45. 決戦
再び出発する綾菜、勝、翠と兵士たち。慣れない土地で風も吹き荒れ、歩くだけでも体力を奪われる。
「あれは――屋敷か?」
「前に兵がいる、怪しいわね」
勝と翠が屋敷周辺を素早く確認する。
この辺りではひときわ大きな屋敷。
もしかして、ここに真宗が……?
「どちらにせよ、この屋敷の前を通らなければ先に進めない。敵兵との戦いは避けられぬだろう」
勝が刀を構える。
「綾は危ないから待っててくれる?」と翠が声をかけるが、
「いえ……私も参ります」と綾菜は震えずに言った。
「じゃあ行くぞ」
勝の号令で兵たちが動き出す。
屋敷正面の敵兵たちは油断していたのか、あっさりと味方に討たれ、庭へなだれ込む。
「真宗様の気配を感じます」
綾菜はまっすぐに屋敷の廊下へ走り出した。
「待て! 一人で向かうのは危険だ!」
勝の声も届かず、綾菜は薄暗い廊下を駆け抜ける。
――真宗様……待っててください。私が必ずお救いします。この刀がきっと私を守ってくれる。だから強くなれる。
しかしその時、角を曲がった先に敵兵が立ちふさがった。
「何者だ!」
綾菜は息を飲み、立ち止まった。
足がすくみそうになる――けれど、ここで退けば何も変わらない。
彼女は刀の柄を握りしめ、一歩前に出た。
「……真宗様を返してください!」
「女子が刀を振るうか……面白い」
敵兵が刃を向けてくる。綾菜は息を整え、剣先を構えた。
――大丈夫。最初の一歩を踏み出せば、きっと動ける。どうか真宗様……私にお力を。
敵の刃が振り下ろされた瞬間、綾菜は腰を落として受け流す。衝撃で腕がしびれたが、構えは崩さなかった。
「っ……!」
もう一度斬りかかってきた敵に、綾菜は下から刀を突き上げる。相手の鎧に傷をつけることはできなかったが、敵はひるんだ。
「思ったよりやるな……!」
すると背後にも足音――
綾菜が振り向くと、二人目の敵兵が迫っていた。
斬られる……!
そう思った瞬間、綾菜は刀を胸の前に構えたまま目を閉じ――
「綾っ!」
翠の声と共に、矢が背後の敵を貫いた。
そして、前の敵には勝が斬り込む。
「道を開けるぞ!」
勝が敵を薙ぎ払い、翠が駆け寄る。
「綾、大丈夫!?」
「はい……でも、真宗様が……!」
「行って! 私たちが後を守る!」
「ありがとうございます!」
綾菜は頭を下げ、刀を握ったまま奥の間へと走り出す。
その先には、共に未来を見ることを約束したあの人が待っている――
そう思いながら敵兵に見つからないように息を潜める綾菜。奥の座敷に踏み込むと、そこには鎖に繋がれた真宗がいた。
「ま……真宗様!」
「綾……?」
顔を上げたその瞳は、懐かしさと驚きに揺れていた。髪が乱れているものの、表情には武将の誇りが見える。
綾菜は駆け寄り、その手に触れた。
「綾、我一人で十分だと……言ったはずだ」
「いいえ、私の考える未来にはあなたが必要なのです……あなたのいない未来なんて考えられません。今度は、私が……あなたを守りたかったから」
その言葉に、真宗の目にかすかな涙が浮かぶ。
彼には、前にも同じようなことを言われた覚えがあった。確かあれは戦に出る前の晩に……彼女と一緒に過ごして……まさか。
じわじわと思い出す過去のこと。綾菜とは以前に結ばれたような気がしてならない。
そこにやって来た勝と翠が鎖を断ち切ると、真宗はふらつきながらも立ち上がった。
「この手で歩く。そなたと、また同じ未来へ」
綾菜はうなずく。
「行きましょう、真宗様」
屋敷を出た一行が庭に出たその瞬間、冷たい風が吹き荒れる。
「来たな……」と勝が低く呟く。
屋敷の奥から、黒い甲冑をまとった大男が現れた。全身から禍々しい気配を放っている。
真宗が身構える。しかし彼の足取りはまだ不安定だった。
「綾、下がっていろ」
勝と翠が前に出る。しかし黒き敵将は、にやりと笑った。すると周りから敵兵も出てくる。
「やるしかないようね」と翠がつぶやく。
激しい斬撃が交錯する。勝と翠が前衛で押しとどめるが、徐々に押され始める。
その時、綾菜が刀を握りしめて叫ぶ。
「私も……私も、戦います!」
綾菜は真宗の前に立つ。
「綾……!」
彼女の背中を見つめるうちに、真宗の中で、何かが軋んだ。
──光の中、誰かが笑っていた。
『誠様……私、こんな場所初めてです』
『綾、ここでは時間も争いも意味を持たぬ。そなたが笑っていれば、それで良いのだ』
赤いバラ、青いアジサイ、黄色いひまわりが咲き、小さな泉のある場所。
『そなたを想うこの心が、再び繋がるのなら……綾……また会おう』
『はい……誠様』
そうだ――綾とは再び会う約束をしていた。
彼女が“今”を生きると決めたように、自分も生きたいと強く願った。
そして今度こそ天下をこの目で見ようと――
気づいたらこの姿になって北地方にいた。
真宗と呼ばれ、天下を取りたくて戦を繰り返した。
きっとその先に綾がいると信じて。
――だから、彼女は自分が守りたい。
「やめろ!!」
真宗が叫んだ。敵将の剣が綾菜に迫る、その刹那――
彼の体が自然と動いた。割って入って、その刃を受け止める。
「何……!?」
腕から血が流れる。しかし彼の目ははっきりと見開かれていた。
「思い……出したぞ。我の名は真と書いて真宗。そして、かつて――“誠”と呼ばれていた」
その瞳に、戦国の炎が宿る。
「真宗様が……誠様……? うそ……」
綾菜は真宗を見つめる。
――ずっと会いたいと思ってた誠様は真宗様の姿になって、生きることを決めた。私に会いに来てくれたんだ。
「この命はもう、我だけのものではない。何度生まれ変わっても、綾を守るために――!」
真宗は片腕で太刀を構えた。その刃は震えていたが、迷いはなかった。
勝と翠が背を預ける。
「来い……これが我らの“未来”だ!」
敵将の咆哮が、空を裂くように響いた。
綾菜はその場に立ち尽くす。目の前で、かつて見たことのない真宗が、全身に光を纏うような気迫で太刀を構えていた。
「……っ!」
敵将の放たれる一撃は、まるで巨大な斧のように振り下ろされた。
真宗が刀を横に構えて、真正面から受け止める。
「真宗様っ……!」
――私だってあなたの力になりたい……いつかじゃなくて“今”動ける私になりたい。それが未来につながるなら。




