは、楽しいものだったのか」その思いに、ボックは、あ然とさえする。これまで、プロレスとは痛め付け合うものだとしか思って来なかった。
プロレスとは自分の技だけでなく、相手の技のやり方も感じてみるもの。孤高の「欧州の帝王」は、猪木の受身にプロレスの醍醐味をようやく知ったのである。
ダブル・アーム・スープレックス。しかし、猪木は、もちろん立ち上がって来る。
「何を、する気でいるのだろう」
ボックは、興味深い様な気持ちになっていた。
コブラツイストだった。猪木がアバラを締め上げて来る。しかし、これならば耐えられると考えているうちに、隙をつかれた。
猪木が、グラウンドつまり寝技に移行したのだ。絞め技かと思っていたボックは、呆気に取られた格好だった。
スリー・カウント。レフェリーがマットを三つ、数えてしまっていた。
ボックは、猪木のグラウンド・コブラツイストに敗れた。




