告白
サジニアと話してから、スカーレットは王宮の職を辞して旅に出ることを決めた。
(旅に出れば悪役令嬢として断罪されずに済むし、レインフォード様にもミラにも正体がバレることもない。アルベルトや父様にも迷惑は掛からないし、万事OKじゃない!)
あの日、話を聞いてくれたサジニアには感謝だ。
お陰で失恋の痛手もすっかり消えたし、むしろ未来の事を考えるとワクワクするくらいだ。
近衛騎士兼執務補佐官を辞めるに際して、タデウスには既に伝えてある。
本当の事は言えないので、父が体調を崩してしまったため、領地に戻りたい旨を伝え、最悪はそのまま伯爵家を継ぐ可能性があると相談した。
タデウスはもちろん驚いた様子であったが、理解をしてくれた。
「さて、こんなところかしらね」
スカーレットは最後の一文を書き上げると、書類をまとめて机に置き、大きく伸びをした。
この資料で引継ぎ資料は書き上げた形になる。
広い執務室にはスカーレット一人だ。
もうとっくに終業時間は終了し、窓の外も傾いた夕陽はすっかり空から姿を消してしまっている。
どうやら午後の会議が長引いているようで、レインフォードとタデウスは、まだ執務室に戻ってきていない。
「できたらちゃんとご挨拶したかったけど……」
誰に向けたものでもないスカーレットの呟きが、しんと静まり返った室内に虚しく響いた。
今日がスカーレットが登城する最後の日だった。
本来は辞職の件については、きちんとレインフォードにも直接言うべきなのだろうが、レインフォードは元々多忙であった通常業務に加え、ミラとの婚約の件で忙殺されており、とてもじゃないが時間を取ってくれとは言えない状況だった。
加えてスカーレット自身も、各所の調整や担当者との引継ぎ、退職の手続きなど立て込んでおり、執務室を不在にする時間が多かった。
ゆえに、互いが顔を合わせる時間はほとんどなく、結局、登城最終日まで辞職の件を話せなかった。
(まぁ、レインフォード様にはタデウス様が伝えてるのだろうし、何にも問題はないけどね)
規定通り退職1週間前には直属の上司であるタデウスに、退職の意を伝えてあるし、引継ぎ資料もしっかり作成した。
前世においても今世においてもマナー違反にはならないはずだ。
気づけばスカーレットの視線はレインフォードの執務室に続く扉に向かっていた。だが、その主とはもう会うことはないだろう。
「さて、帰ろうかしら」
呟くと、スカーレットはそっと自分の机に手を触れた。
そして数か月過ごした執務室を見回す。
だまし討ちのようにして城で働くことになったが、今思うと楽しい思い出しかない。
目まぐるしい日々だったが、充実した日々でもあった。
スカーレットは名残惜しく思いつつ、一つ息を吐いて気持ちを切り替え、入り口に足を向けた。
その時だった。
ドアが壊れんばかりに勢いよく開いたかと思うと、飛び込んできたのはレインフォードだった。
息を切らしたレインフォードはスカーレットの姿を見るやいなや、レインフォードは怒りに満ちた足取りでスカーレットの元まで歩くと、腕を掴んだ。
「スカー! どういうことだ!」
「レインフォード様!?」
レオンフォードはそう言って怒ったように声を荒げたが、その表情は悲し気に歪んでいた。
切羽詰まったレインフォードの様子と剣幕に、スカーレットは息を呑んだ。
「職を辞すなんて初耳だぞ! どうしてそんな大事なことを言わなかったんだ!」
「ええっと、タデウス様にはお伝えしておりましたが……聞いていらっしゃいませんでしたか?」
「聞いてない! タデウスも俺と顔を合わせる時間がほとんどなかったことをお前も知っていただろ? 俺に直接言うべきじゃないのか?」
「で、ですがレインフォード様もご婚約の準備で、ご多忙のようでしたし」
「だからって、黙っていなくなろうとするなんて、お前にとって俺はその程度の存在か!!」
叫び声は血を吐くような悲壮な声に、スカーレットの胸は張り裂けそうだ。
掴まれた腕に、さらに力が籠められる。
「そんなわけない! 私だってレインフォード様の傍にいたかったです!」
「じゃあ何故だ! 何故俺の元を離れる!!」
何故?
そんなのは決まっている、自分は悪役令嬢で、ミラに顔を知られていて……
だが、それは建前であると気づいた。
自分はただ、レインフォードとミラが、仲睦まじく並ぶ姿を見たくなかったのだ。
そんなスカーレットの胸中など知る由もないレインフォードの問いは、スカーレットにとって酷く残酷なものだった。
「……きだから」
「え?」
「レインフォード様のことが好きだから! ミラに微笑む姿を見るのは耐えられないんです!!」
「っ!」
衝動的にそう叫んでしまったスカーレットは自らの言葉を発してから、ハッと我に返った。
(あぁ、言ってしまった)
レインフォードは瞠目したまま見つめたまま、何も言わない。
そうだ、レインフォードにとってスカーレットは近衛騎士『スカー』なのだ。
答えられないのも無理はないだろう。
「って男のボクが気持ち悪いですよね。ははは……」
自らの失態に気づいたスカーレットは何とか笑って誤魔化そうとしたが、それが成功したとは思えない程、掠れた声しか出なかった。
怖くてレインフォードの顔が見れず視線を下げたまま、スカーレットは頭を下げた。
「今までありがとうございました!」
そう言ったスカーレットは、そのまま部屋を飛び出した。
城の中を走り抜け、ちょうどやって来た乗合馬車に飛び乗ると、ようやく冷静になることができた。
「言うつもりなかったんだけどなぁ……」
街灯の明かりが灯り、ほんのりとオレンジ色に染まる街並みを、スカーレットは車窓から見るともなしに見ながら、そんな言葉が漏れ出ていた。
幸いにして、もう二度とレインフォードと会うことはない。
だから、このままレインフォードが自分のことを忘れてくれればいい。
そう願いつつ、スカーレットは屋敷に帰るまで流れゆく街並みを見つめ続けた。
あともうちょい続きますが、最終章&クライマックスです!
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