38. キャンプと水上戦
「五月にはキャンプがあります。今日の学活では班の中での役割を決めていきましょう」
五年生になって早々、一大イベントとも言えるキャンプが待っている。綾菜も楽しみにしており、同じ班の子たちと雑談をしていた。
「おや、二班はまだ役割が決まっていないかな?」と猿川先生が綾菜たちの席に来る。
「班長が決まらないんです」と男子が言い、
「じゃあみんなは誰に班長になってほしい?」と先生。
「……」
誰も班長を希望しないので誰かを推薦しなければならない状況になってしまった。
「僕は……綾菜ちゃんがいいと思う」
「わたしも……」
まさか自分が言われると思わなかった綾菜は赤面する。
「ど……どうして?」
「だって綾菜ちゃんしっかりしてそう」
そう言われると照れてしまいそうだったが、今まで前に立って仕切ることはなかった綾菜。一気に不安が心に広がる。
そこにすでに班の係決めを終えた渉がやって来る。
「僕も班長なんだ。綾ちゃんならできるよ」
「え? だって渉くんは……」
殿だから出来るんでしょ? と言う寸前で飲み込んだ。
「綾ちゃんは“あの時”に進んで動いてくれたよね?」
あの時……それはあの夢でのこと。
そうだ、決して諦めずに燃えない船を作りたくて自分から動いていた。もしこれが夢なら、もっと勇気が出せているのかもしれない。
だけど今は……でも……。
「綾菜さん。無理はしなくてもいいけれど、きっといい経験になる。どうする?」と先生に言われる。
「私……やってみます。心配だけど」
「大丈夫。班長だけじゃなくて皆でキャンプを盛り上げるんだ。じゃあ他の係も決めていこう」
先生にそう言われて綾菜は少しだけ安心した。
自分のできる範囲でいい。それでも不安だが、やってみようと決意した。
※※※
夢の中で目が覚めた綾菜。
「綾!」と部屋に翠が入ってくる。
「完成したわ。燃えない船」
「本当ですか?」
「ええ。今から戦も始まる……あなたも来る?」
「はい!」
綾菜は忍びの服に着替え、同じく忍び姿の翠と共に馬を走らせて船のある場所までゆく。すでに先に渉や勝が到着しており準備をしていた。
「待っておったぞ。綾……やはり来たか」
渉のどこか安心したような顔。自分に戦力はあまりないももの、渉にとってはそばに置いておきたい存在。
一瞬、誠の姿が頭によぎる。
――誠様。私は貴方がすぐ近くにいるような気がするのです。どうか見ていてください、天下を取る瞬間を。
そう思いながら綾菜は目の前の黒い怪物のような船を見て驚く。船体全てが、鉄で覆われている。
「私が見つけた薬草の灰には、火を吸い取る力があるのよ」
翠が隣で話す。
「薬草の灰を混ぜた塗料を鉄板の上から塗って熱の伝導を弱める”忍びの火除け術“ってとこかしら」
「翠様、鉄は沈まないのですか?」
そう尋ねる綾菜に、
「刀鍛冶の技術で鉄を薄く延ばして貼り付けたのさ」と勝も言う。
「あとは船の外板と内板の間に濡らした布を仕込んで水冷効果を持たせた。綾、そなたの意見だ」
「勝様……!」
自分の考えを取り入れてもらえた喜び。皆で考えて作った燃えない船があれば次こそは。
「ゆくぞ! 皆の者!」
渉が言い全員が分かれて船に乗り込む。
「まさか……女子が突破口を開くとはな」
「女だからって甘く見ないでください、殿」
「翠……変わったな」
「私だって自ら生きて守るんです、ねぇ綾」
「はい……!」
自分と同じように誰かを守りたいと翠も考えているのだろうか。
綾菜は翠が頼もしく感じた。
そして船の進む先にあの時の水軍が現れる。
「ふんっ……いつかと同じように火矢攻めにしてやるわ。ん……?」
「何だ……!? あの黒い怪物のように巨大な船は?」
「鉄甲船か? なぜ浮いている?」
「大砲まで備わっていないか?」
鉄で覆われた船に大砲を設置できるように設計されているが、これは渉が考えたもの。
「大砲の大きさに合わせた隙間を作ってある。そこから撃つのだ。ただし……十分に引き付けてから!」
渉が指示をする。
そう言っている間に相手方から火矢が飛んで来た……がしかし、いずれも「カン」と虚しい音を立てて跳ね返す。
「すごい……すごいです!」と綾菜。
「この調子でおせば勝てる!」と勝も興奮している。
「今だ……引き付けて……大砲を放て!」
ドンッ! ドドッ……!
大砲が鳴り響き、あっという間に相手方の船は沈みゆく。
「退散だっ……!」
火矢も手りゅう弾も鉄甲船には敵わず、渉の軍が快勝した。
「やりましたね……渉様……!」
「ああ、綾……ここまで長かった」
海路を失った相手方。頼りにしていた補給路が絶たれてしまってはこの時代に生きのびることは困難だと思ったのだろう。相手方と手を組んでいた僧侶からも和睦の提案があり、渉はこれを受け入れた。
間もなく――天下統一が見えようとしていた。
※※※
ベッドの上で目覚めた綾菜。無事に水上戦を制して、一安心である。
「何だろう……私、出来るような気がしてきた」
その勝利は、現実での綾菜にも自信を与えつつあった。
その後、無事にキャンプが開催された。一日目の夕食のカレー作りで綾菜の班では焚き火がうまくいかなかったが、皆が焦る中で綾菜は落ち着いていた。
自分の班の中で解決できなければ……そうだ。
「別の班の人に聞いてくる!」と綾菜は言い、隣の班で肺活量に自信のある男子に助けてもらった。コツを教えてもらいながらどうにか飯盒でご飯を炊くことができた。
キャンプファイヤーで綾菜はその日一番の笑顔を見せ、就寝前には班長会議のために宿泊先のロビーに集まる。翌日のスケジュール確認を行い、部屋に戻る途中――同じく班長会議に出席していた渉に声をかけられた。
「綾ちゃん! お疲れ様」
「渉くんもお疲れ様」
「今日の綾ちゃん、頼もしかったって聞いたよ」
「え? 本当?」
「やっぱりさ……」
渉が綾菜の耳元でこっそりと囁く。
「あの船だって綾ちゃんのおかげだと思ってる」
綾菜はぴくんと肩が動いたが、渉は「じゃあ、おやすみ」と行って男子部屋の方へ向かって行った。
わかってはいたが、実際に渉に言われるとどこかくすぐったく感じる。
『前はみんなのあとをついていくだけでした。けれど今は、自分の言葉で伝えたいことがあるし、誰かを支えたり、一緒に頑張りたいと思うようになりました』
部屋に戻った綾菜は、キャンプのしおりの振り返り欄にこう書いてから眠りについた。




