傷ついた少年
レインフォードはゲーム内ではパーフェクトなスパダリキャラである。
王族であるので家柄はいわずもがな、政務もバリバリこなし、人を率いるカリスマ性もある。
努力を惜しまず、王族としての誇りを持ち、いつでも真っすぐに生きる高潔なキャラクターなのだ。
それなのに、名前のセンスがダサダサだったり、採用されて満足そうだったりと意外に可愛い面が見れて、親近感が湧いた。
同時にあまりにも微笑ましくて、思わず小さく噴き出してしまった。
「ふふっ」
「なんだ? 何かおかしいか?」
「い、いえ! 全然おかしくなんてないですよ! 名前を付けてくださってありがとうございます」
「本当にそう思っているか? なんか含みがあるように感じるんだが」
スカーレットの言葉を半信半疑と言った様子でレインフォードが不審そうな目で見てくるので、スカーレットは慌てて弁解するが、やっぱり若干笑いが出てしまう。
「とんでもないですよ」
「そう言いながら、にやけているじゃないか。言いたいことがあるならちゃんと言え」
「こういう顔なんです」
これ以上話していたら心の中で中二病呼ばわりして笑ってしまっていたのがバレそうで、スカーレットは誤魔化すことにして、鷲の子に視線を移して話しかけた。
「君の名前はライザック・ド・リストレアンだよ」
「ピー! ピピピ!」
「ふふふ……この子も喜んでますね」
スカーレットはそう言ってライザック・ド・リストレアン(レインフォードには悪いが長すぎるので以下略)の頭を撫でた。
ライザックは気持ちよさそうに目を瞑っている様子にスカーレットの胸がキュンとなった。
「ふふふ、もふもふ可愛い!!」
そう言うとレインフォードが一瞬驚いた表情をしてこちらを見た。
その反応に今度はスカーレットが首を傾げる番だった。
「どうかされました?」
「いや、なんというか、仕草が男らしくないというか、かわい……って、いや、なんでもない。男に言うセリフではないな」
「?」
よく見ると、レインフォードの顔がほんのり色づいてなんとなく焦ったように見える。
それに一瞬「可愛い」と聞こえた気がしたが気のせいだろうか?
(レインフォード様は私を男だと思っているんだから聞き間違いよね)
レインフォードはコホンと小さく咳払いをした後、ライザックに向かって語りかけた。
「ライザック・ド・リストレアン、怪我が早く良くなるといいな」
「ピー!」
レインフォードとライザックのやり取りを見て思わず微笑んだスカーレットの背後から、突然馬の蹄の音が聞こえてきた。
その音はどこか切羽詰まったもののようで、かなりのスピードでこちらへと向かってきている。
振り返ってみれば、遠くから栗毛の馬が駆け寄ってくるが、その様子に違和感を覚えた。
「何か様子がおかしいです。殿下、こちらに」
スカーレットたちは道の端に寄って、駆けてくる馬を見据えた。
このような見通しの良い場所で刺客が襲ってくる可能性は低いだろうが、念のためスカーレットはレインフォードの前に歩み出て、庇うように立った。
その馬に乗っているのは少年であるようだ。だが、馬に乗っているというより振り落とされまいと必死に馬にしがみついている様子だった。
その少年が顔を上げてこちらに目を止めた瞬間、ハッとした表情になり、大きな声で叫んだ。
「殿下! レインフォード殿下!」
「リオン!?」
レインフォードは少年の名を呼ぶと同時に、馬を降りるとリオンの元へと駆けていった。
リオンと呼ばれた少年は大きな琥珀色の瞳を大きく見開いたかと思うと、次の瞬間安堵の表情を浮かべた。
少年の名前を知っているということはレインフォードの知り合いなのだろうか?
スカーレットも慌ててリオンの元へと駆け寄った。
「レインフォード殿下……ようやく……追いついた……」
リオンが掠れた声で途切れ途切れに言うと、糸が切れた操り人形のようにぐったりと力を失った。
そして次の瞬間、ゆらりと体が揺れたかと思うと、馬から崩れ落ちる。
それをレインフォードが慌てて抱き留めた。
「リオン、しっかりしろ!」
そのままリオンを地面に寝せて名を呼ぶが反応は無い。
リオンは15歳くらいだろうか。
まだ幼さの残が顔と少年らしい華奢な体つき。身長もスカーレットよりずっと低くて、明らかに守ってあげなくてはならないと思わせるような少年だった。
柔らかなグレーの癖毛が顔にかかり、血の気が失せて青ざめた顔に影を落としている。
スカーレットは素早くリオンの体を調べるが、特に重症を負っているという様子はなかった。
「かすり傷は多いようですけど、大きな傷や失血は無いようですね。呼吸も安定しています」
「そうか、良かった。リオンは俺の従者の一人だ。シャロルクで刺客に襲われた時に逸れたんだ。もう死んでしまったと思っていたが……無事で良かった」
シャロルクで襲われた時ということは、スカーレットがレインフォードを助けた時の話だろう。
あの時、馬車の周りにいた人間は全員死亡していたので、その前に逸れたのだろうと推測された。
(もしかして刺客を倒した後に私が周辺を捜索していれば見つけられたのかもしれないわ)
そうすれば年端も行かない少年をこんな大変な目に合わせることはなかった。
そんな後悔の念が頭をよぎったが、スカーレットの後悔を中断させるかのようにアルベルトがリオンを抱き上げて言った。
「この子を介抱するためにもグノックへ急いだ方がいいね」
確かに過去の事をぐだぐだ考えても仕方がない。スカーレットは思考を切り替えた。
「そうだね。じゃあリオンをルイの馬に乗せて。アルベルトは先に街に行って宿屋の確保をしてもらえるかな?」
「了解した」
「分かったよ」
スカーレットの指示に従ってそれぞれが行動を開始した。
グノックの街へ向かう間も、リオンは意識を失ったままで、力なくルイにもたれ掛かるようにしていた。
シャロルクからずっとレインフォードを追いかけて来たのかもしれない。
そうであれば、相当な疲労が溜まっているはずだ。
(早く傷の手当てをしてゆっくり休ませてあげたいわね)
スカーレットはそう思いつつ、馬を走らせてグノックへと急いだ。
※ ※
ようやくグノックに着いたのは、ちょうど夜の帳が降り始める頃だった。
スカーレットたちよりも一足先にグノックの街へ向かっていたアルベルトは、宿屋を手配して街の中央広場で待っていた。
アルベルトが手配した宿屋は、中流のランクで一般的な旅人が泊まるようなもので、いわゆる普通の宿屋だった。
宿屋の中は外観同様にすっきりして清潔感があり、漆喰の壁にはヒビも汚れもなく、受付のカウンターには小さく花が活けてある程度には綺麗だった。
しかし、一国の王太子殿下が泊まるような宿屋ではない。
「アルベルト、本当にここに泊まるの? 昨日の村とは違って、この街なら他にもいい宿屋があると思うんだけど」
昨日は小さな村の宿屋に泊まったが、それは選択肢がなかったからだ。
グノックは街道の中核都市で、他にも良い宿屋は沢山ある。
王太子であるレインフォードがいるのだから、もっとちゃんとした宿屋の方が良いのではないかとスカーレットは思った。
だが、スカーレットの言葉にアルベルトは頭を振った。
「僕たちは商人一行として旅をしているんだ。普通の商人が街で一番の高級ホテルに泊まるなんて不自然でしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
アルベルトの言うことは一理あるが、王太子殿下がこのような中流の宿屋で納得できるのか。
念のためにレインフォードに視線を向けると、穏やかに頷いて言った。
「大丈夫だよ、アルベルト。お前の言う通りだ。分かった。そうしよう」
「ありがとうございます」
アルベルトはそう答えた後、それぞれに鍵を配った。
「レインフォード様はこちらの部屋をお使いください。二人部屋なのでゆっくりできる広さはあるかと思います。で、僕とラン、ルイ、リオンは同室にした。リオンを一人で寝せれないし」
確かに怪我をして現在意識のないリオンを一人部屋にするわけにはいかないだろう。
「あれ? ボクは?」
「あぁ、スカーはこっちの部屋ね」
渡された鍵に書かれていたのは312号室。
アルベルトたちの部屋は303号室だった。
どうやら少し離れた部屋になってしまっているようだ。
「スカーの部屋は俺の隣か」
レインフォードにそう言われて鍵を見ると、そこには311号室の文字が書かれており、確かにレインフォードの隣の部屋になる。
レインフォードの311号室は2人部屋だというのだから、おそらく隣部屋もまた2人部屋なはずだ。
たぶん、着替えなどの問題があるため、アルベルトが男性陣と別の部屋をわざわざ手配してくれたのだろう。
(アル、ありがとう!)
アルベルトに感謝の意を込めて見つめると、アルベルトもその視線に気づいたようでにっこりと笑ってくれた。
「アルベルト、俺とスカーが相部屋にすればいいんじゃないか?」
「へっ!?」
「!?」
レインフォードの予想外の言葉にスカーレットとアルベルトは思わず変な声を出してしまった。
「俺が2人部屋だということは、隣のスカーの部屋も2人部屋だろう? 俺とスカーが相部屋になった方が、部屋代も節約できるだろ」
「えっ、えっと……」
スカーレットもアルベルトもレインフォードの提案に瞬時に反応できなかった。
確かに旅の途中であるスカーたちの懐は決して潤沢とは言えない。
セキュリティーの問題から大金を持って旅をすることができないからだ。
中核都市にある金融ギルドでお金を下ろすことも可能だが、ギルドがあるのはだいぶ先の街になるので、節約できるのであれば節約するに越したことはないのだが……
だからレインフォードの言い分は至極まっとうであった。
スカーレットとアルベルトは互いに「どうする?」という視線を投げかけ合いながら、なんとか言い訳を振り絞り、たどたどしくスカーレットは答えた。
「いえ……、殿下はお一人のほうがゆっくり休めると思いますし」
「そんな気遣いは不要だ。スカーと一緒の部屋でも俺は気にしないし、一人部屋じゃなくても休めるさ」
(むしろあなたの気遣いが不要です)
スカーレットは心の中でそう突っ込んでしまった。
普通なら王太子が家臣と相部屋になることなど考えられないし、一人で悠々と部屋を使うのが当然だろう。
しかしそこは身分に奢ることがなく、気遣いができる性格のレインフォードらしい。
とはいうものの、現状のスカーレット的には、推しにこう言いたくはないが、今はその気遣いはありがた迷惑である。
何か……何か言い訳を考えなくては。
スカーレットは冷や汗をかきながら頭をフル回転させた。
これを言うのは女として非常に恥ずかしいが背に腹は代えられない。
スカーレットは顔を真っ赤にしながらもやけくそとばかりに叫ぶようにして言った。
「ね、寝言がうるさいのです!!」
半分涙目だ。
推しに対して恥ずかしすぎる。だがもうこれしか言い訳がないのだ。
羞恥で体を震わせ、涙目になっているスカーレットを見て、レインフォードはバツの悪そうな顔になった。
「そ、それは……。俺は気にしないが……まぁ、スカーとしては嫌だろうな。分かった、無理を言ったな」
レインフォードが気まずそうにしている一方で、ランが笑いを堪えているのが見えた。
その隣のルイは憐れむような目を向けてきた。
(もう、人の不幸を笑って!)
その微妙な空気を換えるように、スカーレットは咳払いを一つして話題を変えた。
「それより早く部屋に行ってリオンを寝かせてあげようよ」
リオンの怪我は打ち身と擦過傷だけのように見えたが、傷は外傷だけとは限らない。
骨折している可能性もあるし、内臓に損傷があるかもしれない。
「ボクは宿の受付でお医者様を紹介してもらうから、早くリオンを運んで寝せてあげて」
「分かった」
スカーレットは逃げるようにしてその場を離れ、宿の受付へと向かった。
そして心の中でがっくりと項垂れた。
(推しに……寝言が酷いと思われるなんて……やっぱりショックだわ)
だが、もう言ってしまった言葉は覆らない。
それよりも今はリオンの容態の方が重要だろう。早くお医者様を呼ばなければ。
スカーレットは気持ちを切り替えると、受付で医者を紹介してもらい、急いで呼びに行った。
一日間空きました…お盆でしたのでお墓参りに行ってきました!
また今日から頑張ります
ブクマ、★評価、大変励みになっております。モチベ維持のためにもどうぞよろしくお願いします