明らかになる関係性
スカーレットは家に帰ると、声にならない悲鳴を上げて自室に一直線に向かうと、ベッドにダイブし、枕に顔を押しつけて叫んだ。
「ああああああもうなんであんなこと言っちゃったのかしら!」
勢いとはいえ、好きだと告白したことを思い出すと、色々な感情がごちゃ混ぜになって、いたたまれない気持ちになる。
「うううう……」
唸り声が枕に沈んでいく。
とはいえ、こうしてベッドに溶けるようにうつ伏せになっていても、過去を変えることはできないのだ。
スカーレットはのっそりと起き上がると、パンパンと自らの頬を叩いた。
そのタイミングを見計らったように、コンコンとドアがノックされ、外からアルベルトのくぐもった声が聞えた。
「義姉さん、今大丈夫?」
「ええ、いいわよ」
入室したアルベルトは、すぐに足を止めて小さく驚いた表情となった。
その様子をスカーレットは不思議に思い首を傾げると、アルベルトは躊躇いがちに問いかけた。
「少し目が赤いよ? もしかして泣いてた?」
「! ううん、ちょっとあくびをしただけよ」
「そう?」
涙こそ零さなかったが、涙目にはなっていたのだろう。
スカーレットは慌てて誤魔化したものの、アルベルトは気づかわし気な視線を向けたままだった。
職を辞して領地に戻ると言い出したスカーレットの様子に、アルベルトも違和感を覚えているようだったが、何が起きたのかは深く尋ねることはなかった。
だが、聡い彼のことだからスカーレットの身に何かあったのだろうとは分かっているのかもしれない。
それでも深く追求しないアルベルトの気遣いに、スカーレットは感謝しかなかった。
何かを言いかけたが、口をつぐむアルベルトに、スカーレットは言葉の続きを促した。
「何かあった?」
すると、アルベルトは躊躇いがちに口を開いた。
「今更義姉さんの耳に入れるのもどうかなぁとは思ったんだけど……。あのさ、前に僕が気になることがあって調べてるって話したのを覚えてる?」
「ええ、もちろんよ」
外交官補佐をしているアルベルトは、毎朝早く登城をしていたのだが、以前その理由を尋ねたところ、『個人的に気になることがあって業務時間外に調べている』と話してくれていた。
何かあったら相談すると言ってたが、そのことだろうか。
「ラウダーデン家ってそんなにカゼンとの取引があるの?」
「取引?」
先ほどの前置きとアルベルトの質問内容が結びつかず、スカーレットは首を傾げながらも答えた。
「うーん、私がラウダーデン家にいた時はなかったわね」
スカーレットはデニスと婚約していた時、ラウダーデン家で暮らし、家業の手伝いをさせられていた。
手伝わされていた仕事には、取引記録や帳簿管理もあったが、それらの書類の中にカゼンとの取引は無かったはずである。
「やっぱり……」
「何か気になることがあったの?」
「実は、入出国履歴の確認をする仕事をしていて気づいたんだけど、何故かミラとデニスは一緒にカゼンを行き来しているんだ。それが気になってさ」
「ミラとデニスが? まぁあの二人は婚約者だったのだし、一緒に旅行に行ったんじゃないの?」
スカーレットの言葉に、アルベルトは首を振った。
「いいや、二人がカゼンと行き来しているのは一度や二度じゃない。二週間と置かずに入出国を繰り返してるんだ。これって、ちょっと不自然だと思わない?」
「そうね。その頻度だと観光目的だとは思えないわね」
「だろう? もしかしてカゼンとの取引があって行き来しているのかと思ったんだけど、義姉さんの話だとその可能性は低そうだし」
スカーレットが婚約破棄され、ラウダーデン家から出たのは半年ほど前だ。
その時点ではカゼンとの取引はない。
婚約破棄後に取引を始めるといっても、カゼンで伝手の無い状態で、こんなにも早く商談にこぎつけられるとは思えない。
「なぜそんなに頻繁に行き来するのかしら?」
「これは義姉さんからの話を聞いて考えた推測なんだけど、二人はカゼンの誰かに会いに行っているんじゃないかな」
その話を聞いたスカーレットの中で、ある仮説が浮かんだ。
(ジルベスター侯爵と通じているカゼンの人間に会っている?)
デニスはミラ・ジルベスターと婚約関係にあった。
つまりラウダーデン家とジルベスター侯爵家は懇意になったわけだ。
一方で、リオンの父サン・クライレン子爵の証言から、ジルベスター侯爵家はカゼンとの関係があることが分かっている。
つまりラウダーデン家はジルベスター侯爵家の指示によってカゼンを行き来しているのではないか?
「もしかして……ラウダーデン家もジルベスター侯爵家の陰謀に加担しているかもしれないわ。それで、ジルベスター侯爵はデニスとミラを通じてカゼン側の人間と連絡を取り合っているのかも……」
スカーレットが自分の考えをまとめるようにそう言うと、それを聞いたアルベルトがハッとした表情になった。
「そうか! それなら辻褄が合うと思うんだ。元々デニスとミラの婚約自体おかしいと思っていたんだ。デニスは成り上がりの子爵家。一方ミラは侯爵家の令嬢だ。ラウダーデン家はともかく、ジルベスター侯爵家が許すとは思えない」
なるほど。
スカーレットは自分が婚約破棄されたこともあって、そこまでは考えたことはなかった。
そもそも二人は愛し合っていると思っていたし、「マジプリ」の世界では二人が結ばれるのが当然だと思っていたからだ。
だが、こうやって一歩引いて考えればアルベルトの指摘通り、二人の婚約には違和感がある。
そして、同時にアルベルトの考えなら納得がいく。
「ラウダーデン家はかなりの資産家だし、貿易商も営んでいて、海外との行き来をしても不自然じゃない。確かにジルベスター侯爵が利用するにはいい相手ね」
ラウダーデン家は貿易商を営んでいることから、デニスを隠れ蓑にして大手を振ってカゼンと連絡を取ることが出来る。
それに加え、金のあるラウダーデン家は資金源にもなるだろう。
一方、ラウダーデン家にとっても貧乏なバルサー伯爵家と縁故を持つより、位の高い侯爵家と縁故を結んだ方がずっと箔がつく。
両者にとって利害が一致したというところだろう。
(まぁ、デニスがミラに惚れていたから、その辺の利害については、あまり考えてないのかもしれないけど)
デレデレした顔のデニスを思い浮かべながら、スカーレットはそう思った。
「でも、現時点では可能性の話よね。確実性があるわけじゃないし。何か物的証拠を掴めればいいんだけど」
リオンが捕縛された後、レインフォードはジルベスター侯爵に鎌をかけた。
『ジルベスター侯爵、貴殿が王位継承に関して何やら画策をしている、という話をとある者から聞いている。どういうことか説明してもらいたい』と言って、リオンの証言をちらつかせたのだ。
するとジルベスター侯爵は慌てる素振りもなくこう言った。
『子どもの言うことなど、信用に足るものではありませんよ。惑わされることのなきように』と。
ジルベスター侯爵は暗にリオンの証言だけでは証拠不十分だと伝えてきたのだ。
だから、もっと物的証拠を集めなくてはならない。
「決定的な証拠か……。うーん、カゼン側の協力者と連絡を取り合っているのなら、デニスが書簡とか手紙とか持ってるんじゃないかな?」
「そうね。その書簡を手に入れれば、物的証拠になるわね」
ミラとデニスには関係があるのは明白であり、そのデニスがジルベスター侯爵の書簡を持っていれば、侯爵の有罪は確実になるだろう。
「できたらこのことを、レインフォード様に伝えてくれる? 私はもうレインフォード様とは会えないから」
スカーレットの言葉を聞いたアルベルトは、複雑そうな顔をした。
そして、数秒の間を開けた後、深い息を吐きながら言った。
「……分かった。レインフォード様には伝えておくよ。でもさ、義姉さんは……それでいいの?」
アルベルトの問いに、隠していた本音を指摘されたように思え、思わず息を呑んだ。
「うん、いいの」
スカーレットは自分に言い聞かせるようにそう答えると、アルベルトはそれ以上何も言わなかった。
※
その後、アルベルトを見送ったスカーレットは、パタンとドアの音を聞いてから、大きく息を吐いた。
アルベルトの何か言いたげな視線に、知らず体が強張ってしまったようだ。
スカーレットは力無くベッドの端に座ると、シェードランプの灯をぼうと見つめ、再び思考を巡らせた。
もし、スカーレットたちの推測が正しく、ジルベスター侯爵とカゼンが通じている書簡が確保できれば、侯爵を追い詰めることが可能だろう。
だが、サジニアがいる限り第二第三の事件が起こることが予想される。
(サジニア様は王位に興味がないって言っていたけど)
確かに、彼は何に対してもあまり興味がなさそうだ。
現にジルベスター侯爵がサジニアを担ぎ出そうとしても、放置している。
今後も同じように、誰かがサジニアを担ぎ上げたとしても、彼はそれを放置するだろう。
レインフォードの傍にいることが出来れば、レインフォードを守れるし、そうしたい気持ちもまだ捨てきれないでいる。だが、現実問題として、もう無理なのだ。
(どうすればいいのかしら)
スカーレットはそう思いながら、自分が出来ることを考える。
だが、答えは一つだった。それはレインフォードの無事と幸せを祈ること。
今のスカーレットにできるのはそれだけだった。
しかし後日、事態は意外な展開を見せることになる。
あともう一波乱!
完結までお付き合いいただけましたら嬉しいです!




