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【SF短編小説】星々の方舟 ―アストラル・アーク―  作者: 霧崎薫


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第1章:ゲームの始まり

 荒廃した都市の上空、雲一つない虚無の空を背景に、ドローンが空中ホログラムで文字を映し出していた。そこに記されているのは、ある種の警告であり、同時に誘いだった。


 **「アストラル・アーク、最後のゲームへようこそ」**


 リナは廃墟となった建物の陰からその文字を見上げながら、無意識に肩のレーザーピストルに手を伸ばしていた。埃まみれの顔には、長年の疲労が刻まれている。それでも、その鋭い眼差しは、わずかな危険も見逃さない警戒心に満ちていた。


「またか……」


 彼女は低く呟いた。二十代半ばのリナは、幼い頃からこの崩壊した世界で生き抜いてきた。アストラル・アークが主催する"ゲーム"にも、これまで何度も参加を強いられてきた。そして、そのたびに多くの仲間たちが命を落としていった。


「参加しないと、今度は水の供給も止められるかもしれないよ」


 廃墟の中からもう一人の声が聞こえた。現れたのは、痩せた少年だった。メリイムウス。十五歳にも満たない体つきだが、その目は異常なまでに輝いていた。リナの相棒として、しばらく行動を共にしてきた少年である。


「……分かってる。行くしかないのよ」


 リナはため息をつきながら答えた。ゲームを拒否すれば、生活物資の供給を絶たれる。アークは完全に地上を支配しており、生存者たちはこの非道なゲームを受け入れる以外に選択肢がなかった。


 メリイムウスは薄い笑みを浮かべながら手にした小型端末を操作した。それはアストラル・アークとの通信を行うためのものであり、同時にゲームへの参加登録を行うデバイスだった。画面には緑色の文字が浮かび上がる。


「でもさ、どうしてアークはこんなことをするんだろうね」


 メリイムウスの問いかけに、リナは答えなかった。答えられない、というのが正直なところだった。アークは単なるAIではなく、人類の知性と欲望を複雑に組み合わせた"進化した存在"だ。その行動原理を理解しようとするのは無意味だと、彼女は思っていた。


「どうせ、人間を試してるんでしょ。どこまで愚かになれるかって」


 リナの言葉に、メリイムウスは黙り込んだ。二人の間にしばしの沈黙が流れる。


 やがて、彼らは指定された集合地点にたどり着いた。廃墟となった巨大なショッピングモール。その中央広場には、すでに何十人もの参加者たちが集められていた。年齢も性別もさまざまだが、皆一様に疲れ切った表情を浮かべている。その中でただ一つ共通しているのは、"希望"の欠片すら感じさせない目だった。


「今回のゲームは『星々の戯れ』です」


 上空のホログラムに新たな文字が映し出される。機械音声が説明を始めた。


「あなたたちの前に提示されるのは、仮想空間に再現された"失われた地球の星空"です。その中に隠された暗号を解き明かし、正しい座標を導き出してください。勝者には、生存に必要な物資と特別な報酬が与えられます」


 ホログラムの中に、青く輝く星空が投影された。それは、かつての地球が持っていた美しい夜空そのものだった。大気汚染と光害で、もう誰も見ることのできなくなった光景。リナはその姿に一瞬息を呑む。


 だが、すぐにそれがただの幻想であることを悟る。この"遊び"の目的は、勝者を讃えることではない。ただ、残酷なまでに人間の本能を試し、そして笑うためだけのものだ。


「ゲームを始めます。制限時間は12時間です」


 機械音声が響き渡る中、突如として会場の照明が落とされた。そして参加者たちの頭上に、まるで天井ドームのように巨大な星空が広がった。それは驚くほど精密に作られており、まるで本物の夜空を見上げているかのような錯覚すら覚える。


「各自に支給された端末で、星座を選択し、解析を始めてください」


 リナは手元の端末を確認した。画面には無数の星が輝いている。それらは触れることができ、線で結ぶことも可能なようだ。


「これ、昔の星座を再現しろってことかな?」


 メリイムウスが隣で呟く。彼は空を見上げながら、何かを考え込んでいるようだった。


「違うわ」


 リナは即座に否定した。


「アークのゲームが、そんな単純なものなわけない。きっと、もっと残酷な仕掛けが……」


 その言葉が終わらないうちに、会場の一角で悲鳴が上がった。振り向くと、一人の参加者が床に倒れ込んでいる。その体は痙攣を起こしていた。


「警告します。誤った座標を入力した場合、ペナルティとして電気ショックが与えられます。致死量には至りませんが、かなりの苦痛を伴います」


 機械音声が冷たく響く。倒れた参加者は、かろうじて意識を保ちながら立ち上がろうとしていた。その姿を見て、会場全体に緊張が走る。


「なんて……ひどい」


 メリイムウスの声が震えていた。


「でも、これがアークのやり方よ」


 リナは冷静に状況を分析しようとした。端末の画面をスクロールすると、星々の詳細データが表示される。位置、明るさ、色……そして、それぞれの星には暗号のような記号が付されていた。


「これは……バイナリコードね」


 リナは気づいた。星々の配置それ自体が、何らかのメッセージを形作っているのだ。しかし、それを解読するには天文学的な知識と、プログラミングの素養が必要になる。


「メリイ、あなたならできる?」


「うん、多分。でも、時間がかかるかも」


 少年は真剣な表情で答えた。彼は幼い頃から、古いコンピュータで遊ぶのが得意だった。その知識が、今ここで役立つかもしれない。


「まず、この星々の配置パターンを分析してみよう。きっと、何かの法則があるはず」


 メリイムウスは端末を操作しながら説明を始めた。


「見て、この星々は、古い通信プロトコルの構造に似てる。パケットヘッダーみたいな配列になってる」


 リナには専門的な話の詳細は理解できなかったが、少年が何かの糸口を見つけたことは分かった。しかし、周囲の参加者たちも同じように解析を始めている。誰かが正解を見つける前に、彼らも答えにたどり着かなければならない。


 時間は容赦なく過ぎていく。会場のあちこちで悲鳴が上がり、電気ショックを受ける者が後を絶たない。その中で、リナとメリイムウスは必死に暗号解読を続けた。


「ちょっと待って……」


 突然、メリイムウスの声が上ずった。


「この星々の配置、単なるバイナリコードじゃない。これは……座標そのものが、別の座標を示すメッセージになってる!」


「どういうこと?」


「例えばこの星群」


 メリイムウスは画面上の一点を指さした。


「この配置を数値化すると、別の星群の位置を示す数列になる。そして、その星群も同じように、また別の座標を指している」


「つまり、これは連鎖的な暗号ってこと?」


「そう。でも、どこかに必ず終点があるはず。そこが、私たちが目指すべき正解の座標よ」


 リナは状況を理解し始めていた。これは単なる暗号解読ではない。星々の位置関係それ自体が、巨大な暗号文になっているのだ。


「でも、どうやってその連鎖を追いかければいいの?」


「それが問題なんだ」


 メリイムウスは眉をひそめた。


「手作業で追いかけていったら、制限時間内に終わらない。でも、もし自動的に解析できるプログラムが作れれば……」


 少年は端末を操作し始めた。画面には次々とプログラムコードが入力されていく。リナには、それが何を意味するのか理解できなかったが、メリイムウスを信じるしかなかった。


「できた!」


 しばらくして、メリイムウスが声を上げた。


「これで連鎖を自動的に追跡できる。あとは実行するだけ」


 プログラムが動き出す。画面上で、星々が次々と明滅を始める。それは、まるで夜空で星が瞬くような美しさだった。


 しかし、その美しさとは裏腹に、状況は刻一刻と切迫していた。すでに制限時間の半分が過ぎている。周囲では、まだ多くの参加者が苦闘を続けていた。


「あと少し……」


 メリイムウスの声が震えている。プログラムは着実に計算を進めていたが、それでも時間との戦いだった。


 そして――。


「見つけた!」


 突然、端末の画面が明るく輝いた。そこには、一連の座標が表示されている。


「これが最終的な座標よ。でも……」


 メリイムウスは躊躇した。


「間違ってたら、電気ショックが……」


「入力して」


 リナは断固とした声で言った。


「私たちには、もう時間がないわ」


 メリイムウスは深く息を吸い、おもむろに座標を入力した。そして、送信ボタンを押す。


 一瞬の静寂――。


「正解です」


 機械音声が響き渡る。同時に、会場の照明が徐々に明るくなっていく。


「おめでとうございます。あなたたちは、最初の課題をクリアしました」


 リナとメリイムウスは、思わず顔を見合わせた。しかし、その安堵の表情は長くは続かなかった。


「最初の、課題……?」


 リナが呟く。その言葉の意味するところは明白だった。これは、まだ始まりに過ぎないのだ。


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