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意外な一面

スカーレットがサジニアに連れていかれたのは、小さな洋服店だった。


店の規模自体はさして大きくはないが、揃えられている服は皆、質のいいものだ。

裕福な商家や、下級貴族を相手にしているのかもしれない。


(どうしてこうなった?)


その店の奥の鏡の前で、スカーレットは自分の姿を見つめながらそう思った。

深緑のロングワンピースはAラインのスカートで、首元はフリルとリボンがあしらわれたホルダーネックになっている。


くびれを強調するためのおしゃれ用のコルセットが付けられているが全く苦しくはない。

ワンピースから羽織るのは、レースがふんだんに施されたケープ。


落ちついた色のワンピースであるが、そういった装飾があるせいで、華やかな印象を与えるワンピースだった。

一見すると、裕福な商家の娘といった感じだ。


いつもは雑に後ろに括っている髪も、今日は編み込みをされてアップにされている。


そんな服装になったスカーレットを、鏡に映ったサジニアは品定めするように見ながら声を掛けてきた。


「あぁ、やっぱりお前には濃紺よりもこっちの色の方が赤い髪に映えるな」


サジニアは無気力な雰囲気で、あまり感情を露わにしないようだが、声音から満足そうなのが伝わってきた。

ただ、スカーレットの最大の疑問は、何故自分がこのような状況になっているかだ。


「あの……どうして私はこのような格好をさせられているのでしょうか?」

「それがお前の本来の姿だろ?」

「まぁ、女ですから……。ではなく、どうして女の格好をしなくちゃならないんですか?」


「女の格好をしていれば、お前の正体は分からないだろ。レインフォードの政敵である俺と歩いていたら、お前立場が悪くなると思ったが……それでも男装のままの方がよかったか?」


まぁ確かにそうだ。

さっき訓練場から早々に逃げようとしたのもそれが理由なのだが……


(そこまで考えてくれるのね)


剣術稽古に付き合ってくれたことといい、今回の事といい、サジニアは実は色々気遣いのある男なのかもしれない。

サジニアのその意外な一面に、スカーレットは内心驚いた。


だが、問題はやはりそこではない。


「ご配慮いただいてアレなんですが、そもそも私は何故このような格好で街を歩くのでしょうか?」

「そんなの、考えたらすぐに分かるだろう?」


いや、分からないので聞いているのだが。


スカーレットは首を傾げていると、サジニアは鋭い目をスッと細め、口の端を持ち上げるだけの笑みを浮かべた。


「男が女を着飾らせて、二人きりですることなんて一つだろう?」


そう言いながらスカーレットに近づくと、その長い指をスカーレットの頤にかけ、上向かせる。

サジニアの整った顔が目前に迫り、スカーレットは硬直したまま動けなかった。


息がかかるほどに間近に顔が近づき、ともすればキスされる程の距離だ。


「さっきは押し倒されたんだ。逆をさせてもらってもいいだろう?」

「え?」

「例えば、この唇を塞いで、さらにその先のことをする、とかな。そこまで言えば鈍いお前でも分かるだろう?」

「ま、まさか……」

(いかがわしいことをする……とか? じょ、冗談よね)


息を止めたまま硬直していると、突然サジニアがにやりと笑った。

その笑みが捕食者の様にも思え、スカーレットは嫌な予感がしてゾクリとした。


「さて、行くとするか」

(ええええ!? どこに行くの!?)


突然サジニアがスカーレットの手を取ったかと思うと、そのまま店の出口へと歩き出した。


「ぎゃああああ!」


貞操の危機を感じたスカーレットは、サジニアの手を振りほどこうとするが、結局引き摺られるようにして店を後にすることになった。



(どうしてこうなった?)


スカーレットは内心そう思うのは本日二度目だった。


目の前にはテーブルに所狭しと皿が並べられ、その一つ一つにてんこ盛りの料理が盛られている。

現在スカーレットたちがいるのは、いわゆる下町のレストラン……というより、薄暗い雰囲気のあるパブと言った方が適切な雰囲気の店だった。


さらにテーブル越しにはサジニアが長い足を組んでワインを傾けている。


初めて街で会った時のような生形のシャツの前を大きく開け、だらしなく着ている姿は誰がどう見てもこの国の第一王子だとは思わないだろう。


「食べないのか? ここのムール貝の酒蒸しは美味いぞ」

「……ではいただきます」


勧められたムール貝のワイン蒸しを口に入れる。

磯の香りと白ワインのさっぱりした口当たりが、弾力のある貝から感じられる。

塩味もちょうどよく、一つ食べたらついつい二つ三つと手を伸ばしていた。


「確かに美味しいですね」

「ああ、ここの料理はなんでも美味いんだ」


そう言ってサジニアは、ワイン蒸しの隣に置かれていたスペイン風オムレツを口に運んだ。

アラカルトの料理を口にしては、赤ワインを淡々と飲んでいる。

サジニアが何を考えているのか。

その表情からは読み取れなかった。


(怒っているわけじゃないようだけど、楽しんでるって感じにも思えないわよね)


スカーレットはビールを飲みながらサジニアの顔を盗み見て、そんなことを考えていた。


「おう、ジニ! お前さんが女連れなんて珍しいな」


突然、この店のマスターがサジニアに声を掛けながら焼き立てのミートパイをテーブルに置いた。

髪こそ金色であるが、浅黒い肌に赤い目のマスターは、カゼンの血が混じっているのかもしれない。


ざっくりと切った金髪を雑に括ったマスターは、垂れ目の甘いマスクの青年だった。


マスターは、整えられたあごひげに手を当てると、スカーレットに目を留め、ニヤッと意味ありげな笑みを浮かべた。


「ほう、なかなかの別嬪さんだな。女が絶えないジニもとうとう年貢の納め時か?」

「まぁ、そんなもんだ」

「えっ!? そこは訂正してください! 恋人とかじゃないですから!」


スカーレットが慌てて言うと、サジニアは気だるそうにグラスを傾けて小さく笑った。


(何故に無言!?)


「いやー若いねぇ。じゃあ、お邪魔虫は消えようかね。ごゆっくりどーぞ」


誤解を解こうとスカーレットが口を開く前に、マスターが昭和のオヤジのような言葉を言いながら、店の奥に消えて行った。


その後ろ姿を口を開けたまま見送ったスカーレットは、勢いよくサジニアに振り返り、恨めし気に睨んだ。


※ ※


「どうして訂正しなかったんですか! 誤解されちゃったじゃないですか!」


「別に、いちいち事情を説明するのも面倒だ。お前がいつもは男装している王太子付きの近衛騎士で、空腹で腹を鳴らしているのを聞いた俺が、放っておけないからここまで連れてきた、と説明すべきか?」

「う……」


サジニアの言うことはもっともだが……やはり解せぬ。

だがこれ以上何かを言っても暖簾に腕押し。馬耳東風。


スカーレットの言葉など聞き入れないことは目に見えていたので、小さくため息をついた後話題を変えることにした。


「さっきの店員さんとも顔馴染みという感じでしたが、よくいらっしゃるんですか? というかジニとは?」

「俺の容姿は目立つからな。ここの人間はそういったことは気にしないからよく来る。ジニは偽名だ。正体を名乗るやつがいるか」

「まぁ、確かに……」


この国の第一王子が護衛も付けず、こんな小さなバルに来れるはずはない。

だらしなく着た服装からも、誰もこの男が第一王子だとは思わないはずだ。


それに、サジニアが言う通り、カゼンの人間は目立つ。

色々詮索されるのであろうが、マスターもカゼンの血が入った人間であれば、気心も知れているのかもしれない。


「それで? お前こそスカー・バルサーというのは偽名だろう? 本当の名は?」


気だるい様子でワインを飲んでいたサジニアが、頬杖を突きながらスカーレットに問いかけた。

ここまで来たらスカーレットも正体を偽る必要はないだろう。


「……スカーレットです」

「なるほど。お前の赤い髪に似合う名前だ」


そう微笑むサジニアの表情が、少しだけレインフォードに似ていた。


(半分とは言え血が繋がっているものね)


スカーレットの胸にチクりと痛みが走ったが、それに気づかぬふりをして、ビールを煽った。


「それで、何が『困ったなぁ』なんだ?」

「え? き、聞こえていたんですか?」


どうやら訓練場で呟いた言葉を聞かれたらしい。

サジニアの赤い目がスカーレットを捕える。


その目は意外にも真摯なもので、とても興味本位で聞いているわけではないようだった。


スカーレットは小さく息を吐いてから、自分の心を整理するように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「実は、身の振り方を考えていて。レインフォード様の婚約者のミラは私の後輩なんです。だから、近衛騎士になって顔を合わせたら、私だって気づくはずです。だから正体がバレる前に近衛騎士を辞めようと思ってるんですけど……」


「そもそも、なぜお前はあいつに性別を偽って近衛騎士になったんだ?」


サジニアの問いに、スカーレットはどう答えていいか一瞬迷った。

スカーレットが男装してレインフォードの護衛をしているのは、彼の命が狙われているからだ。


そして、それはサジニア派の筆頭であるジルベスター侯爵の指示だと分かっている。

ということは、サジニアがジルベスターにレインフォードの暗殺を指示しているはずだ。


「……逆に聞きますが、サジニア様はどうしてレインフォード様の近衛騎士である私を食事に誘ってくれたんですか? ……ハッ! もしかして、懐柔しようとしてますか? なら帰ります!」


一つの可能性が浮かび、スカーレットの表情が険しいものになった。

鋭くサジニアを睨むが、サジニアの顔色は変わることなく、むしろ淡々と食事に手を伸ばしていた。


「俺はお前があいつの近衛騎士だろうとなんだろうと気にしてないさ。ただお前に興味があるだけだ」

「私に?」

「女だてらに男装して近衛騎士をしている。ナリは悪くないのに、腕はめっぽう強い。お前みたいな女は見たことがないからな」


だから興味深い存在だと告げたサジニアは、更に言葉を続けた。


「あと、ジルベスターの事を懸念しているのであれば、気にしなくていい。お前に興味があるのは俺個人だ。暗殺を指示しているとか勘違いしているのなら見当違いだ」


サジニアの言葉の意味が分からず、スカーレットが首を傾げていると、サジニアは吐き捨てるように言った。


「ジルベスターは俺を担ぎ上げて王太子に据えようとしているようだが、俺は王位争いなんて興味がない。だから誰が王太子になろうが、誰が何をしようか、興味がない」

「そうなのですか?」


「考えてもみろ。あんな玉座に座ってなにが楽しいんだ? 窮屈な人生を強いられて、自分の自由もままならない。そんな時間があるなら、こうやってバルに来て、美味しい酒と美味いつまみでも食べていたほうがマシだ」


そう言ってサジニアはくいっとグラスを煽った。


「世の中は広い。世界にはもっと面白いものがたくさんあるだろう。可能なら第一王子なんて地位を捨てて旅に出たいくらいだ」

「旅、ですか。それはいいですね」


サジニアの言う通り、世界は広い。

スカーレットの見たことない美しい光景もあるだろうし、温泉だってあるかもしれない。


この国では大浴場でのんびり足を延ばしてお風呂に入るなんてことは、ほぼ無理だが、海外に行けば日本のようなお風呂文化が根付いた国もあるだろう。


「それはいいアイディアです! そうだ、旅に行こう!」


スカーレットの頭の中で、前世のCMの”そうだ 京都、行こう。”の文字が浮かんだ。


傷心旅行ではないが、気分もリフレッシュできるし、アルベルトの未来の奥さんにも迷惑をかけることはない。

一石二鳥どころか三鳥も四鳥だ!


満面の笑みを浮かべたスカーレットを見たサジニアは、その反応が意外だったのか、目を丸くしている。


「お前なら婚約者もいるだろう? いいのか?」

「ええ、問題ないです! だってもう婚約破棄されていますから。今更領地に戻るわけにもいかなかったですし」

「フッ、見る目のない男だな」

「あははは。そう慰めてもらえるのは、ありがたいです」

「お前はそうやって笑っていたほうがいいな」


そう言ったサジニアも、小さく笑っていた。

サジニアは、ずっとスカーレットのことを気遣い、励ましてくれていることに気づいた。

彼が言う通り、サジニアは本当に王位など興味がないのかもしれない。

スカーレットには、そう思えた。


「でも色々吹っ切れました。サジニア様って、優しいですね」

「俺が? ハッ、見る者は皆、俺に怯えた目を向けてくるがな」

「それはサジニア様が威圧的な雰囲気を纏っているというか、いつも何を考えているか分からないというか」


城で見たサジニアは、触れれば切れる剣のようだった。

その上、何を考えているのか分からない、得体の知れない空気を纏っていた。


だから城の人々は彼の前で委縮し、怖がるのだろう。

だが、一見しては分からないが、実は優しい側面を持っているということが分かった。


(これだけのイケメンだもの。笑ったらもっといいのに。なんかもったいないわ)


「でもサジニア様は優しいんですから、サジニア様もそうやって笑っていたほうがいいですよ」

「俺を優しいなどと言ったのはお前が初めてだ。まぁ、お前の前では笑ってやってもいい」


サジニアはグラスにワインを注ぎながら、クツクツと笑った。

こうして小気味よい会話を繰り返し、深夜までスカーレットはサジニアと酒を酌み交わした。


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