真実を告げる時
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「レインフォード様! シエイラ様!」
スカーレットが部屋に飛び込むと、そこにいたのはランセルに取り押さえられたリオンの姿だった。
後ろ手を縛られたリオンは、射殺さんとばかりに恨みに満ちた目でレインフォードを睨みつけている。
そして、部屋に現れたスカーレットを認めると、嘲るように笑った。
「リオン……」
「あぁ、やっぱりスカーさんも来ていたんですね。僕の予想通り、あなたが最大の障害だった。あの時殺せなかったのが悔やまれますね」
久しぶりに見るリオンは、以前旅をしていた時のあどけない表情は消え失せ、スカーレットにも強い憎悪を孕んだ視線を向けた。
あまりの変わりように、スカーレットは胸が締め付けられ、思わず胸元に当てた手をぎゅっと握った。
そんなリオンを前にして、レインフォードは淡々と問いかけた。
「何故、こんなことをした? お前の行為は、後ろ盾になってくれたファフドル侯爵への裏切りだ。恩のあるファルドル侯爵に対して、なんとも思わないのか?」
その声は冷静かつ冷たさを含んだものだった。
だが、それが逆に怒りと悲しみを必死に抑えているようにも聞こえた。
レインフォードの問いに対し、リオンは怒りに震えながら声を絞り出すように言った。
「最初に裏切ったのは殿下たちの方だ」
「俺が裏切った? どういうことだ?」
「今更しらを切るつもりですか? ……‥殿下が、殿下たちが僕の両親を殺したくせに!ジルベスター侯爵から話は全部聞いているんです。僕がクライレン子爵家の嫡男だったことも、殿下がファルドル侯爵に命じて、僕の屋敷に火を放って両親を殺したことも」
「ジルベスター侯爵がそう言ったのか?」
「ええ。だから敵討ちに協力してくれるって言ったんだ」
リオンの語った言葉に、スカーレットは耳を疑った。
何故ならそれは、ファルドル侯爵が説明したのと真逆の事だったからだ。
スカーレットは不可解に思い、リオンに更に尋ねた。
「それでリオンはジルベスター侯爵の計画に加担したの?」
「ええそうです。殿下とファルドル侯爵がいなくなればサジニア様が王位を継承する。そうしたら僕に子爵位を戻して、クライレン子爵として妹と一緒に暮らせるようにするとジルベスター侯爵は約束してくれたんだ!」
「妹さんが生きているって言ってたの?」
「あぁ、そうですよ。火事で助かった妹に、ジルベスター侯爵は治療を受けさせてくれているんです。酷いやけどで、治療に専念するために会っていませんが」
スカーレットはリオンが語る言葉から、彼が大きな思い違いをしていることを理解した。
いや、正確にはジルベスター侯爵がどうやってリオンを引き入れたのかということをだ。
(なんて姑息な手段。自分がやったことをファルドル侯爵の仕業だと思わせたのだわ)
スカーレットはリオンの元にゆっくりと歩み寄りると、取り押さえられていつもより低い位置にあるリオンの瞳を見つめた。
「それは違う。リオンがボクたちの元から去って、ボクは貴方について調べたんだ。妹さん……ミスティ・クライレンは遺体となって現場で発見されている」
「え……?」
「もし嘘だと思うなら調査報告書を見せてあげる。そこにすべてが書かれているから」
リオンはレインフォード付きの従者とは言え、騎士部隊長以上の承認が必要になる調査報告書を見ることはできなかったはずだ。
だから、真実を知ることができず、このようなジルベスター侯爵の甘言に乗ってしまったのだろう。
「そんな……嘘だ……嘘だ……そんなの、信じられない!」
混乱し、視線をさ迷わせるリオンに対し、声を上げたのはシエイラだった。
「嘘じゃないわ! お父様はリオンの事を血眼になって探していらっしゃったわ。親友だったサンおじ様の息子だから探したのよ。だからリオンが見つかって屋敷に来た時、お父様は泣いて喜んでいた。あの日の事を、あなたも覚えているでしょう?」
「親友? ファルドル侯爵は父さんの親友だったのですか?」
「ええ。学生時代からの親友だと言っていたわ」
初めて知る事実に、衝撃のあまり、リオンは目を見開いたまま微動だにしなかった。
何が真実で何が嘘か。
まだ混乱の最中にあるリオンに、スカーレットはゆっくりと語り掛けた。
「リオン。もしファルドル侯爵がクライレン子爵を殺したのなら、リオンを探し出す必要はないでしょ? だって、ファルドル侯爵にはリオンを探し出す理由もメリットもないのだから。むしろ、どこかで野垂れ死んでくれた方がいいはずだよ。そうしなかったのは、親友の約束があったからだと思う」
「そん……な……」
項垂れたリオンはそれ以上言葉を発しなかった。
どれほどの衝撃と混乱、後悔などが渦巻いているのか。察するに余りある。
スカーレットもそんな彼に対し、それ以上の言葉をかけることができなかった。
暫しの静寂の後、レインフォードがまた淡々と告げた。
「ランセル、リオンを城に連行しろ」
「はっ」
ランセルに連れられたリオンの後ろ姿からは、先ほどまでの湧き上がるような激しい怒りは微塵も感じられず、降りしきる雨の中に佇むような悲しみが伝わってきた。
それを見送るレインフォードもまた、込み上げる悲しみをぐっと堪えているように見えた。
スカーレットは掛ける言葉が見つからず、ただレインフォードの隣に寄り添うように立つしかできなかった。