40. 先生、そしてある武将
ベッドの上で目覚めた綾菜はなかなか鼓動が落ち着かない。
夢では天下を取った猿時の元にいる綾菜。そこに現れたのは北の小さな地方で勢力を拡大させていた真宗という武将。猿時に従わずに領地を拡大していたが、白装束というインパクトある格好で現れ、失うのは惜しいと猿時は考えたようだ。
どうして真宗を見ると、こんなにも心がぎゅっとなってしまうのだろうか。
綾菜は起き上がってデスクの引き出しにしまった一枚の布切れ、ある漢字が書かれた布の上半分を取り出す。これまで枕元に残されていた衣装の紐、兜の飾りやツノの一部分、錆びた銀貨、髪を結う紐、薬の包み紙のようなものも机の上に広げた。
天下が統一され平和な世の中となったはずなのに、真宗という武将が何か自分に訴えかけているような気がする。
もう一度綾菜は戦国武将のおじさんたちに教えてもらったことを思い出す。どんな困難があろうと己を信じて戦い抜く力、仲間を信じること。おじさん達の願った平和は実現されているのだろうか。
「人の心……誠様が大切にしていたことを私は忘れてはいけない。で、真宗様は一体何者なんだろう」
気になることは色々とあるものの、綾菜は学校の準備をする。
※※※
図工の授業にて。
綾菜は水彩絵の具を使って課題に取り組んでいた。テーマは「私の考える未来」。お手伝いロボットを描く子もいれば風船をたくさん飛ばした絵を描く子もいる。
綾菜はピンク色の空に虹がかかっていて、街や人々が活気に溢れているような絵を描いた。特別なことはなくても「平和」な未来であればそれでいい……と思いつつ、ピンクの空は少し特別感があったと気づく綾菜である。
するとある男子がふざけて絵筆や水をぶち撒けてしまい、課題がぐちゃぐちゃになってしまった。これは猿川先生に怒られる……そう思った綾菜はビクビクしていたが、意外にも先生は笑っていた。
「ははっ。すごいな。抽象画ってやつか……面白い。君は現代アート向きかもしれないね」
それを聞いた男子も周りにいたみんなも笑いに包まれている。綾菜はてっきり怒られると思っていたので拍子抜けした。ちなみに綾菜は他の子が叱られているのを見ると、まるで自分も同じように叱られているように感じる。そのため、よく怒る(イメージのある)男の先生に苦手意識を持っていた。
しかし猿川先生は笑いに変えてクラスを盛り上げてくれる。思えばこれまでも綾菜が緊張した時には責めずにゆっくりと声かけをしてくれた。
そして先生の「面白い」の発言で綾菜は夢の中の猿時が「何とまぁ面白い奴が来た! 失うには惜しい」と言ったことを思い出す。
猿時様もあの時は真宗様に面白いと言った。
何だか似ているような気がする。
そう思っていると先生が綾菜のところにやって来た。
「綾菜さん、これは綺麗な虹だね。どういう未来を想像している?」
「それは……私は……平和な未来がいいです」
「そうだね、平和が一番。未来ってのは、ぼんやりしていると誰かに決められるかもしれない。でも自分で動けば、手に入れられる……そういうものかもな」
その時、一瞬だったが――猿川先生が夢の中の猿時に見えた。
誰かに決められる、自分で動けば手に入れられる……?
まるで天下人の猿時のよう。
彼はもともと農民だったと言っていた。だが天下を取ろうと努力して渉の信頼を少しずつ得たのだ。
「先生……」
「綾菜さん……面白い人ほど、未来を変える力を持ってる気がするよ」
猿川先生が何かを理解したように話す。
先生の言葉の端々に、猿時様の面影が重なっていく。
夢の中のあの人の声と、重なる。
違うはずなのに、もう自分の中では――同じ人、なんだ。
綾菜にはもう先生が猿時にしか見えない。
「綾菜さん、渉くんは元気かな。彼はきっと世界を見に行ってる」
先生はそう言って別の子の絵を見に行った。
綾菜は確信する。猿川先生は猿時様だと。
そう思うと不思議と男の先生に対する恐れがなくなっていく。
猿川先生はこのクラスを元気づけてくれるような存在。
だから何も心配しなくていいのだ、
その後、家に帰った綾菜は母親に言う。
「私、猿川先生いい先生だと思う」
「あら、綾菜もやっと気づいたの? 今日ちょうど先生と電話する機会があって絵をすごく褒めて下さったわよ」
「本当? 嬉しい」
男の先生でも女の先生でも、いい先生はちゃんといてくれる。それがわかって綾菜はこれからの学校生活も楽しみになっていた。
そして季節は過ぎてゆき、二学期になる。
※※※
久々に夢で目覚めた綾菜。
期間が空いたため、前まで何をしていたか忘れてしまったが、部屋に入ってきた真宗を見て一気にこれまでのことを思い出す。
(まただ……真宗様を見ていると心臓の音がうるさいぐらいに聞こえてきそう。何だろうこの気持ちは)
ぼんやりとしている綾菜に対して真宗が言う。
「そなたが綾か」
「はい……」
「……茶会に行かないか」
「え?」
「おいで、綾」
その言葉と同時に、真宗の手が綾菜の手を包んだ。
その温もりが指先から全身に広がるようで――
「……はい」
綾菜はただ一言、それだけを返していた。
心臓の音が、またうるさくなった。
けれど、それが不思議と心地いいと感じてしまった。




