42. 運動会にて
「ま……まさむねさま……」
「綾菜ー! 起きてるー?」
はっと気づくと朝になっていた。
綾菜はベッドから身体を起こしてあくびをする。
「真宗様……どこか誠様に似ていた」
何となく夢を思い出し、頬が熱くなって顔を覆う。
「いけない、学校遅刻しちゃう」
綾菜は母親に呼ばれ、慌てて準備をして学校に出発した。
※※※
二学期のイベントといえば運動会である。
五年生では「実行委員」という役割があり、キャンプや運動会などの準備を先導して行うことになる。綾菜は運動会実行委員になったので、団体演技のダンスを先に覚えてみんなに教えることになった。
昼休みに綾菜含め数人が呼び出され、空き教室で先生からダンスの指導を受ける。五年生では隣のクラスになった勝則も同じ運動会実行委員だった。
「綾菜ちゃん、最近俺さ、よくわからないけど夢の中で勇気を与えられている気がするんだ」と言う勝則。
彼は、夢では勝となっているが綾菜ほど鮮明に夢の内容を覚えているわけではない。だが、高学年にもなり以前に比べれば逞しくなったように見える。
「そうなんだ。私もそんな気がする」
綾菜も最近の夢を思い出していた。
五年生は毎年エイサーを踊る。正直前に出て手本となる勇気がない綾菜だったが、どうにか三日かけて覚えることができた。勝則とも休み時間に一緒に練習して振り付けをチェックしている。
そんなある日、エイサーに使うベニヤ太鼓に沖縄に関する絵を描くことになった。
綾菜はハイビスカスやシーサーの絵を描いていたが、夢の中の真宗が桜の和歌を歌っていたのを思い出し、こっそりと小さな桜のマークを描いていた。
(真宗様、次はいつ会えるのかな)
そう思っていると猿川先生に、「綺麗な桜だね」と言われる。
目立たないように描いたつもりなのに先生にわかってしまうとは。まるで夢の中の天下人、猿時に真宗との関係がバレたような気分である。
エイサーの練習も始まり、綾菜は実行委員として緊張しながらも、みんなの前に立って手本を見せていた。
「綾菜ちゃん、ここの振り付けどうやるの?」
「難しいよー」
そう言われながらも、綾菜はクラスメイトたちを励ましながら、練習を頑張っている。
「先生」
ある日、綾菜は猿川先生に声をかけた。
「エイサーの最初の振り付けですが……ここで手を高く上げたら綺麗なんじゃないかなって思って」
「おお、確かにそうだな。隣のクラスの先生とも相談するよ」
キャンプの時もそうだったが、綾菜は自分の考えを発言することができるようになっていた。夢の中で学んだことが大きかったのかもしれない。なんといっても戦国時代は命懸けなのだから。
「綾菜さんのおかげで、より綺麗に見える振り付けができそうだ。ありがとう」
猿川先生にお礼を言われて綾菜は笑顔を見せた。
※※※
運動会本番の朝、空は少し曇っていたが、グラウンドには楽しげな声が響いている。
綾菜は胸元で小さく手を握った。
「大丈夫。うまくやれる……よね?」
ふと、空を見上げる。どこか遠くから、風に乗って太鼓の音が聞こえた気がした。
夢の中で、戦の時に弓を放った音にも似ていた。
まるで夢の中の自分が現実世界の自分にエールを送っているかのよう。
(そうだ――私、怖くない)
綾菜は足元を見て、土の感触を確かめる。ちゃんと私はここにいる。私の今は、私のものだ。
団体演技の時間がやって来た。
太鼓を構えるとエイサーの音楽が流れる。綾菜の先導で、全員の振り付けが見事に揃い、グラウンド中に拍手が巻き起こった。
無事に終わった後、猿川先生が声をかける。
「綾菜さん、立派だったよ。あの太鼓の動き、アレンジして正解だった」
「ちょっと緊張したけど……みんながうまくできて、嬉しいです」
「これからも自分の考えを大切にしていれば、きっと――未来が切り開かれると思う」
綾菜はその言葉に一瞬、夢の中の猿時の姿を重ねた。
天下を統一した先にある未来とは、一体何なのだろう。
その夜。
ベッドの中で綾菜は考えていた。
夢の中で会った人たちが、今の私に少しずつ力をくれている気がする。
でも、自分はもう、誰かに守られるだけの姫じゃない。
未来は、自分でつかんでいくもの――
そう、あの夢が教えてくれた。
だけど猿時様には大陸への出兵を命じられた。
どうしてまだ“支配”しようとするのだろう。
戦国時代特有のその考え方が未だに理解できない。
でもあの時代で生きるためにはそうするしかない。
辛いことが多いけど、心が痛んでばかりだけど、これは仕方のないことなんだ。
いつか真宗様が天下を取れば、今度こそ幸せな未来が待っているのだろうか。
窓の外には秋の風。
綾菜はそっと目を閉じて、耳を澄ます。
遠くで、真宗と一緒に見た桜が舞う音が聞こえた気がした。




