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1. 戦国武将と少女

「白馬の王子様、かっこいいな」

「わたしもお姫様になって、ドレスを着るの」


 こう話す小学生の女の子たち。女の子には夢が沢山詰まっているもの……。

 あたしもそう、夢があるんだ。

 

「あたしはかっこいい戦国武将に会いたい」

 

 そう言うのは、綾菜(あやな)である。まんまるのボブカットにクリッとした目がトレードマークで、母親には「どんなに遠いところにいてもすぐに分かる後ろ姿」と言われる。

 

「え? せんごくぶしょうって誰?」

「戦国時代を生き抜いた、かっこいい人たちだよ」

「……やっぱり綾菜ちゃんって、独特だね」

 そう、小学校低学年の綾菜たち。クラスのほとんどの子はまだ歴史に興味がない。

 

 白馬じゃない、本物の馬に乗って、領地を求めて、天下統一……つまり日本一偉い人になるために頑張っていたその姿、なんてかっこいいのだろう。

 

 ただ戦っていただけじゃない。領地にいる人々のために住みやすい町をつくったり、病気の人を助けたり、優しいところもあるんだから。

 ママが小さい頃に本を買ってくれたけれど、絵本よりも歴史漫画の方が事実だからなのか……彼らの目の奥から情熱を感じ、本格的な勝負をしている気がして……そこからずっと歴史漫画や歴史小説に没頭したんだっけ。


 そう思いながら、今日もあたしは夜空にお祈りした。

 

「戦国武将に会えますように」

 

 その時、一瞬であるが星が流れるのが見えた。あれは流れ星だったのだろうか? だとしたら、この願い事が叶うといいな。

 

 綾菜はそう思い、何度も読んだ歴史小説を枕元において、眠りについた。

 


 ※※※



 綾菜が目を覚ました場所は、辺り一面の焼け野原であった。まるで現実ではなく夢の中の世界のよう。

「え……なにこれ……」

 怖くなってきた綾菜。

 

 あちこちでボロボロになった和服のようなものを着て泣いている子どもたち。それにつられるように綾菜も涙が出てくる。こんな世界、初めて見た。

 

「うぅ……ママ……」

 

 するとそこに馬に乗った一人の男の人が颯爽と現れた。

「お主……見慣れぬ格好をしておるな」

 その男の人の服装は、綾菜が見た歴史小説の挿絵にあった戦国武将のものとよく似ている。


「おじさん……戦国時代の人?」

「ほほう……実に興味深い。私と共に来るがよい」

 そう言われて、綾菜はそのおじさんの馬の後ろに乗った。

「しっかりつかまっておくのだぞ!」

おじさんはそう言って馬を走らせる。


 馬は焼け野原の中を勢いよく走る。次から次へと景色が変化するが、ほとんどが荒れ果てた土地であった。

 

 それでもおじさんの背中が勇ましくてかっこいい。こんなピンチの中で、おじさんが馬を走らせる姿はクラスの誰かが言っていた、おとぎの国で白馬に乗る王子様よりも一生懸命にこの“今”を生きている感じがする。


 どれぐらい時間が経っただろうか。馬は低い屋根のお屋敷の前で止まってくれた。

 

「お前さんはここにしばらくいると良い」

「おじさんはどうするの?」

 

「明日にはまた出発せねばならぬ。これからは、力のある者だけが生き残る時代だ。そのためにはあらゆる国と交流しつつも、国の混乱を抑えるために……戦わなければならぬ」

「あたしも一緒に行きたい……」

女子(おなご)を連れてゆくわけにはいかぬ」

 

「じゃあ……どうしてあの焼け野原であたしを連れてきたの?」

「それは……」

「あたしは戦国武将に憧れているの。一度でいいから、おじさんが命がけで戦っているところを見てみたい」

 

「ふふ……お前さんは私たちの知り得ない何かを持っているのではないかと思ったが、そうでもなさそうだな。良いだろう。ついて来るのだ。ただし危険な場所であることは、覚悟するのだよ」



 ※※※



 次の日、おじさんは他のおじさん達と何やら話しており、そのまま馬に乗って出発した。綾菜も馬に乗りおじさんの後ろにつかまっている。

 

 馬は荒れ果てた土地を行き、森を抜けて大きな城に着いた。

「今だ! 奇襲を仕掛けて、城を攻め落とすのだ!」

 おじさんがそう叫び、兵士たちが城へ向かって走っていく。


 綾菜は城の近くで降ろされ、武将や兵士たちが刀や槍を持って戦うのをじっと見ていた。

 目の前で刀で身体を斬られて馬から落ちる人、槍で突かれる人、あらゆる人が必死になって誰かに襲いかかる。

 その光景は、綾菜が読んだ歴史小説よりもかなり恐ろしいものであった。


 あたしは戦国武将はかっこいいと思っていたけれど、こんなに血だらけで戦うなんて――なくなってしまう人もいて、どうしてこんなことをするのだろうか?

 

 そしてようやく戦いが落ち着いたところで、おじさんが叫ぶ。

「この地は……われわれが手に入れた!」

 おじさんは傷だらけになりながらも、誇り高き姿を見せている。そこだけ見れば、やはり戦国武将はかっこよく見えるから不思議だ。

 帰りもおじさんの馬に乗って、綾菜はお屋敷に戻った。


 綾菜が尋ねる。

「ねぇおじさん、どうして戦わないといけないの? みんなで話し合ってお城に一緒に住めばいいじゃないの」

 

「お前さんはそう思うのか。ここで生きていくには力が全てなのだ。特に、今の世の中はな。誰もが皆、平和を願っている。自分たちの平和のために、自らを脅かそうとする者がいれば、己の力を使って権力を手に入れていく。そうしなければ生き残ることはできぬ」


「そうなんだ……」

 綾菜も知識はあるのでわかってはいた。戦国時代では、どんな犠牲があろうと、戦って勝ち残ることが全て。それでも実際にあんな戦場を見てしまうと、他にやり方はないのかと思ってしまう。

 

 だけどその中で勝利することは、この上なく喜ばしいことなのだろう。武将の充実感――その姿に心打たれる者が多いのも分かるような気がする。


「おやすみなさい、おじさん」



 ※※※



 綾菜が眠っていると、妙に外が騒がしい。

 バサッドサッ……という音。大砲が打たれるような音。

「え? どうなってるの?」

 

 綾菜が起き上がり、他の部屋に行くとみんなが血を流して倒れている。

「まさか……おじさん!」

 綾菜はおじさんを探す。すると、大広間におじさんがぐったりと倒れているのを見つけた。

 

「おじさん! しっかりして!」

 おじさんのお腹のあたりが斬られて痛そうである。

「うそ……怪我している……大丈夫?」

「お前さん……もうじきここは燃やされるであろう。すぐに逃げるのだ」

 

「おじさん……」

 綾菜は涙をポロポロと流している。


「私はもうじき、この世から姿を消す……私よりも強き者がこの場所を治めることとなる」

「そんなぁ、嫌だよ。おじさんがいいの……あたしはおじさんと一緒に……」

「お前さんはこれから生きるのだ。お前さんの言ったとおり、(いくさ)のない平和な世の中を作ることができるのなら私もそうしたかった……だが、我が人生、後悔はしておらぬ。皆の者と生きるために諦めずに……最期まで刀を放さず戦い抜いたのだ。これぞ……我のゆく道……」

 

 それが、貴方のような武将のゆく道なのでしょうか?

 他にも、生きる方法はなかったのでしょうか?


「うぅっ……おじさんはやっぱりかっこいいよ。最後まで頑張ったよ……あたし、おじさんのこと忘れない……」

「私の分まで……生きのびるのだ……!」

 

 おじさんはそう言ってまもなく、動かなくなってしまった。外は落ち着いたようだが、おじさんの言ったとおり、火が放たれた。

「熱い……逃げなきゃ……」

 そう言う綾菜だが、身体が思うように動かない。

 

 まるで、スローモーションのような感じ……あたしはいったい……どうなるの……?



 ※※※



 ハッと目覚めたのはベッドの上であった。綾菜はまわりをキョロキョロと見渡す。

 夢だったのかな……? おじさん……おじさん……!

 

 そう思いながら枕元を見ると、歴史小説の隣に紐が置いてあった。

 この紐、どこかで……あっ!

 

 あのおじさんが着ていた羽織ものは、この紐を使って前で結ばれていた。ということは、この紐はあのおじさんのもの……まるでおじさんがあたしに託したよう……。

 

 もしかして……あたしは本当に戦国時代へ行ったの?


 この紐を見ていると思い出す。

 おじさんにつかまって焼け野原を馬で走り抜けたこと、おじさんが命がけでお城で戦っていたこと、おじさんが本当は平和を願っていたこと、それでも人生に悔いはないって言って……そして……。

 

 私の分まで生きのびるのだと言われたこと。


「おじさん……! あたしもこれから頑張るから……!」

 綾菜はおじさんのことを考えて泣いてしまいそうになったがどうにかこらえて、ベッドから降りて学校に行く支度をした。


 教室に入るとお友達に声をかけられた。

 

「おはよう、綾菜ちゃん! ん? ランドセルに紐がついてるよ?」

「あ、これは戦国武将がつけていた紐なんだよ! あたし、もっと戦国武将の勉強するんだ」

「ハハ……綾菜ちゃんは相変わらずだね。今度、わたしも教えてもらおうかな」

「うん!」


 あたしはこれからおじさんの分まで精いっぱい生きる。

 みんなに歴史や平和の大切さを……あたしが伝えるんだ……!


 

 この時の綾菜はまだ知らなかった。

 この先も壮絶な冒険が彼女を待ち受けていることを。


 



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