12. 戦国時代を生きる少年の小学校生活、多目的室にて
「生涯独身……?」
小学校四年生、将棋と歴史が好きな誠が驚いている。
彼は夢の中である戦国武将として生きているが、何故自分がその武将になっているかは分からない。ただの夢だと思いたいのに妙にリアルで、その夢を見た時は疲れた様子で目を覚ます。
同級生の綾菜が出て来たこともあったが、最近は綾菜と雰囲気の似た姫君と夢の中で共に戦い、共に過ごした。
きっとその姫君が妻になるのだろうと思って調べていたのに、養子を迎えたという記載はあってもどこにも「妻」という文字がない。それどころか生涯独身を貫いた武将の一人として書かれている。
「じゃああの姫は一体……結局、僕の夢なのかな」
そう言いながら引き出しにしまってある布切れを取り出す。彼が夢の中で武将となった時に枕元に置かれていた布。その武将が身につけていたであろう漢字一文字の書かれた布であるが、上半分がちぎられたようになくなっている。
下半分でもこの布があるということは、やはりあの武将と何か関係しているのではないだろうか。
※※※
ある日の昼休み、いつものように図書室で本を読んでいる誠。すると綾菜が図書室に入って来た。すぐに誠を見つけて向かってくる。
「誠くん、歴史クイズ作りなおしたんだけど……また解いてくれない?」
今の小学生は一人一台タブレットが支給されており、授業の一環でクイズを作ることが出来る。ただし自分で好きなクイズを作って遊ぶ時間は先生に決められているので、綾菜と誠は放課後こっそり多目的室に忍び込んで、お互いのクイズを解いていたことがある。
「うん、じゃあ後で」
「ありがとう」
綾菜が前回誠に解いてもらったクイズはまさにあの武将に関するクイズが多く、余裕で全問正解されてしまったのだ。それもそのはず……綾菜が夢で出会ったあの武将は、誠の夢の中での姿なのだから。
今日こそは、手ごたえのあるクイズを作ってきたんだから……と綾菜は思いながら図書室を出た。
そして放課後、多目的室にこっそり入る誠と綾菜。
「へぇ、綾菜ちゃんって本当にこの武将が好きなんだ」とクイズを見ながら誠が言う。
「うん……」
綾菜は夢の中で自分が姫となってその武将と過ごしたことを思い出し、恥ずかしくなってきた。
「僕も……この武将は気になるから」
「そうだったね、だから今回も誠くんはスラスラ解いちゃうかも」
本当にスラスラ解いていく誠。最後のクイズ問題が画面に表示された。
『その戦国武将に生涯愛する妻がいた。丸かバツか』
誠は思わず綾菜の方を向く。綾菜ぐらいの戦国武将マニアなら、この武将が生涯独身だということは知っているはず……これまでの問題と比べて簡単すぎる。
バツをタップしてみたが何と、不正解。
正解はマルと表示されている。
「ふふ……やったー! 誠くん引っかかった」と喜ぶ綾菜。
「え? この武将……妻がいないはずじゃ……」
「そんなのどこに書いてあった?」
「この本に」
「でもさ……そんなの本当かわからないでしょ? あたしは……その武将のことを好きな姫君がいたと思うんだ」
綾菜は自分の夢を信じたかった。
共に生きると誓って一緒にいたのだ。きっと将来お嫁さんになっているはずだ。あんなに素敵な武将なのだから。
そして綾菜の口から「姫君」という言葉を聞いてドキっとする誠。
確かに彼の夢には姫がいた。だから調べたのだが、歴史上そのような姫がいたかどうかまではわからなかった。生涯独身と書いてあったからそう思っていたものの……綾菜がああ言うのであれば、自分は夢であの姫と結ばれるのか。
「えーと……綾菜ちゃんはどうして姫君がいたと思うの?」
「それは……あたしだったらこの人と一緒にいたいなって思ったから。こんなに強くて人の心を理解する人だもの。当時もこの人に憧れていた女の人はいたと思う」
「綾菜ちゃんはこの武将と一緒にいたいんだ……」
ますます彼女が夢で出会った姫君のように見えてくる。誠は綾菜が本当に姫君だったらと思うと、緊張してきてしまった。
「僕も……この武将には姫君がついてくれてるような気がしてきた」
「本当? やっぱり誠くんなら分かってくれると思った!」と綾菜が笑顔になる。
「ただの姫君じゃなくて、普通に兵士に混じって弓矢持って戦ってそう」と誠。
「え?」
誠は何でも知っているように見える。綾菜は夢で彼を守りたくて矢を放った。つまり彼女自身も歴史上の人物になっているということになる。
「あ、変だよね。この時代のお姫様が戦うなんて」
「ううん、あたしも同じこと考えてたし」
その時、誰かの足音がした。
「綾菜ちゃん、こっち!」と誠が綾菜の手を引いてカーテンの後ろに隠れた。
生活指導の先生が入って来た。周りを見渡して誰もいないことを確認している。
狭いカーテンの中で二人、息をひそめる。誠が手を引いてくれた時、一瞬であるが……綾菜は夢であの武将が自分の手を取り、寄り添って過ごしていたことを思い出した。
誠も綾菜の手を取った時に、姫君の姿が頭をよぎった。
カーテンの中で誠と綾菜はお互いの身体が触れている。そして先生が去るまで動けない。
どうして思い出すのだろう。
貴方と共に過ごしたあの夜を。
今だけは姫と共に過ごしたいと思っていたあの夜を。
『そなたと共に生きてゆきたいと思うのに……理由は必要であろうか』という声が聞こえた綾菜。
『私は、理由など必要ございません。貴方の思うままに』という声が聞こえた誠。
目の前に貴方が――
目の前に姫が――
いるような気がする。
綾菜が誠を見つめる。自分はおかしくなったのだろうか。さっきからあの夢のことばかり考えてしまう。今、目の前にいるのは誠なのに。
綾菜の目が潤んでいる。そして一筋の涙が頬を伝った。それを見た誠は動揺する。
『貴方と共に生きたい』と言っていた姫君の姿に見えてしまう。
彼も自分がおかしいのか、と思ってしまう。
しばらくして、やっと先生が多目的室から出て行ってくれた。
「綾菜ちゃん……大丈夫?」
「うん……ごめん。ちょっと……びっくりしちゃって……」
「いつもこんな時間に来ないのに。バレてないといいけど」
「そうだね……」
「そろそろ帰ろっか」
二人での帰り道。
結局あの武将に妻がいたかどうかはわからないまま。
だけどそれでもいい。歴史を学ぶことは大切だけど、夢を思い描くことだって悪いことではない。
「ありがとう誠くん! またクイズ作ってくる」
「難しいやつはやめてね」
「どうかな? じゃーねー!」
家に帰った綾菜は引き出しから布切れを取り出す。初めて夢であの武将に会った時に枕元に置かれていた布切れ。その武将が身につけていたであろう漢字一文字の書かれた布のうち、上半分だけを綾菜が持っている。
毎日これを見てあの武将のことを思い出す。憧れはいつしか恋心に変わってゆくものである。
「今度いつ……会えますか……?」
そう呟きながら布切れを眺める綾菜であった。




