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39. 別れと出会い

 キャンプも終わり、夏が近づいてくる。

 そんなある日の昼休み、(わたる)に呼び出された綾菜。大事な話があるという。


「綾ちゃん、実は僕……親の都合でアメリカに行くことになった」

「え……!?」

 渉からの突然すぎる話に驚き、それ以上声も出ない綾菜である。


「僕は海外に行って世界中を見てみたいって前から思ってた。自分で世の中を作れるような人になりたいって」

「二分の一成人式で言ってたね」

「うん。父さんはもともとアメリカの会社の勤めていて、一時的に日本に来ただけなんだ」

「そうだったんだ」


「だからさ、寂しいけど……綾ちゃんとはもう」

 渉は最初こそ妙に綾菜に馴れ馴れしかったが、徐々に綾菜の背中を押してくれるような存在となっていた。

 まるで、夢に出てくる渉様のように。

 ということは……夢でも会えなくなるのだろうか。


「渉くん……あのさ、夢では……」

 そう言いかけた途端、渉は「シー」というポーズを取る。

「きっと僕がいなくても綾ちゃんには……一緒に生きるべき人がもうそこまで近づいてきている」

「え……どういうこと?」


 一緒に生きるべき人って誰なのだろう。

 

「それはわからない。だけどもう僕がいなくても綾ちゃんはきっと生きてゆける」

 

 明らかに小学生が言う台詞ではないが、そして「僕がいなくても」という言い方がどこかしっくり来ないようで来るような、よくわからない綾菜であったが……もう夢でも渉との別れが近づいていることが容易に想像できた。


 渉様が天下統一して終わりではないのだろうか。渉様がいなくなったら自分は……どうなるのか。


「心配しないで、綾ちゃん。全て運命によって定められたこと。焦らずに身を委ねて時に自分で行動できれば……どうにかなる」

 その姿は小学生の渉というより“渉様”そのもの。

 綾菜は次に夢を見るのがいつになるのか、ソワソワしていた。


「綾ちゃんがいてくれて、良かった」

 最後に渉からこう告げられた綾菜。


「私も渉くんがいてくれて良かったよ」

 何とかその言葉を言えたが、どこか寂しい。


 でもこれからはもっと自分の力で歩いてゆきたい。

 そう思う綾菜だった。



 ※※※



 久々に夢で目覚めた綾菜。

 あの水軍を破って渉様の天下統一は目前。


「綾」

「わ……渉様!」

 今日は渉の部屋にいたらしい。

「城下町に行くか」

「え?」


 渉は早くから人の交通や物の流通を自由にさせて、経済を活性化させていた。関所を廃止し、皆が思い思いの品を自由に扱えるようになり町に活気が溢れている。

 

「渉様はこの世の中を変えてくださったのですね」

「ああ。これまで特権を持っていた組合を廃し、商業を円滑にしたのだ」


 渉にこれまでの切迫感が感じられず、まるでもう自らの進退を決めたかのよう。綾菜はそれがどこか寂しく感じた。

 

 城に戻るとそこに北西地方を任されていた渉の家臣、猿時(さるとき)が来ていた。

「お呼びでしょうか。殿」

「猿時よ、よく来た。そなたに話がある」


 同じく呼ばれていた(かつ)(みどり)も部屋に入る。

 渉が息をついて話し出す。


 

「猿時よ、我を撃ったことにせよ。お前に天下を任せる」


 

 空気が止まりしんと静まり返る部屋。


「え? 本気ですか? 撃ってもないのにぃ?」と猿時が驚く。

「我はもっと外を見てみたいのだ」と渉。

「どういうことですか? 殿!」と勝も慌てている。


「この国の天下を、と思っていたが世界はまだまだ広い。南蛮人から“地球儀”を見せられて我は気づいたのだ。地球は丸い。まだ知らない世界が我を待ってると」

 

 渉の瞳にはまだまだ先の希望が見えているように感じた綾菜。そして地球が丸いことがこの時代にはわかっていたのか……と思っていた。


「地面が丸かったら歩けませぬぞ?」と猿時が不思議そうにしているが、「理にかなっている」とだけ渉は言う。


「この国は猿時に任せて我はさらに海の向こうにゆく。南蛮人とも約束したのだ。しかし我が身勝手に行動することは朝廷も許さぬであろう。よって猿時に撃たれたことにするのだ」

 

「殿……では我も共に」と勝が言うが、

「勝、そなたは残れ。猿時と共にこの国と……大切な人を守れ」と言われる。

 

 勝は隣にいる翠を見つめる。そうだ……自分には彼女がいる。

「勝、あなたの強さは、殿のそばにいることより、ここでこの国を守ることだと思うわ」と翠。


 それを聞いた勝は決意した。もう自分は渉に従うだけの存在ではない。それは翠と一緒に生きることを意味するものだった。

「承知しました」


「渉様……」と綾が言う。

「綾……もうそなたには共に生きるべき人が近づいてきている」

「それは一体誰ですか……?」

 

 綾菜は現実世界での渉も同じようなことを話していたのを思い出す。誠と渉以外で他に誰かがいるのだろうか。

 これで誠様が実は生きていた、ということなら良かっただろうに。


「我にもわからぬ。ただ……綾のことは一生忘れぬ。そなたの幸せを願っておる」

「渉様、どうかお元気で」

 綾菜は涙をこぼしながらしばらく頭を下げていた。



 そして渉は海外に旅立つ。

「殿が撃たれたぞ!」

「跡を継ぐのは……猿時殿か?」

「これは遺書……?」

 そこには『猿時であれば天下人に相応しい、そして自ら猿時に撃たれるであろう』と渉の字で書かれていた。

 

 こうして猿時は各地方を平定し、天下統一を果たした。

 渉の城は猿時がそのまま引き継ぎ、そこからの景色を綾菜と共に眺める。


「綾……見よ。これが我の町じゃ。ただの農民だった我が今や天下人。信じられぬ」

「こんなに町は広くて大きかったのですね」


 綾菜は心の中で思う。

 ――誠様……ご覧になっていますか、この景色を。ようやく天下が統一され平和な世の中を実現できる時がきました。


 ――だけど本当は貴方と一緒に……。


 その時だった。


「猿時殿! 客人です」

 勝が現れる。

「何?」


 猿時が向かった先には、白装束を着た侍がひとり。

「何だあれは、ここで腹を切るつもりか」と家臣たちもざわついている。

 

 しかし猿時は予感していた。

 

 あの男は北側の小さな地方で力をつけた者。我の許可なく戦いを行った者は罰せられる。それに従わずに勝手に(いくさ)を行い領地を我がものにしようとした小賢しい奴。名前は確か――


 その白装束の侍は猿時の前で頭を下げた後に、言う。

「我は真宗(まさむね)と申します」


 真宗――

 その姿と名前。

 綾菜は、何故か胸が高鳴った。


 (あの方は……まさか)


 すると猿時がクスクスと笑いだした。

「何とまぁ面白い奴が来た! 失うには惜しい。その度胸にめんじて今回のことは許してやろう」

「有難きことにございます」


 白装束という大胆なことをしただけで猿時に気に入られた真宗は、ふっと綾菜の方を見る。

 

 (その目を見ていると私は何かを思い出す……だけど……わからない)


「おい! 綾!」

 猿時や勝の声が遠くに聞こえる。


 綾菜はその場に倒れてしまった。

 

 この真宗との出会いは――偶然ではない。

 



お読みいただきありがとうございます。次回より最終章、5章です。真宗は何者なのか。

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