アルベルトの反応
その後、サジニアといくつか契約を交わした。
例えば、どちらかに好きな人が出来た時には、偽装結婚を解消することや、公の場では夫婦として振舞うこと。
もちろん白い結婚であることも条件の一つだ。
『今は偽装結婚だが、お前が良ければ、本当の結婚にしてくれても構わないぞ』
とサジニアに妖艶な笑みを向けられたが、丁重にお断りした。
スカーレットが淡々と断る様子に、サジニアはまたクツクツと笑っていた。何が面白いのかは分からないが。
今後の段取りとしては、まずは次回の夜会にサジニアの婚約者として出席し、国王に挨拶をする。
その後は正式に婚約を結び、結婚した後に外遊に出るということになった。
(それにしても擬似恋人の次は偽装結婚することになるなんて)
屋敷に帰ったスカーレットは、屋敷の談話室で紅茶を飲みながらそんなことを考えて大きく息を吐いた。
以前レインフォードと「擬似恋人」をしたことが思い出される。
一見するとまったく違うように見えるレインフォードとサジニアだが、似たような思考回路を持っているあたり、やっぱり兄弟なのだと思う。
そう考えて、スカーレットは思わず小さく笑ってしまった。
「にしても、アルベルトにはなんて伝えたらいいかしら」
ここはひとつ、「偽装結婚することになった」とストレートに言うべきか……
だが、スカーレット自身この目まぐるしい展開に、なんとか頭がついて行っているという状態なのに、突然義姉がそんなことを言っても理解不能だろう。
アルベルトにどう説明すべきかスカーレットが頭を悩ませていると、玄関ホールの方から使用人たちの声が聞こえてきた。
どうやらアルベルトが帰ってきたようだ。
暫くすると、普段着に着替えたアルベルトが談話室に入ってきた。
「義姉さん、ここにいたんだ。ただいま」
「お帰り、アル。遅かったわね。残業?」
「うん、なんか急にサジニア様が外遊に出るかもしれないって話になってさ。まだ本決まりじゃないみたいなんだけど、準備だけはしておくように指示が出たんだ。突然にそういうの、止めてほしいよね」
その言葉を聞いて、スカーレットは思わず固まってしまった。
サジニアにはつい先ほど偽装結婚の話を承諾したばかりなのに、もう外務省まで話が言っているとは思わなかった。
王命を使ったか、あらかじめスカーレットに白羽の矢を立て、断らないであろうことを想定して動いていたのかもしれない。
やる気なさげな様子のサジニアだが、仕事が早い。それに頭が回る。
「義姉さんどうしたの?」
固まっている義姉を見たアルベルトが、不思議そうに首を傾けた。
(そうよ、固まっている場合じゃないわ。この機会に言わなくちゃ!)
アルベルトの残業が自分のせいだということもあり、非常に言いにくい。だが、いつかは言わなくてはならないのだ。
スカーレットは意を決して口を開いた。
「あのね、アルベルトに話があるの」
「なに? 改まって」
「実は、私、結婚することにしたの」
スカーレットの言葉を聞いて、今度はアルベルトが固まっている。
絶句し、息をしているか分からない状態のアルベルトに、スカーレットは不安になり、恐る恐る声を掛けた。
「あの、アルベルト?」
するとようやく我に返ったアルベルトが、驚きの表情でスカーレットの腕に掴みかかった。
「…………はぁ!? な、なんだって? どういうことだよ!」
アルベルトが勢いよく掴みかかり、スカーレットの腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと落ち着いて。まずは座って話しましょう」
スカーレットが宥めると、アルベルトは何か言いたい言葉をぐっと抑えつつ、ソファーに座る。それを見てスカーレットは説明を始めた。
領地に戻ったあと、本当は旅に出るつもりだったこと。
サジニアは王位に興味が無く、外遊したいと思っていたが、国王から結婚の条件を出されていたこと。
そしてスカーレットに婚姻を申し込んできたこと。
利害が一致して、偽装結婚することにしたこと。
それを聞き終わったアルベルトが、信じられないというように小さく首を振った。
だが次の瞬間にはスカーレットを見つめて、向かって半ば叫ぶように言った。
「そんな……偽装結婚だなんて。俺は認めないよ! レインフォード様ならともかく、なんでサジニア様なんだよ! あいつは政敵だろ?」
「サジニア様の提案に私は納得してるし、互いにメリットのある契約よ。それに、実はサジニア様とは何度かお話しているの。確かに、目つきは悪くて怖い雰囲気はあるかもしれないけど、私の悩みを聞いてくれたり、気遣ってくれたり。いい人なのよ」
アルベルトを心配させないように笑いながら言ったスカーレットの言葉に、アルベルトはさらに悲壮な顔をした。
「ねえ、一つ聞いていい? 義姉さんがサジニア様と偽装結婚しようとしたのって、僕やレインフォード様のためなんじゃないの?」
アルベルトの問いに、図星をつかれたスカーレットは即答できず、ただ、思わず目線を下に向けてしまった。
それだけで、アルベルトはスカーレットの胸の内を察したようだった。
「義姉さんはもっと自分の幸せを優先すべきだよ。デニスと婚約したのだって、領地や僕のために我慢したじゃないか。それなのに、今度はレインフォード様のために我慢するの?」
黙り込むスカーレットに、アルベルトは悔しさを滲ませて問いかける。
「……義姉さんは、バカだ。義姉さんの気持ちにも気づかずに、よりによってあのミラ・ジルベスターと婚約するようなレインフォードのために、義姉さんが犠牲になる必要はないよ!」
「それでも、決めたことだから。本当に、犠牲になろうと思ってるわけじゃないし、我慢しているわけでもない。だから、心配しないで」
きっとこれ以上話をしても、今のアルベルトには通じないだろう。
それにこれ以上疑問を投げかけられたら、スカーレットの決意が揺らぎそうになる。
「義姉さん!」
「と言うことで、これからちょっとバタバタしちゃうけど、許してね。アルベルトも、あんまり仕事ばっかりして体を壊さないで。じゃあ、おやすみなさい!」
スカーレットはそう言って話を終わらせると、アルベルトの追求から逃げるように部屋を出た。
だから聞こえなかったのだ。アルベルトの呟きが。
「それに、僕の方がずっと好きだったのに。何度も結婚しようって言ったのに。本当に義姉さんは馬鹿だよ」
アルベルトのやり場のない悲しみを含んだその呟きは、誰もいない部屋に虚しく響くだけだった。




