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考えるべきこと

「スカー! 心配したよ! 帰るのが遅いから何かあったのかと思ったよ」

「アルベルト、ごめんね」


皆の元へと戻ると、スカーレットの姿を認めたアルベルトが駆け寄ってきて、安堵のため息をついた。その後ろに立っていたレインフォードは、アルベルトの様子を見て苦笑している。


「スカーもたいがい過保護だと思うけど、アルベルトも過保護だな。これは遺伝なのか? スカーが戻ってこないと言って真っ青な顔をしていたぞ」


レインフォードの言葉にアルベルトはバツの悪そうな顔をして視線を彷徨わせた。

王太子の前で取り乱すようなことをしてしまったという自覚はあるのだろう。

レインフォードの言葉に対してルイとランがニヤニヤと笑いながら言った。


「いや、アルベルトが過保護なのはスカー限定ですよ」

「だな。それに俺たちもバルサー家の一族だけど、あんま細かいことは気にしねーしな」

「ちょ……ルイ! ランもやめてくれよ」


ルイとランの言う通り、確かにアルベルトは少し心配性なところがある。


スカーレットとしては腕には自信があるし、そもそもアルベルトよりも年上だ。

気持ちはありがたいが、心配されると自分が頼りないと思われているようで少し複雑な気持ちになる。


「大丈夫だよ、ボクの腕は知っているでしょ? ……でもレインフォード様の傍を長く離れてしまってすみませんでした」


スカーレットがレインフォードに向かって軽く礼をした途端、その場を切り裂くように鷲の雛が甲高い声を上げた。


「ピーーーーー!」


ようやくスカーの手に収まっている鷲の雛に気づいた四人の視線が一斉に集まった。


「スカー、これは?」

「実は遅くなっちゃった原因はこの子なんです。怪我しているのを見つけてしまって……」

「見つけてしまってって……どうするの?」


アルベルトに改めて問われると思わず口を噤んでしまう。


言わんとしていることは分かる。

これから旅は続くのに、怪我をした動物は邪魔になるので連れて行けないだろう。


だが抱えた鷲の雛に視線をやると、丸い瞳がスカーレットを見つめ返してくる。

何も知らずにスカーレットに身を委ねる鷲の子を見ると、やはりどうしてもこの子を放り出してこの場を立ち去ることはできない。

だから、スカーレットは意を決して言った。


「連れて行きたいと思う」

「気持ちはわかるけど、まだ旅は続くし、これから刺客や盗賊に襲われる可能性もあるんだよ。その時この子は足手まといになってしまうよ。僕たちの任務は忘れたわけじゃないでしょ? レインフォード様に何かあったらどうするの?」


それは分かっているのだ。

スカーレットが男装してまで付いてきたのはレインフォードを守るためなのだ。


ちらりとレインフォードを見ると、彼は真剣な眼差しを向けていた。

賛成なのか反対なのかは伺い知れなかったが、スカーレットの意思を確かめたいという気持ちは伝わってきた。


「もちろんレインフォード様を守るのが最優先事項だって分かってるし、絶対にそれは守る。ボクの手は二本しかなくて守れる命も限られているとは思う。でも、だからといって目の前の命を無視することはできないし、できないという理由で諦めたくない。できないと最初から決めつけるんじゃなくて、どうやったらできるのかを考えるべきだと思う」

「スカー……」


そうだ。前世では仕事で利用者からの無理難題が山ほど来て、何度も仕事を投げ出したいと思った。


だが、できないと嘆くよりどうすればできるのかを考えるべきだと思い、その問題を何度となくクリアしてきたのだ。

前世でできたのだから、現世でできないわけはない。


「なぁ、水を差すようで悪いけどさ、そろそろ出発しないと夕方までにグノックに辿り着かないぜ」

「可哀想だけどその子は置いて行くべきだな」


ランとルイが困ったように言ったのを聞いて、スカーレットは少し思案した。


「ラン、グノックまでの距離は?」

「30マイルくらいかな」

「途中、狙われそうな場所はある?」


「そうだなぁ。この林を通り抜ければ農村地に出るから視野は悪くない。まぁ、全く木がないわけじゃないから、そこから狙われる可能性は低いけどあるっちゃある」


(一番のネックはこの林ね。でも森のように木々が茂っているわけじゃないし、視界は悪くない)


スカーレットは瞬時に状況を判断し、一つの案を提案した。


「じゃあ、こうしようよ。隊列を少し変更して、アルベルトがボクたちよりも少し先行して進みながら様子を探って。レインフォード様の前をラン、後方はルイが守る。ボクは最後尾を行くよ。前方に何か異変があればすぐに察知できるし、何かあったらボクが最後尾で足止めをする。その時はランを中心にレインフォード様を守って、ルイはその援護に回って」


スカーレットのこの提案に、ルイが目を丸くした。


「ということは、やっぱりこの鳥を連れて行くということか?」

「うん。協力してもらえないかな?」

「だけど、いざ戦闘ってなったら、こいつは邪魔だと思うぞ」

「それはそうだけど……」


その時黙っていたレインフォードが口を開き、スカーレットを見据えた。


「スカーは危険を冒してでもこの鷲を連れて行きたいのか?」

「……はい。レインフォード様にはご迷惑をおかけしません」

「もし刺客に襲われたら、俺はお前を置いて先に行くかもしれない。それでもいいのか?」

「むしろそうしていただきたいです。ボクの我儘でレインフォード様の命を危険にさらすことはできません」

「……問題はこの鳥を抱えて戦うのが難しいという点か……」


レインフォードはそう言ってしばし思案したかと思うと、不意に馬に括りつけていた荷物の中から大きな布を取り出し、それを斜め掛けして三角巾のようにし、袋状になった部分に鷲の雛を入れた。


「これならば邪魔にならないだろう? 最悪は後ろに回せば動きも制限されない」


鷲の雛を連れて行けない最大の問題は、この子が邪魔になってレインフォードを守れないこと。

逆に言えばスカーレットが剣を振るう時に邪魔にならなければいいのだ。


それなら後ろに背負えば視野もクリアになるし腕も自由に振るえる。


ただ身軽ではなくなるため、スカーレットの最大の強みである俊敏さは欠くかもしれないが、この間の敵くらいならば苦戦はするが引けを取ることはないだろう。


「ありがとうございます!」


スカーレットは勢いよく頭を下げ、感謝の気持ちを込めて礼を言うと、レインフォードは更に言葉を続けた。


「俺はスカーの腕を知っているし、刺客に対しても早々引けを取らないと信頼している。それに、今のところその案が最善だと俺も思う。ただ、一つ約束してくれ」

「なんでしょうか?」

「決して自分を犠牲にするな。俺も最後まで戦う。それが、俺がお前の意見を受け入れる条件だ」

「はい!」


護衛対象でありこの場の決定権を持つレインフォードが合意すると、他のメンバーは異を唱えることができず、スカーレットの案に同意することになった。


「ふふふ……良かったわね」

「ピ―――!」


スカーレットが小さく鷲の雛に話しかけると、元気な返事が返ってきた。そしてスカーレットたちは先ほどの案に従って隊列を組み、街道を進むことになった。先を行くレインフォードの後ろ姿を見ながらスカーレットは感心して頷いた。


(それにしても私の無茶なお願いを聞いてくれるなんて……本当に神だわ)


自分の腕を信頼してくれることも嬉しかったし、この小さな命を粗雑に扱わなかったことに感動してしまう。「さすが推し最高」と心の中で讃えつつ、スカーレットは気を引き締めて一路グノックへと向かった。


※ ※ ※


高い位置にあった太陽はだいぶ西に傾き、そろそろ夕暮れになるだろう。


鷲の子の件で時間をくってしまったが、少しばかり馬を早く歩かせていたので、グノックの街には予定通り日暮れ前には着きそうだ。


自分の我儘で旅程を遅らせたことに責任を感じていたスカーレットは、そのことにほっと胸を撫で下ろした。


牧草地帯を望む道は、先ほどまでは土がそのままだったが、今は大小様々な大きさの石でできた石畳へと変わり、街が近いことを物語っている。


「前方には特に異常はありません。この調子であればあと30分くらいでグノックに着きます」


先に前方の様子を見に行っていたアルベルトが戻ってきてそう告げた。

スカーレットはその言葉を聞いて微笑みながら、布で作った袋の中にいる鷲の子に優しく声をかけた。


「宿に着いたらちゃんとした場所で寝かせてあげるから、もう少しだけ辛抱してね」

「ピ―――!」

「そうだ、君の名前を決めなきゃね。うーん。鷲だからワッシーとか? 逆読みにしてシーワーとか? 鷲之助……鷲太郎?」


呟くスカーレットの言葉を鷲の子は首を傾げて聞いている。

だが突然笑い含んだ声を掛けられてスカーレットは驚いてそちらを見た。


「ははは! スカーのネーミングはなかなか斬新だな」

「レ、レインフォード様!?」


気づけばいつの間にかレインフォードの馬が隣を歩いていた。


レインフォードは笑いをこらえようとしているが、喉をくつくつと鳴らしていて、もはや笑いをこらえきれていない。

先ほどの独り言を聞かれてしまい、恥ずかしさからスカーレットの頬に朱が走った。


(我ながらネーミングセンスなさすぎ! ってかあのバカな名前案を聞かれていた……!)


「う……ノーセンスなのは自覚しています。あ、そうだ! レインフォード様が名前を決めてください」

「俺が?」

「はい。そのご様子だとレインフォード様の方がセンスがおありになりそうですし」


自分の名前候補を笑うくらいなのだから、レインフォードはネーミングセンスに自信があるのかもしれない。


そう思ってスカーレットが頼んでみると、それが予想外だったのかレインフォードは先ほどまでの笑いを潜め、一瞬虚を突かれた表情となった。

そして考え込む。


「そうだな……鷲と言えば強さや勇気の象徴だからな。強い名前がいいだろうな」


どのような素晴らしい名前が出るのか、スカーレットは期待に満ちた目でレインフォードを見つめた。

だが、レインフォードの口から出たのは予想外の名前だった。


「ライザック・ド・リストレアンというのはどうだろうか」

「……」


いや、確かにスカーレットが考えた名前よりはいいのかもしれない。


だが鳥の名前としてはどうだろう。

カッコいい。確かにカッコいいがめっちゃ長いし呼びにくい気がする。


返事に困っているとレインフォードはまたうーんと首を捻りながら、新しい案を提示してきた。


「あとは……ガイザリオス・フォン・ブレイストスというのもいいな」

「えっと……そ、そうですね。ライザックもガイザリオスもカッコいいですね」

「違う。ライザック・ド・リストレアンとガイザリオス・フォン・ブレイストスだ」


(えええ……まさかのフルネーム呼びだった)


前世的に言えば、若干中二病が入っているような気もするが、この世界観だったら許せる名前だろうか?


(いや……やっぱりこの世界観だとしても中二病的な……)


ただ分かったのはレインフォードもそこまでネーミングセンスがあるわけではないということだ。

だが、せっかく案を出してくれているのにそれを否定するのも気が引ける。


その後も3案ほど出されたが、どれも中二病的な感じであり、正直選ぶに選べなかったため、一番最初の案を受け入れることにした。


「……そ、それではライザック・ド・リストレアンにします」


するとレインフォードはスカーレットの言葉に大きく頷いて満面の笑みを浮かべた。


「そうか! やっぱりその名前がいいな。俺としても一番自信のある名前だったからな」


満足そうにうんうんと頷いているレインフォードを見て、スカーレットは思わずクスリと小さく笑ってしまった。


見ていただきましてありがとうございます!

ブクマ、励みになっております。ありがとうございます!

まだまだ序盤…計算したところ2部構成で20万字の予定…頑張ります

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