6. 持久走、そして再会
「学校……行きたくなさすぎる」
綾菜が大きくため息をつく。
「何のために、何が楽しくてトラック五周もするんだよ……」
そう、小学生の冬の風物詩と言えば持久走である。綾菜は運動全般が苦手であるが、特に走るのが最もしんどい。
五十メートル走のタイムもクラスで、いや学年で一番遅い。短距離は一瞬で終わるからまだましであるが、持久走は長過ぎて体力も精神力も削られる。
さらに途中でこっそり歩いても先生にすぐ見つかってしまい、毎回フラフラになりながらゴールしている。
夢の中でお兄さんやおじさんの馬に乗せてもらって、疾走した時に見た景色はほぼ荒地だったが、いくら走っても飽きなかった。走ってるのは馬であるが。
(で、トラック五周の先に何がある? 何もないんだよ……)
そう思いながら今日も嫌々持久走をする。
冷たい風の中、足もだんだん動かなくなり疲れてきた。
「綾菜ちゃん、お疲れ様。大丈夫?」
「うん……ハァ……ハァ……」
いつも通りお友達に声をかけられながら教室に戻る。
と言っても小学生、体力の回復は早いので夕方になれば何ともない。
そういえば、あの武将――会いたいのに会えないあのお兄さんとは、あれ以来夢で会えていないことに気づく。
綾菜がお兄さん、またはおじさんと呼ぶ者は戦国武将である。歴史が好きで戦国武将に憧れる綾菜は、戦国時代を冒険する夢を見たことがある。目が覚めると戦国武将が身につけていたであろうものが枕元にあるため、本当に夢なのかはわからない。
今まで会ったのはおじさん二人とお兄さん一人。皆、命懸けで戦い続ける立派な者達であった。その中でも……一人のお兄さん武将のことが忘れられない綾菜である。
「お主、忘れるでない。人の心……相手を思う気持ち」
「待ってお兄さん! あたし、もっとお兄さんと一緒にいたいよ……」
“人の心”の大切さを教えてくれたお兄さん。そしてお兄さん自身の持つ“人の心”に強く惹かれた綾菜。
この夢以降、綾菜は一時的にお兄さんのことで頭がいっぱいであったが、小学生もなかなか忙しく、さらにしんどい持久走もやらなければならなくなった。
お兄さんを想っている場合ではない。持久走シーズンを乗り越えなければならないのだ。
とりあえず今日は寝ることにした。もちろんお空にお祈りは忘れずに……。
※※※
綾菜が目覚めた場所は、城の中。
このお城に見覚えがある。もしかしてあのお兄さんのお城ではないだろうか。廊下を慎重に歩いていく。確かあの部屋に彼がいたような気がする。
ゆっくり部屋を覗くと、見たことのある後ろ姿。床の間を向いて座っている――精神を集中させているようだ。
話しかけたいのに張り詰めた空気感で、綾菜は声が出ない。
そう思っているとやはり綾菜の気配を感じたのかお兄さんが振り返った。
「お主か」と穏やかな表情となる。
「お……お兄さん……会いたかったです……! 何していたの?」
「戦の世の中でも信仰は欠かせぬ。簡単に言えば、神様や仏様のようなものを信じるということだ」
「あたしもお空にお祈りしているの。だからお兄さんに会えたのかな……」
「そうか。その心、必ずや神様や仏様のようなものが見ておる。さて、今日は大事な場所へ挨拶に向かう。お主も来るが良い」
「はい……!」
なんと向こうから誘われた。どこかに挨拶に向かうと言ってたが、戦いは今日はなしで、ただお兄さんと一緒に過ごせるということなのか。
お兄さんの馬に乗った綾菜。しかし、ここからが長かった。
時々休憩も取るが片道どのぐらいかかるのだろう。馬も無理させられないのでダッシュすることができない。
「お兄さん、いつ着くの? こんなに長い間、同じような道を歩いてて本当に辿り着くの?」
「フフ……もう少しかかる。戦の世の中でも大事な人への挨拶、交流は大切。結局は人間同士の戦いだが、我々はただ戦うだけではない。この世の中を変えるために生きている。時に戦を交えたとしても、皆が同じことを考えているはずだと信じている。平和な世の中を……そのための……天下統一」
「そうなんだ……」
平和を願うための天下統一。そのためには時に信じられないぐらいの距離を馬で行くのか。
どれぐらい時間が経ったかわからないが、お兄さんの馬はある豪華なお城に着き、お兄さんはそこにいるおじさんに挨拶をしていた。
そして馬に乗って引き返す。目的地にいる時間よりも往復時間の方が長くない? と思う綾菜。それでもお兄さんは、戦国時代で生き残るために人付き合いを忘れない。“人の心”の大切さがまた少しわかった気がする。
やっと戻って来た――お兄さんは全然疲れてなさそう。その持久力、ちょっと分けてほしいと思う綾菜である。
しばらくして兵士がお兄さんの元にやって来る。
「我の留守の間にその領地に攻め入ったと? 相変わらず卑怯な手を使う奴……許さぬ」
どうやら、お兄さんが偉い人にご挨拶に行っている間に、仲間の領地が敵に攻め込まれたらしい。
お兄さんが綾菜を見る。綾菜が頷く。
もうお互い何も言わなくても、綾菜はお兄さんと共に行くことになっている。戦の地へ。
※※※
馬を走らせるお兄さんの後ろにつかまる綾菜。お兄さんはさっきまであれだけの距離を行き来して疲れているはずなのに、仲間がピンチに陥ったらすぐに掛けつける。これが本当の正義の味方。
綾菜にとって一番憧れる戦国武将は、きっとこの人なのだろう。
――貴方に会うまでは戦い方が派手で強い武将が好きだった。でも、貴方に“人の心”の大切さを教わった。
――貴方が人を思う心、そして戦へ一直線に向かう、強い覚悟を感じるその背中を……
――今度は私が貴方を守りたい。
馬に乗った綾菜が後ろから彼を抱き寄せている。
誠が気づく。
――何かがおかしい。我の後ろ、少女がつかまっているはずであるが、明らかに別の誰かに入れ替わっている。だが、温かく包むようで心地良い……悪くない。
――いや、それどころではない。あの領地に一刻も早く迎わなければならぬ。
仲間の領地に到着して馬から降り、綾菜も降ろされる。
――何故だ、入れ替わっていない……そこにいるのは少女。気のせいか。集中力が低下しているのかもしれぬ。気を引き締めるのだ。
「お兄さん! 頑張って……!」
いつも通り戦の様子を見学する綾菜。
だが相手の兵士の数……多すぎないか。お兄さんのことが心配になる。
するとそこに別の兵士の軍がやって来た。どこの誰だろうか。
「あ……もしかしてお兄さんの味方で一緒に戦ってくれるの?」
別の兵士軍はお兄さんの軍と協力し、相手の兵士たちを取り囲む。そこから一気に相手の兵士達を斬り倒して行った。二対一では勝ち目がないと思った相手の兵士軍は馬で去っていく。
今回も血を流して倒れている人、多数。お兄さんが無事で良かったものの、毎回どれだけの人が犠牲になれば済むのだろうか。これが本当に皆が望む平和のためなのか。
思うところはあるものの、これが戦国時代。こんな世の中であっても皆が必死で“今”を生きている。
「あれ……?」
綾菜はふらついてしまい、その場に倒れてしまった。
――貴方が……私を呼ぶ声が聞こえる。
※※※
ハッと目覚めた綾菜。いつもの自宅のベッドにいる。
「やっとお兄さんに会えた……けどしんどい……持久走のせいだ」
そう言いながらベッドから降りて、前に引き出しの中に入れていた布切れを見ようとする。一度目の夢から覚めた時に手に入れたお兄さんの布切れだが、横に二倍の大きさとなっている。
「え? あの文字の上部分だよね、これって」
ある漢字一文字が書かれた布の上半分である。二回お兄さんの夢を見たから二倍になったのだろうか。
今日も持久走の時間となった。
綾菜は思い出す。
どんなに辛い戦の世の中でも、超絶長い距離を馬で行くお兄さんの持久力。それに比べたらトラック五周ぐらい……大したことないのでは。
綾菜はお兄さんを想いながら、トラックを一生懸命に走った。やっぱりクラスで一番遅かったもののタイムは更新できた。
「綾菜ちゃん! 今日すごい頑張ってたよ!」
先生にも褒められて持久走も悪くないかも、と思う綾菜であった。




