16. 対峙
「行くぞ」
誠が覚悟を持って戦へ向かう。
前から思っておったが奴は戦に関しては情けのない男。己の野望のためなら同盟を結んだ者をも切り捨て、自らの意のままに領地を広げてゆく。
ただ……仕方のないことかもしれぬ。戦国の世、最初は信頼できると思った者でさえ、自らの野望を打ち砕かれる、命の危険を感じるのであればやられる前にやるべきなのだ。
だが我は、幼き頃から寺で教わったことを忘れぬ。そのために毎日の信仰も続けていたのだ。所詮人間同士の血みどろの戦いではあるが、各々の生き様が垣間見えるその瞬間をこの目に焼き付けながらも……誰かの叫び、誰かの思いを受け入れ“今”この時を我が生きることに、必ず意味がある。
綾……何者なのかわからぬ姫君よ。信仰する我の仏以外に身を委ねたいと思った唯一の姫君よ。
美しきそなたを守るために我は戦へゆくというのに……そなたは我のそばにいると言い、今も我の後ろを忍びの姿で馬に乗って走っている。
共に生きるというのはそのままの意味……共に戦うということなのだろうか。
この綾というのは夢の中での綾菜の姿。そして綾菜の同級生の誠は夢の中で武将となっている。歴史好きの小学四年生の二人が何故か夢の中、戦国時代で武将と姫君となりお互いを想い合う仲。もちろんお互い同級生であることはわかっていない。
これからの戦は誠がライバルとして厄介に思っていた者。
長期戦になるかもしれぬ……覚悟してかからねばならない。
休憩を挟みながら行き先を確認する。見つからぬようこの山から回って行くか。
誠はそう考えながら兵士達の様子を見に来る。
「この山の外側からゆく。今のうちに少し休むと良い」
そして忍びの姿の綾菜の方へ来て、こっそり耳元で囁く。
「綾……」
忍びの姿の綾菜、顔がほとんど隠れているものの、それでも見て分かるぐらいに顔が紅く染まっていく。
誠様のそのお声で綾と呼んでくださるだけで……私は心の底から温かみを感じるのです……貴方の後だけを追って参りました。ただならぬ覚悟を持ってここまで疾走してきたのですね。私も貴方を守るため……貴方から預かったこの弓矢を……使えるその時がきたら……。
綾菜の持つ弓矢は、初めて誠に出会った時に誠が使っていた弓矢。
貴方から受け継いだ思いを胸に……私は貴方と共に参ります……!
「綾……無理はしておらぬか」
「大丈夫です。今回の相手は……前から貴方が厄介だとおっしゃっていた相手でしょうか」
「そうだ。そういえば我はもともと寺で育ってな。それもあるのか……人の心を踏みにじる行為など許せぬのだ」
「人の心の大切さを貴方は私に教えてくださいました。私もその通りだと思います」
「だが……実際には天下統一、領地の支配のためには野蛮とも言える行動を起こす者だっておるのだ。結果的に奴が領地をこちらまで広げてきておる。だから我のこれまでのやり方に疑問を抱くのだ。本当にこれで良かったのかと。それでも……奴は許せぬのだ」
「私も同じ気持ちです。貴方はまず人々の気持ちをお考えでいらっしゃいます。このような世の中でも人が作り上げた世の中です。人の心を甘く見る者など信じられません」
「感謝する……綾。そなたと出会えたこと……」
我は間違ってなどいなかった……綾をここまで連れて来たこと。どのような時でも我を励ましてくれる。愛おしくて仕方ない。そなたのためにも我、必ず……討ち取って見せる。
そして兵士達とともに山を回り、馬でどれだけ走ってきただろう。ようやく相手方が見えてくる。
「来たか」
相手軍の多さに圧倒される綾菜。
本当に大丈夫なのだろうか。だけど人数よりも何よりも……貴方のそのお姿だけで……私は貴方を信じることが出来るの。
「綾、そちらへ」
誠に言われて物陰に隠れる綾菜。
とうとう始まる……怖い。
怖いけれど……どうか……お願いです……誠様を……お守りください……!
そしてここで初めて相手方の武将が顔を見せる。相手軍は人数も多くそれまではその武将の下の者が軍を仕切っていたが、ここに来て自らその姿を現した。
「あの人は……!」
綾菜はその武将に釘付けとなる。確か前に……二番目に会っただろうか……個性のある兜を被って立派な甲冑を身につけた、威厳のあるおじさん。その堂々たる姿で綾菜が当時好きな武将ベストスリーに入っていた、あのおじさん。
まさかあの時のおじさんが、誠様の長年の相手だったとは……どうして? おじさんだって言ってたよね? 平和のために、民のために、できることをしなければならないって……。
だけど私は……誠様のことが好きで……。
綾菜の中で少女と姫君が入り混じり、混乱する。
私は何をしたいの……?
頭が痛い……戦が始まってしまうの……?
やめて、やめて……もうやめて……!