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捜索

「どういうことだ! 説明しろ」


レインフォードが言葉を発する前に、ファルドル侯爵の怒鳴り声が室内に響き渡った。

その問いに、ランセルは息も絶え絶えに、何とか言葉を発し、その状況を説明し始めた。


「ハァハァッ……先ほど、シエイラ様が屋敷に戻られると仰ったので、念のため私と数名の騎士が護衛をすることにしました。中心街を抜けて郊外に出たところ、突然シエイラ様を乗せた馬車が黒ずくめの男たちに襲われたのです。私共も応戦したのですが、一人腕の達つ男がおり……」


「それでシエイラが誘拐されるのを阻止できなかったということか!」

「はい、面目次第もございません……」


ファルドル侯爵は先ほどまでレインフォードとの受け答えに、冷静に言葉を交わしていた人物と同一人物とは思えないほどの声の荒げようだった。


怒りからか体が小刻み震え、血走った目でランセルを睨みつけている。

その時、レインフォードが冷静な声が二人を制した。


「侯爵、落ち着いてくれ。まずはシエイラを探すことが先決だ。ランセル、すぐに捜索隊を編成しろ」

「はっ」


ランセルは頭を垂れながら、短く了承の意を示した。

だが、スカーレットはそれを、待つことはできなかった。


「それでは初動が遅れます。レインフォード様、ボクが先に行きます!」

「……分かった。では俺も行くことにしよう」

「えっ! ですが……」


普通に考えたなら、王太子が現場に出ることはないだろう。

それにランセルほどの騎士が深手を負う状況だ。


スカーレットとしては、身の危険がある以上、レインフォードには安全な城に居てほしいというのが本音だった。

だが、タデウスはチラリとファルドル侯爵を見た後、少し逡巡し、意外な提案をした。


「私も殿下が行かれるのは賛成です。直接現場を指揮したほうが良いかと。こちらも至急捜索隊を編成し、すぐに追いかけます」


いつものタデウスなら、レインフォードの行動を止めそうなものだ。


その彼が率先してレインフォードの意見を聞き入れるというのは、スカーレットとしては意外だった。


だが、頭の切れるタデウスの事だ。もしかして、タデウスには何か思惑があるのかもしれない。


少しだけ戸惑いながらも、先に行ったレインフォードを追おうとしたところで、タデウスがスカーレットを呼び止めた。


「スカー」

「はい」


足を止めたスカーレットに、タデウスがチラリとファルドル侯爵の顔を見た後、低い声で耳打ちした。


「この件はファルドル侯爵がいる手前、殿下に陣頭指揮をお願いしました。この意味が分かりますね?」


そこまで言われたスカーレットはタデウスの真意にようやく気が付いた。


シエイラが攫われたのは、ある意味レインフォードの失態になってしまう。

もしシエイラの身に何かあれば、その糾弾は避けられず、最悪レインフォードの派閥から抜けるだろう。


だが、万が一シエイラに何かあったとしても、レインフォード自らが捜索したという手前、ファルドル侯爵も必要以上に事を荒立てることはなく、レインフォードの派閥からは離れることを防げるという算段なのだろう。


つまりファルドル侯爵からの怒りを収めるためにレインフォードにシエイラ捜索の陣頭指揮を取らせ、「王太子レインフォード自らがシエイラ捜索に尽力した」というポーズをとったのだ。


「ですからスカー、くれぐれも頼みましたよ」

「分かりました! では向かいます!」


スカーレットは頷くと、シエイラを救出するため廊下を駆け出した。



早く早く


スカーレットの頭の中を占めているのはそれだけだった。

馬に乗り、大通りを駆ける。


普段は穏やかな街の中を疾走するスカーレットたちを、街の人は何事かと驚き、慌てて道を譲る。

そんな人々の表情など、今のスカーレットには気にする余裕もなかった。


(シエイラ様、無事でいてください!)


風を纏って失踪する馬は、中心街を抜けると、緑の多い郊外へと出た。

一本道の街道沿いは、やがて楓の枝がトンネルが地面に影を落とすようになり、視界が少し悪くなる。


そんな中を走っていると、後ろからついて来ていたランセルが声を上げた。


「あそこです!」


ランセルの示した先には、街道を塞ぐように、無残に倒された馬車が見える。


急いで馬を止めると、急に手綱を引かれた馬の嘶きさえも耳に入れず、スカーレットは馬車へと駆け寄る。


その周りには既にこと切れた騎士が数名倒れていた。

死体には致命傷となる刺し傷だけが残っているだけで、他に切り傷などは見当たらない。

一撃で倒されたことが分かった。


(相当の手練れだわ)


逆に言えば、それだけの手練れ相手に、傷を受けながらも致命傷を負わず城まで帰還できたランセルはさすがと言えるだろう。

騎士の他にも黒装束を纏った男が3名ほど血だまりに倒れていた。


「この格好……旅で襲ってきた奴らと同じ格好ですね」

「俺のせいか……」


男たちの死体を見たレインフォードが、苦渋に満ちた声を絞り出すように呟いた。


この襲撃を指示した人物はこれまでレインフォードを狙ってきた人物と同一人物であり、シエイラはレインフォード暗殺計画に巻き込まれたことが示唆されるからだ。


「シエイラはどこに連れ去られたか、見当はついているのか?」

「森の中に逃げ込んだところまでは見たのですが、銀髪の男と交戦している間に見失いました。申し訳ありません」


強張った表情のまま答えるランセルは首を振りながら謝罪の言葉を口にした。

ランセルの視線の先にあるのは、人が出入りする道など見当たらない。


山道を追えない以上、森の中を人海戦術で探すのが順当だ。だが、捜索隊が到着するには時間がかかる。事は一刻を争うのだ。


その時、ピーという甲高い鳥の声が空に響いたかと思うと、それはスカーレットの腕に降り立った。


「ライザック・ド・リストレアン? どうしてここに?」

「その鳥はスカー殿の鳥でしたか? シエイラ様と一緒に馬車に乗っていたのでてっきりシエイラ様の鳥かと」

「シエイラ様と一緒にいたんですか?」


いつもは城の森にしかいないはずのライザックが姿を現したことに、スカーレットは驚くとともに怪訝な表情となった。

ライザックは再び飛び上がると、ピーと一鳴きしてスカーレットの上空を旋回する。


戸惑いながらそれを見つめるスカーレットに対し、ライザックは何かを訴えるようにピーピーと鳴き続けた。


動くことの無いスカーレットに対し、痺れを切らしたのか、ライザックはスカーレットの近くまで高度を下げた後、再び舞い上がった。


「どうしたんだろう? 何か訴えているみたいだけど……」

「ライザック・ド・リストリアン、もしかしてシエイラの居場所が分かるのかもしれない」

「え?」

「以前、スカーがリオンに殺されそうになった時、ライザック・ド・リストレアンが道案内してくれたんだ。あの時の状況に似ている。ついて行ってみよう」


そう言ったレインフォードは確かな足取りで、森の中に入るライザックを追った。



こんな先に本当にシエイラがいるのか。一抹の不安を覚えつつ、スカーレットたちは山道を進む。


それでも、色を失って地面に積み重なった葉を踏みしめた足跡が辛うじて見えたことから、ライザックの示す方向はシエイラの居場所に続いていると確証が持てた。


やがて、鬱蒼と茂っていた木々が、道を避けるに開けて行くと、その先にあったのは見えたのは一軒の洋館だった。


二階建ての洋館は、どこかの貴族か地元の有力者の別荘だったのかもしれないが、白壁には苔がこびりつき、来る者を拒むかのように蔦に覆われていた。


そんな洋館のある枯れた庭木の枝に、ライザックは羽音と共に降り立った。


「ここのようだな」


そう言ったレインフォードの視線の先には風雨に晒され、腐った玄関ドアがあり、ドアの下には数名の男の足跡が残っていた。

そっとドアを開き、身を隠したまま屋敷の中を伺う。


流れて来る隙間風が、すさんだカビの匂いを運んできた。

敷かれていた赤い絨毯には、天井から差し込む光の筋によって、うっすらと埃が積もっているのが分かった。


だが玄関ホールに人の気配はない。

スカーレットたちはそっとドアを開けて屋敷内に身を滑り込ませた。


「ここに足跡が残っています。二階のようですね」

「急ごう」


ランセルの言葉を受け、スカーレットたちが階段に足を掛けようとした、その時だった。


スカーレットに耳に、かすかに空気を切り裂く音がし、反射的に剣を抜いていた。

ガキンという金属音が響く。


「ほう、あの時の小僧か。よく攻撃を防いだな」

「お前は……!」


間合いを取った先に立っていた襲撃者の顔には見覚えがあった。


長い銀髪にザクロのような赤い瞳。

冴え冴えとした殺意を纏ったその姿は、ルーダスで襲撃してきた男だった。


あの時は辛うじて撃退できたが、かなりの腕前であることは身をもって知っている。


(この男がランセル殿が言っていた腕の達つ男ね)


一撃で倒されていた騎士の事を思い出す。

確かに、この男ならば並みの騎士では太刀打ちできないだろう。


だがここで足止めをされては、シエイラがどうなるか分からない。


正直、まともに戦って勝てるとは思わないが、今は一刻を争うのだ。

スカーレットは剣を構え、男を見据えながらレインフォードに言った。


「ここはボクが相手をします! レインフォード様は先に!」

「だが!」

「早く!シエイラ様をお願いします! 時間がありません!」

「レインフォード様、ここはスカー殿に任せていきましょう!」


ランセルの言葉に苦渋の表情を浮かべたレインフォードは、一瞬だけ歯を食いしばる。

だが、意を決したように階段を上った。


「スカー、絶対に死ぬな!」


レインフォードの血を吐くようなセリフを背中で聞いたまま、スカーレットは頷いた。


同時に銀髪の暗殺者がレインフォードを足止めしようとゆらりと動くのと、スカーレットは見逃さなかった。


「行かせない!」


振りかぶり、暗殺者に剣を下す。

短い剣戟の音が鳴る。同時に、弾かれて互いの間に距離が生まれる。

睨みつけるスカーレットに銀髪の男はにやりと口を歪めた。


「まぁいいさ。お前とは勝負を付けたいと思っていた。さて、決着を付けよう」


その言葉と同時に、スカーレットと男は床を蹴った。


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