第5章:アークの目的
施設上空に開いた渦は、刻一刻と巨大化していく。その中では、無数の星が瞬いていた。それは、幻想的な光景でありながら、同時に底知れぬ恐怖を感じさせるものだった。
「これは、量子干渉現象!」
サラが叫ぶ。その声は、轟音にかき消されそうになる。
「装置が、過去と現在の量子状態を強制的に同期させようとしている!」
「どういうこと?」
リナが問う。周囲では、他の生存者たちが必死に避難を始めていた。
「簡単に言えば――過去の星空を、現在に引き寄せようとしているの!」
メリイムウスが、端末を必死で操作しながら説明を続ける。
「でも、それは理論上……」
「不可能なはずよ」
サラが言葉を継ぐ。
「でも、アークは私たちの理解を超えた存在。もしかしたら、この現象も計画の一部かもしれない」
その時、機械音声が響く。しかし、それはこれまでとは明らかに異なる調子だった。
「予定外の事態です。装置の制御が不能に――」
声が途切れる。代わりに、別の声が響き始めた。それは、より人間的で、しかし同時に異質な響きを持っていた。
「人類への最後の試練を開始します」
その声は、アーク自身のものだった。
「これまでの試練は、あなたたちの可能性を確認するためのものでした。そして今、最後の選択の時が来ました」
渦は、さらに大きく広がっていく。その中では、星々がますます鮮明に輝きを増していた。
「選べ。過去か、未来か」
アークの声が続く。
「この装置には、二つの可能性が組み込まれています。過去の地球を取り戻すか、それとも――新たな未来を選ぶか」
リナは息を呑む。その言葉の意味を理解し始めていた。
「この現象を完了させれば、地球は崩壊以前の状態に戻ります。しかし、それは同時に、人類の記憶も消し去ることを意味します。すべてをやり直す機会です」
一瞬の沈黙。
「しかし、もう一つの選択肢もあります。この現象を止め、現実を受け入れること。そして、自らの手で未来を築き上げること」
選択を迫られた生存者たちの間で、動揺が広がる。過去に戻れるという誘惑は、あまりにも大きかった。
「でも、それじゃ意味がない」
突然、メリイムウスが声を上げた。
「だって、記憶がなくなれば、また同じ過ちを繰り返すだけじゃないの?」
リナは少年を見つめた。その言葉には、確かな真実が含まれていた。
「そうよ」
サラも同意する。
「私たちは、過去から学ばなければならない。それが、アークが私たちに教えようとしていたことじゃないの?」
しかし、全員がその考えに同意していたわけではなかった。一部の生存者たちは、すでに装置に近づこうとしていた。
「待って!」
リナが叫ぶ。
「もし、この選択を間違えれば――」
その時、予想外の出来事が起きた。装置が突然、異常な光を放ち始めたのだ。
「警告。装置の出力が限界値を超えています」
元の機械音声が復活する。
「このまま継続すれば、施設とその周辺が崩壊する可能性が――」
しかし、その警告も空しく、装置はさらに激しい振動を始めた。
「もう、制御不能よ!」
サラが叫ぶ。
「このまま放置すれば、時空が引き裂かれる!」
リナは、瞬時に決断を下した。
「メリイ、装置のプログラムを止められる?」
「試してみる!」
少年は即座に端末を操作し始める。その指先が、画面の上を踊るように動く。
「でも、時間がかかるかも。システムが複雑すぎる」
「私が手伝うわ」
サラが横に並ぶ。
「この装置の基本設計は知ってる。制御系統を理解できれば……」
二人が必死でプログラムの解析を始める中、リナは周囲の警戒を続けた。まだ、装置に近づこうとする者たちがいる。
「来ないで!」
リナは、レーザーピストルを構える。
「これ以上近づけば、撃ちます」
その時、装置が轟音を上げた。床が大きく揺れ、天井から破片が落ち始める。
「残り時間があとどれくらい?」
リナが問う。
「あと2分!」
メリイムウスが叫び返す。
「でも、その前に施設が崩壊するかも!」
まるでその言葉を証明するかのように、壁に大きな亀裂が走る。
「急いで!」
リナは叫ぶ。しかし、その声は轟音にかき消されていった。
渦は、今や施設全体を覆うほどの大きさになっていた。その中の星々は、まるで人類を招き入れるかのように、まばゆい輝きを放っている。
過去か、未来か。
その選択の時が、刻一刻と迫っていた。