44. 決意
「――私が、真宗様を助ける」
そう言う綾菜は、以前のような泣いてばかりの姫ではなかった。もう待つだけではなく、自らの意思で動いて未来を手にしたい――その思いでいっぱいだった。
するとそこに勝の軍が合流した。翠も一緒である。
「何だと!? 真宗殿が? 侮れない奴らめ」
「勝様……どうか一緒に真宗様を助けに行っていただけませんか?」
「そうだな……しかし敵は厄介そうだ。どうするか」
迷う勝に翠が言う。
「ねぇ、真宗様を救いに行きましょうよ。綾の愛する人よ」
「は? もうそんな仲なのか?」
「私には分かるわ、女の勘よ」
「さすが翠だな」
「もしあなたが同じように捕えられたら……私だってすぐに向かうわ」
それを聞いて勝は頬を赤くしたが、それどころではない。
「で、殿はどこにいるかわかるのか?」
「あの方向に連れ去られてしまいました」
勝は兵士から地図を受け取って眺める。いずれにしろ先へ進むには、その方向に向かう他はなさそうだ。
「よし、行くか」
「はい!」
勝と翠、そして綾菜は兵とともに歩き出す。
道中で敵兵が襲いかかるが、勝や翠、味方の兵士も綾菜を守るように立ち向かってくれた。
しかし随分体力を消耗した綾菜たちは、いったん休息を取ることにした。
※※※
今日は土曜日。
綾菜が目覚めたのは病院のベッドの上だった。
外を見ると夕方。夢の中と現実世界では時間の流れ方も異なるが、今回は大陸出兵ということもあり、そこそこ長いあいだ夢で過ごしていた。
「綾菜……! 良かった……!」
「ママ……」
「前みたいになかなか目覚めなかったから……本当にどうしようかと思って病院に。異常はないって言われたんだけど」
「そうなんだ……」
「看護師さんを呼ぶわね」
そう言って母親はナースコールを押す。
綾菜はまだ鼓動がおさまらない。
「そうそう、前と同じミドリちゃんや勝則くん、誠くんも病院に運ばれたのよ。タイミングを合わせたかのように一緒よね。不思議だわ」
(ミドリちゃんと勝則くんと……誠くんが……?)
ミドリと誠は四年生の夏休みに引っ越していったので会うのは久々である。
だが、誠は夢の中の誠様のはずだ。同じように夢を見ているのだとしたら、辻褄が合わない。誠様はもういないはずなのだから。
「綾菜ちゃん!」
ベッドのカーテンを勢いよく開けた少女、ミドリだった。
「み……ミドリちゃん」
「久しぶりだね、相変わらず武将が出てくる夢を見たんだけど……何だか激しい戦いだったな」
「ミドリちゃん……戦国時代の夢を見ているの?」
「そうみたい」
ミドリは綾菜とは違ってそこまで夢を覚えていないが、何となくは把握しているようだ。
「私もそうなんだけど……」
そうなんだけど、の後が出てこない。
やがて看護師と医者が部屋に入ってきて簡単な診察を受ける。その後綾菜は、ミドリと一緒にデイルームに行った。勝則と誠がいる。
「勝則くん! 誠くん!」とミドリが呼ぶ。
「おお、ミドリちゃん。久しぶりだな」と勝則。
綾菜は勝則の隣にいる誠のことが気になって仕方ない。
「誠くん……」
「久しぶり、綾菜ちゃん」
約一年ぶりに見る誠は少し背が伸びている上に、思春期の男らしさのようなものもあって、綾菜はドキっとした。
そして誠に近づいた時に一瞬だったが――
夢の中の真宗の姿が見えた。
「うそ……どうして?」
誠が……真宗様に見えるのだ。
そうだとしたら、同じように半日目覚めなかったのも納得できる。
(でも誠くんは夢での誠様で……誠様はもういないはず。だけどあの真宗様は誠様とよく似ていて……まさか)
「綾菜ちゃん……僕はさ……大丈夫だから……その……」
誠はゆっくりと綾菜の耳元に近づき囁いた。
「あの大陸から……逃げて」
「え……」
夢での大陸のことだろうか。
「捕まるのは……僕だけで十分だから。君だけは自由でいてほしい」
どこか寂しげに聞こえる誠の声に綾菜は確信する。
「違うよ、私はあなたを置いてなんていけない」
「綾菜ちゃん……」
「だから待ってて」
綾菜の頬に涙がつたう。
「あれ、綾菜ちゃん……大丈夫?」
勝則が心配している。
「うん……平気」
もう泣かないと綾菜は決めた。今度は自分が真宗様を救う、あの時に自分を救ってくださった誠様のように。
そして一緒に天下のその先の未来を見る――
※※※
日曜日に退院した綾菜は引き出しから布を取り出す。ある漢字の上半分が書かれた布。
この布が手元にあった時から――誠と運命を共にすることが定められていた。そして今は真宗と一緒に生きたい。
誠と真宗がどういう関係なのかはわからない。ただ二人とも“人の心”を大切に思い、自分のためではなくこの世の平和のために戦をする立派な武将。
「私はこの二人に出会うために、あの時代を旅しているのかな」
天下は統一されたものの、さらなる出兵。しかも真宗が捕らわれるなんて……本当にあの時代のやり方で、自分たちの望む“未来”は見えるのだろうか。
「私はそうは思わない。真宗様のいない未来なんて考えられない。彼を助け出してすぐに戻りたい……そして今度こそ」
こうして誰かを助けたいと思える自分がいる。
それが彼女の考える“未来”――
綾菜は思った。
今の自分が住む世の中が、どれほど恵まれているのか。
これが普通だとずっと思っていたが、戦国時代を考えたら今の世界は奇跡的に映る。
いつ何が起こるかわからない戦国の世の中。
だけど自分や愛する人を信じて前に進めば……きっと願いは叶うはず。
「私だってできる……やって見せる」
その夜、布を胸元に置いて綾菜は静かに目を閉じた。
――次に目を覚ました時、彼女はまたあの戦の世界にいた。




