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15. 星が導く貴方の元へ

「ほら、あそこにあるんじゃないの? 夏の大三角形」

「本当だ、ママ……眠い」

 

 今日の宿題、星の観察――一時間ごとに観察して描いてきてください。三回ぐらい見に行きましょう。

 それはつまり……この季節の場合は夜の八時、九時、十時ぐらいにわざわざ外に出て見にいくということである。

 

 疲れて早く寝たい小学四年生、綾菜にとっては試練ともいえる。母親に連れられ、ただいま観察中。

 

「ねぇママ、毎日頑張っている育ち盛りの小学生をこんな遅くまで寝かせないなんて、ひどいよね」

「そんなこと言わないの、宿題なんだから」

 

 文句を言いながらもどうにか最後の十時になり、外に出る。

「うわ、八時と比べてこんなに動くんだ」

 東西南北を確かめながら用紙に記載していく。やっとできたかな……そう綾菜が思った時であった。

 

 遠くできらめく一番星の気配を何故か身体の中で感じた。まるで自分に対して星が何かを訴えかけているようだ。


 星は何でも……知っているの?

 ふと予感がした。

 

 今日この後……あの人に会える、間違いない。


「あの人」とは、綾菜が夢で出逢った戦国武将である。戦国武将に憧れる綾菜はこれまでに夢の中で戦国時代を冒険したことがある。本当に夢なのかどうかわからないぐらいリアルな世界。

 これまで何人もの武将のおじさんと会ってきたが、その中で一人、綾菜が想いを寄せる武将のお兄さんがいた。

 

 人の心の大切さを教えてくれたお兄さん。その後の夢の中で綾菜は美しい姫君となり、そのお兄さんと共に過ごし、共に(いくさ)へ出た。そして……夢の中で二人はお互いを想い合う仲。


 そんな彼に今夜……会える。

 貴方のもとへ……。



 ※※※



 目覚めた綾菜の姿は、美しき姫君であった。星が予感した通りである。

 

 ――この姿になっているということは、貴方がどこかにいるのでしょうか? 見慣れた城の中のこの部屋は間違いない、貴方を近くに感じる……

 

「気がついたか」

 背後から聞こえるその声は、やっぱり彼であった。

 何と凛々しく素敵なお姿であること……と綾菜は頬を染める。

 

「はい、少々眠っていたようです……貴方は何をされていたのですか?」

「信仰だ。我とそなたをお守りくださるよう欠かさず行っておる」

「そうでしたか……」

 

 信仰、と言われるとよくわからない綾菜。よってこの後、何を話せば良いのだろう。

 

 ――だけど、私をお守りするという貴方の目は真実を語る瞳。もう少しだけ……貴方を見つめていても良いでしょうか……。


「すっかり忘れておったがそなた、名は何という」

「私にもわからないのです……前もお伝えした通り、自分が何者なのか」

 この時の綾菜の心は姫君である。少女であったことさえ忘れかけているのだ。

 

「では……今日からそなたの名は……(あや)だ」

 綾菜の「綾」だろうか。

 まさか自分を知っているのか。

 そのような気持ちになりながら、綾菜は頬を染める。

 

「あ……ありがとうございます。貴方から名をいただけるとは……」

 ちなみにこの武将は、歴史好きの綾菜も知っているあの武将であるが……。

「綾、どうか……我とそなたが二人きりの時は『(まこと)』と呼んではくれないだろうか」


「え……」

 誠、という名前。それが彼の本当の名なのだろうか。どこかで聞いたことのある懐かしい響き。その名で呼びたかったとさえ思うほど、今の彼に相応しい。

 

「はい、(まこと)様……」

 誠と呼ばれたその武将は随分と穏やかな笑顔を見せる。


「そのお顔を……私はもう一度見たかったのです……会いたかったのです……誠様……」

「綾……」


 綾菜と誠が寄り添っている。

 戦国の世、こうして二人で過ごせるのはあとどれぐらいなのだろうか。終わらぬ(いくさ)、あちこちでの領土の奪い合い。

 

 そのような領土など必要ないのに……今こうして一緒にいられたらそれでいいのに……どうして胸の奥が痛むのだろう。どうして涙が溢れそうになるのだろう。どうしてこの世は儚く感じるのだろう。


 きっと、この幸せな瞬間が長く続かないとどこかで分かっているのだろう、二人とも。

 

 ――貴方の温かさに包まれているのは……あとどれぐらいでしょうか。ほんの少しでも……どうかこのままでいさせてください。お願いします……。


 廊下で足音がする。

「綾、奥に隠れるのだ」

 奥のふすまを開けたその部屋に綾菜は潜む。やがて、臣下が誠の部屋に入ってきた。

 

「何だと……奴があの城の者と手を組んだか。放ってはおけぬ! こちらも兵を出すぞ!」

「はっ!」

 この相当なる緊迫感……これから長い長い、(いくさ)が始まるのだ。そう綾菜は感じた。


「綾」

 奥のふすまを開けた誠が綾を見つめる。

「今度は長丁場になるであろう、いつ帰って来れるかわからぬ。それにそなたをこれ以上あのような場所に連れてゆきたくない……そなたを失いたくない……この城なら安全だ」

 

「誠様……私は今度も貴方に付いてゆきます。貴方のいないこの城など、生きる意味がございません。少しでも長い間、例え何が待ち構えようと永遠に……貴方と共にゆきます」


「綾……!」

 誠が綾を力強く抱き締める。

「もうそなたとこのように……このように城で過ごすことが叶わぬかもしれぬ、綾。それでも我は……我は……」

 

「誠様……兵を出すまでのこの時間さえ愛おしいのです……貴方に触れられるその一瞬一瞬が愛おしいのです。だからこれからもそばにいさせてください。もっと貴方のそばにいさせてください……」

 

「綾……我もそなたとなら、例えどんな(いくさ)が待ってようと……そなたとなら……」

「誠……様……」

 

 そしてこの城で二人は一夜を共にする。最後の夜になるかもしれないと思えば思うほど、離れたくない気持ちで身も心もいっぱいになる。



 翌朝、綾菜は前と同様に忍びのような格好をして誠に髪を結ってもらい、弓矢を渡される。この弓矢で前も誠を救ったのだ。

 

「綾……無理をするでないぞ。身の危険を感じたら我のことは気にせず逃げるのだ」

「そんなこと……」

「逃げるのだ……綾……どうか……」

 

 そなただけは生きてほしいという眼差しを感じて、綾菜の目が潤む。

「必ずや……貴方と共にこの城に戻ります。そうでなくともこの世では、貴方の一番近くに私はおります」

「綾……」


 外で兵士達の声がする。出発の時間だ。

「行くぞ」

 

 戦国武将の目となった誠。綾菜も彼についてゆく。いざ、(いくさ)の地へ。



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