エンディング:そして冒頭に戻る
スカーレットは、反射的に近くにあったナイフを掴むと、一気にレインフォードの前に躍り出た。
そして、息もつかせぬ速さでデニスの懐に入り込むと、即座に腹に一撃を食らわせた。
「うっ!」
デニスが短く叫んだかと思った時には、スカーレットはデニスの手首を掴み、背負い投げをすると、勢いそのままにデニスの首元にナイフを突き立てた。
その一連の行動はあまりにも早く、あまりにも一瞬だった。
人々は何が起こったのか理解できず、瞬きもできずにその動きを見つめるしかできなかった。
スカーレットの黒のシフォンに覆われた鮮やかな真紅のドレスがゆっくりと動きを止めてから、聴衆達は初めて事の次第を理解した。
微動だにできずにいる聴衆を我に返らせたのは、レインフォードの一言だった。
「さすがだな、スカー」
その言葉を合図に、ようやく衛兵たちが動き、今度こそデニスを捕らえて会場を出て行った。
連行されるデニスを見送ったスカーレットは、ホッと息をついた。
だがそれもつかの間。
スカーレットの背中にレインフォードが声をかけた。
「ようやく正体を現したな、スカー。いや、スカーレット・バルサー」
それは静かな怒りが籠った声だった。
(やばい……バレてる……ってか、今ので完全にバレた!)
レインフォードの危機に思わず反応してしまったが、これはさすがに誤魔化しようはない。
それに、男を取り押さえてナイフを突きつけるような令嬢は、まずいないだろう。
「ええと……」
スカーレットが恐る恐る振り返ると、案の定、口の端に笑みを浮かべたレインフォードの姿があった。
だが、レインフォードの目は笑っておらず、獲物を捕らえる捕食者のような目だった。
恐ろしさの余り、スカーレットが一歩一歩と後ずさると、トンと背中に壁がぶつかり、逃げ場がないことを悟った。
「もう、逃さない。スカー、俺を騙した責任、取ってもらうぞ」
レインフォードの言葉に、スカーレットの頭の中でこの半年のことが走馬灯のように駆け巡る。
「ええと……どうすれば……」
半泣きで答えたスカーレットの腕を、レインフォードが掴んだかと思うと、気づけばスカーレットはレインフォードの腕の中にいた。
(えっえっえっ?)
状況が掴めず頭が真っ白になっていると、レインフォードの長く美しい手がスカーレットの頤に添えられ、上向かされた。
何を、と問いかける間もなく、スカーレットの唇に柔らかいものが触れた。
(……キス!? されてる!?)
それは多分一瞬のことだったのだろうが、確かに唇の感触と熱が伝わってきて、スカーレットに現実であることを認識させた。
ゆっくりと唇が離されたが、スカーレットの頭は働かず、ただ呆然とした面持ちでレインフォードを見つめた。
「スカー、責任をとって、王太子妃になってもらう」
「はっ!? ……はぁ~!?」
スカーレットが令嬢らしからぬ声を上げる一方で、レインフォードは今度は壇上の国王エルロックに向かって言った。
「陛下、以前私が言っていたことを覚えていますでしょうか? 意中の相手がいるので彼女が頷くまで婚約の件は待っていただきたいと」
「あ、ああ。そう言っていたな。確か王太子に相応の家柄で、私もよく知っている人物の娘だと聞いていたが……」
戸惑いつつも頷いた国王が、何かに気づいたようにハッとした表情を浮かべた。
「まさか!」
「はい、彼女がその女性です」
「確かに、バスティアンとは既知の仲だが……。だが、彼女はサジニアの婚約者になる令嬢だぞ」
慌てふためく国王に、冷静に声を上げたのはサジニアだった。
「陛下、私はこの女性と結婚したいと言っていたが、結婚するとは断言していない」
「だが、彼女はお前と一緒に挨拶に来たではないか」
「あぁ、彼女はレインフォードの指示で私の護衛をしていただけです」
(え?)
国王とサジニアの会話にも驚いていたスカーレットだったが、スカーレット自身はレインフォードからそんな指示をされてはおらず、サジニアの言葉に驚愕してしまった。
驚いてレインフォードを見たが、彼もまたそのような話は聞いていなかったようだ。
「まぁ、私は勝手に彼女に懸想していた、かもしれないがな。ということで、スカーレット・バルサー、お前の護衛の任は解く。これまで通り、レインフォードを護衛するといい」
サジニアはスカーレットにそんな言葉を言い放つと、再び国王に向き直って言葉を続けた。
「それと、一連のジルベスターの件だが、奴らの動きを放置していた私にも責任があるだろう。だから、その責任を取って、王位継承権を放棄したいと思います」
「な……」
サジニアの言葉に、会場全員が言葉を失った。
国王も同様の様で、二の句が継げないでいると、その様子を愉快そうに笑って、サジニアが会場から出て行く。
その後ろ姿を見て、スカーレットはすぐに追いかけようとした。
(そんな話聞いてない! サジニア様に詳しく聞かなきゃ)
だが駆け出そうとしたスカーレットの手を、レインフォードの手ががっちりと捕らえた。
「もう、この手を離さない」
「レインフォード様」
「俺の婚約者になってもらうぞ」
「で、ですが……」
美しい輝く月のような金の瞳に見つめられ、スカーレットはそれ以上の言葉が出なかった。
拒否する言葉も承諾の言葉も発することができない。
レインフォードはスカーレットの手を離さずに、夜会の参加者一人一人に語りかけるように会場を見回した。
「皆、見てもらったように彼女は自らの身を挺して私の命を救ってくれた。そして今回、ジルベスター侯爵の罪を明らかにし、証拠を見つけてくれたのも彼女の功績だ。彼女以上に私の隣にいるに相応しい女性などいないだろう」
会場の誰も、何も答えることができずに、ただただ当惑していた。
そんな聴衆に、レインフォードはさらに語り掛けた。
「それに、この場にいる政務官は皆、彼女の働きぶりを知っているな。スカーは近衛騎士執務補佐官として、ずっと私の仕事を支えてくれた。彼女の仕事ぶりは城に勤めている者なら知っているはずだ」
レインフォードの言葉を聞いて、一人が手を鳴らした。
それに呼応するように一人、また一人と拍手し始め、会場が拍手で埋め尽くされた。
夜会出席者にはもちろん政務官も多く、「スカーには仕事でお世話になったな」「ああ、並みの政務官以上の働きぶりだった」「すごく助かったしな」と、スカーレットの能力を褒め称える言葉も混じる。
(これってどういう状況!?)
スカーレットがおろおろとしていると、後ろに控えていたタデウスと目が合った。
思わず助けの目を向けると、タデウスは苦笑しながら言った。
「殿下はこうと決めたら譲らないのです。諦めてください」
(デジャブ!?)
近衛騎士兼執務補佐官に任命された時、半ばだまし討ちのように決まってしまったことを思い出す。
「だから、スカー、これからもよろしく頼むよ」
そう言ったレインフォードの台詞も、以前聞いた言葉だ。
思わず身を引こうとするスカーレットの手を離さずにいたレインフォードが、突然跪いた。
「改めて言う。俺はお前の方がずっと好きだった。愛してる。だから結婚して欲しい」
真剣なまなざしは、スカーレットの嘘も誤魔化しも見逃さないかのようだった。
推しにここまで言われたら断れない。
いや、スカーレットにとっては、レインフォードはもう推し以上の存在だ。
だから、スカーレットもまたまっすぐにレインフォードを見つめ、微笑んだ。
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
スカーレットの言葉を聞いたレインフォードは、一気に破顔するとそのままスカーレットを抱きしめた。
拍手喝采で会場が包まれると、国王エルロックがゆっくりと玉座から立ち上がり、高らかに宣言した。
「さて、今日は婚約発表の場だったな。ここに、王太子レインフォードと、スカーレット・バルサー伯爵令嬢の婚約を発表するものとする」
「これからは護られるだけじゃなく、俺がお前を守るよ。愛している、スカー」
端正なレインフォードの顔が、スカーレットの視界一杯に広がる。
そして唇が重なり合った。
今度こそ、スカーレットはレインフォードの唇を受け入れるのだった。
完
長らくお付き合いいただきまして、ありがとうございます!
これにて完結です!
人気があれば…サジニアとのその後や、その後のシエイラとの交流、結婚式、クライマックスの時のレンフォード視点…などなど書きたいとは思うのですが、一旦ここで終わりたいと思います。
これまで読んでくださった方、ブクマや☆評価を入れて下さった方。本当にありあがとうございました!
別作品でもお会い出来たら嬉しいです。




