最後の戦い
最初に攻撃を仕掛けたのは相手だった。
その攻撃をスカーレットは真っ向から受けた。
ガギンという金属の重低音が響くと同時に、びりびりという振動がスカーレットの手に伝わってきた。
(くっ……相変わらず一撃が重い)
行き着く暇なく男が剣をふりおろし、攻撃を仕掛けてくる。
正面から
右上から
左上から
スカーレットはそれを剣の方向を変えながらもなんとか受けた。
だが男に押され、防戦一歩だ。
ジリジリと後退させられていく。
それでも、スカーレットは男が振りかぶったタイミングを見て、体を回転させて避けると、再び間合いを取り、今度は一転して、スカーレットが攻撃を仕掛ける。
しかし、スカーレットが普通に攻撃しても、男に押し切られるのは目に見えている。
だからスカーレットは全身をばねの様に動かし、回転して剣を振り切って攻撃した。
ビュンという音を立てて白刃が空気を斬る。
「はっ! はっ! はぁぁっっ!」
スカーレットは攻撃を畳みかけるが、相手はその攻撃を躱しつつ間合いを取るので、距離を詰めようとするのが、相手の間合いに入った瞬間に逆に反撃をされ、スカーレットは素早く身を後退させた。
スカーレットの武器は機動力だ。
だからスカーレットは男の反撃を避けつつ、男の周囲を走って狙いを定めさせないようにする。
そして、隙を見ては攻撃を繰り出した。
前回は宿の部屋という狭い空間で思うように動けなかったが、ここは玄関ホールだ。
十分な空間があり、その点はスカーレットに有利だった。
だが、敵もさることながら繰り出してくる一撃が重い。
互角の戦い。
相手もスカーレットに決定打を打てないでいるが、スカーレットもまた相手に決定打を打てないでいた。
互いに一歩も譲らず、そして剣戟がホールに響く。
(早く決着を付けなきゃ)
スカーレットの中でジリっと焦りが生まれた。
ランセルがいるとはいえ、やはり先に行ったレインフォードのことが心配だ。一刻も早く彼の元に駆け付けたい。
そして焦りの原因は、もう一つ。スカーレットの体力的な問題だ。
女性であるスカーレットは男に比べて体力面では不利だ。
持久戦に持ち込まれたら厄介なのは明白だ。
だからスカーレットは勝負に出た。
ランセルの時にも使ったように、攻撃の速度を二段階に分けたのだ。
まずは一撃、身を捻って回転しながら攻撃をする。
だがスカーレットの予想通り男はそれを難なく避ける。
それを見越し、スカーレットは軸足を曲げ、態勢を低くした状態で今度は回転しながら地面を蹴った。
それにより、今まで単調だった打ち合いのタイミングが、少しだけ変化する。
男が、自分が予想していた軌道ではないところからのスカーレットの攻撃に驚き、一瞬息を呑む音が聞えた。
「っ!」
「はああっ!」
「ぐぁっ!」
スカーレットの攻撃が、男の胸を切り裂き、大量の血が床に飛び散った。
(ようやく一撃を食らわせられた!)
そのまま押し切ろうと、スカーレットはもう一歩踏み出したのだが、深手を負っている筈の男は、渾身の力を込めて上段回し蹴りをする。
「!」
不意を突かれたスカーレットの顔めがけて男の足が飛んでくる。
スカーレットは、視界の隅にそれを捕らえると同時に、反射的に両腕で顔をガードした。
だが、男の脚力は相当のもので、スカーレットの体は勢いよく吹き飛んだ。
「うっ……」
スカーレットの体は、絨毯の上を埃を立てながら転がる。
すぐ起きなければと思うが、ガードした腕が先ほどの衝撃で上手く動かせない。
体を起こすのに時間を要していると、その一瞬の間に、今度は男がスカーレットの近くまで駆け寄り、そのまま剣を突き刺そうとした。
「死ねぇ!」
「……っ!」
スカーレットはその攻撃を転がりながら躱し、何とか体制を立て直そうとする。
だが、男の攻撃は行き着く間もなく繰り出され、スカーレットは剣を構えることさえできない。
(どうすれば!)
何か一瞬でも隙が生まれれば。
そう思ってスカーレットは攻撃を躱しながらも素早くにホールに目を走らせた。
そこにキラリと煌めく物が見えた。
それは割れた鏡の破片だった。
(あれを使えば)
スカーレットは瞬時に判断すると、全身の力を振り絞って立ち上がると、もつれた足で鏡の場所まで走った。
そして鏡の欠片を取り上げたまま走ったが、気づけば壁際に追い込まれていた。
だが、スカーレットの背後には壁があり、もう逃げ場はない。
男もそれが分かり、勝利を確信したようだった。
口元をニヤリと歪めた男は、叫びながら剣を大きく振り上げた。
「終わりだあああ」
だが、それはスカーレットの狙い通りだった。
男の剣が振り下される瞬間。
スカーレットは持っていた鏡を男の前に翳す。
男の背後から差し込んだ光が鏡によって反射し、男の目を照らし出した。
「うっっ!」
余りの眩しさに目がくらんだ男は、小さく呻いて動きを止める。
刹那、スカーレットは持っていた剣で男の胴を一突きした。
「はぁつ!」
スカーレットの剣は、男の腹に深々と突き刺さった。
その剣をスカーレットが引き抜くと、男は小さく呻いてその場に両膝をつく。
カランという剣の転がる音がして、同時に男の口から大量の血が溢れ出た。
「俺が……負ける、とは、な……」
男は最期にそう言うと、ドスンという低い音と共に倒れ、動かなくなった。
ホールにはスカーレットの粗い息だけが響く。
(やった……わ……。早く、レインフォード様の所に行かなくちゃ)
スカーレットは完全に動かなくなった男をもう一度見た後、レインフォードを追って走り出した。
悪役令嬢なのに、物理最強という…どんだけスカーレット強いんだと書いてて思いました…
これから最終章突入!
是非、引き続き御覧いただければ嬉しいです