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41. 人の心

 真宗(まさむね)に質素な茶室に案内された綾菜。城の主である天下人、猿時(さるとき)は豪華絢爛な内装が好みだが、この茶室だけはわびさびを感じられる落ち着いた空間であった。


「ようこそお越しくださいました。真宗様」

 そう言うのは茶人の一利(いちり)。猿時は無礼講の大茶会を開くことはあるが、一利はどちらかというと今のように静かな雰囲気を楽しむ方が好みだった。


「我は茶道をたしなんでおる。一利様にお目にかかりたくてここに来たのもあるのだ」

「そうなのですね」

 綾菜は抹茶も好きなので、真宗とゆっくりとお茶を楽しめる時間が嬉しかった。


 それにどうしてだろうか。

 まだ彼には会ったばかりなのにどこか懐かしくて心が温かくなっていく。きっとお茶を飲んだから……いやそれだけではない。


「綾……」

「はい、真宗様」

 少し間が空いて、真宗が問いかける。


「……そなたとは、どこかで会ったことがあるような気がするのだが」


 綾菜をまっすぐに見つめる、その目に吸い寄せられそうになる。

「あ……実は私も……そんな気がして」

 そう言いながら綾菜は顔を赤らめた。


 すると息をついて真宗が歌を詠んだ。


「花の下忘れしものを思ひ出す君に映れる人の心を」

(桜の下で、忘れていたものを思い出す。あなたに映る“人の心”を)


 人の心――

 まるで誠様のような人。

 あのお方はいつも人の心を大切にしている立派な武将だった。

 本当はずっと一緒にいたかったのに叶わなかった。


 (私に“人の心”が映っているの……? どうしてわかるの……?)


 綾菜はそう思いながら自分も歌を返した。


「花影に胸ときめきて不思議なりなにを思へば人の心か」

(花影の下で胸がときめくのは不思議。何を思えば“人の心”なのだろう)


 和歌なんて詠んだことがないのに、不思議と口が動いた。まるで彼の歌を待っていたかのように。


「見事な歌です」

 一利がそう言って朗らかに笑った。

 


 茶会のあと、真宗と綾菜は庭を一緒に歩いた。猿時の城の庭は手入れが行き届き、桜の花びらが舞っている。


「綾、聞いてくれるか」

「はい、真宗様」


 少し言いにくそうな表情で真宗が話し出す。

「我は北にある小さな地方で天下統一のために(いくさ)を続けて来た。しかし天下人である猿時殿の命令により領地を没収されてしまってな」


「それは……これ以上(いくさ)を続けないようにするためのものでしょうか」

「ああ、そのようだ。それでも我は天下が欲しい」


「どうしてですか? 私はもうあのような戦いをしたくありません」

「それは……我もわからぬ」

「え?」

「我にもわからぬ。ただ綾……そなたを見ていると」


 真宗の瞳の奥には野望も見えるけれど、孤独も感じるような気がする。綾菜はそんな彼から離れたくなかった。そして何故こんなことを考えるのか自分でもわからない。


「あの……真宗様、私は……」


 その時だった。


「真宗よ。猿時殿がお呼びです」

 (かつ)が現れた。



 ※※※



 猿時の部屋に真宗、綾菜、勝、(みどり)が集まる。


「これよりお前たちに大陸出兵を命ずる」

 猿時は以前から計画していた海外への出兵を実行するに至った。この国の天下を取ったので次の段階に行こうとしている。


 綾菜は胸が痛んだ。

 天下統一さえすればこの世は安泰だと思っていたが、今度は世界を見据えているとは。いつまで(いくさ)は続くのだろうか。

 そして何よりも、真宗に危機が及ぶことを恐れていた。彼のことが心配で仕方ない。無事に帰って来れるのだろうか。


「綾はここで我と待つが良い」と猿時に言われたが、

「いえ、私は真宗様についてゆきます」と綾菜は言う。


「綾、無理しなくていいんだぞ」と勝。

「そうよ。あなたには危険だわ」と翠も心配してくれる。

 しかし、真宗は、

「そなたがいると心強い。是非我と共に」と歓迎した。


「真宗……お前に任せるが」と猿時に言われ、

「我が命をかけて綾をお守りします」と真宗がはっきりと言うので、綾菜は赤面した。

 そして隣にいる真宗と見つめ合うと、彼は大丈夫だと言わんばかりに頷いてくれる。


「おい真宗。そなたと綾はもう“そういう仲”になったのか」

 猿時の部屋から出てからすぐに勝が言う。綾菜はそれを聞いてますます顔が熱くなってきた。

「いえ、ですが……これからそうなるかもしれません」と真宗が言い、

「あら、お熱いこと」と翠が笑った。



 綾菜は自分の部屋へ戻り、弓矢を取り出す。

 

 ――これは(まこと)様から預かったもの。誠様が使っていたものを私が使うようになって、時に貴方を守るために放ったこともあった。しばらくは出番がなかったけどまた持つことになるなんて。


 あの時、誠と共に戦ったことを思い出しながら綾菜は弓矢をじっと眺めている。

 

 するとそこに真宗が入って来た。

「綾……その弓矢は」

 真宗が綾菜の持つ弓矢に興味を持っているようだ。彼が弓矢に触れると光が灯る。

 

「きゃっ……」

「綾……!」

 綾菜が光の中に吸い寄せられそうになったのを、真宗がしっかりと抱きとめる。


 やがて目の前には赤いバラ、青いアジサイ、黄色いひまわりが咲き、淡いピンクと紫の混じった空が現れた。綾菜は思い出す。この世界は誠と最後に見たものだと。

 

「どうなっているの……まさか誠様が……?」

「誠様……だと?」

 真宗が「誠様」という名前を聞いて頭を押さえる。


 その仕草が誠に似ていると――綾菜は思った。


「真宗様……大丈夫ですか?」

「ああ……我はここで最後にそなたと会って旅立ったような気がする。綾……そなたが“今”を生きると決めたように我も生きようと決意した」


「え……?」

 綾菜はますます心臓の音が大きくなるのを感じた。

「天下が欲しいのは、綾と共に天下をこの目で見たいと、強く願ったからだ」


 綾菜は涙を溢れさせる。

 ――このお方は誠様にどこか似ていて……好きになってしまいそう。


「綾……我は“人の心”の大切さをそなたにも教えてもらったように思う。平和を願う優しい心そのものを誰もが持っていると」

「真宗様……」

「今は、猿時に従った方が良い。いずれ我が天下を手にした時には共に生きよう」

「はい……真宗様。私は貴方についてゆきます」

「我も離さぬ……綾」


 しばらくして光は消え、元の部屋に戻った。

 これから大陸に出兵する不安はあるものの、真宗さえいればどうにかなると思う綾菜であった。


 

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