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シエイラからの情報

ピーというレインフォードの指笛が青く澄んだ空に響く。

それに呼ばれるように、空を二度ほど回旋して降り立ったのは一羽の鷲だった。


「久しぶりだね、ライザック・ド・リストレアン。元気だった?」


スカーレットの腕に降り立ったライザックは甘えるように一鳴きした。


ライザックは王都についてから、城の裏手に位置する森に住むことになった。

王都の中央に程近いスカーレットのタウンハウスでは飼うことが難しくなったからだ。


だからスカーレットは時折、餌をあげつつ顔を見に来ている。


もちろん森には餌となる小動物は多いのだが、こうして指笛を鳴らすと必ずやって来て、スカーレットに顔を見せてくれる。


「食欲も旺盛だし、先週と変わらないな」


今度はレインフォードの肩に乗ったライザックは、彼の頬に擦り寄って気持ちよさそうに目を細めた。


「ふふふ、もうすっかりレインフォード様にも懐いてますね」

「まぁな。息抜きついでにこうして餌を持って来ているからな」

「なんか、ボクが保護したのに餌やりをさせてしまって、申し訳ありません」

「気にするな。さっきも言ったように息抜きにもなってるし。こうしてお前とゆっくり話せるしな」


スカーレットはライザックにササミをあげながら謝った。

ライザックが次から次へと与えたササミを食べるのを見ながら、スカーレットはリオンのことを考えていた。


(ファルドル侯爵はリオンがクライレン子爵の息子であることを知っているのかしら?)


あの後念のため、リオンが偽名に使っていたドリール家とファルドル侯爵に何か関係があるのかを調べたが、ドリオールという名前は多く、明確な関係があるかは分からなかった。


「リオンのことか?」


ササミをあげる手が止まっていたのだろう。レインフォードが心配そうにスカーレットの顔を覗き込んだ。


突然、端正な顔に覗き込まれたスカーレットは思わず声を上げていた。


「わっ! ええっと、はい。リオンの姿も、その足取りも分からないのが、気がかりで。いつまたレインフォード様が襲われるかと思うと、つい」

「俺の心配をしてもらえるのは嬉しい。だが、リオンはお前も狙っているかもしれない。俺は、そっちの方が心配だ」

「レインフォード様……」


確かにリオンはドルンストの街でスカーレットの命を狙った。

スカーレットがレインフォードの近くにいて、最も腕の立つ人間だったからだ。


だから次の狙いはスカーレットかもしれないというレインフォードの考えは、あながち間違えてはいないだろう。


「俺のせいでお前には傷ついてほしくないからな」

「でも、ボクはレインフォード様の近衛騎士です。ボクの心配は不要ですよ」


「お前ならそういうと思った。だが、俺はお前が怪我をしたり、ましてや命を落として欲しくない。本当は近衛騎士なんてやめて、内政に専念して欲しいくらいだ。こんな危険な仕事、やめさせるべきだと思っている」


「そんな……!」

「でも、スカーそれで納得しないだう? それに何より俺はスカーに側にいて欲しい。我儘かもしれないけどな。それだけ……俺にとってスカーは特別な存在なんだ」


レインフォードが真摯な目でスカーレットを見つめて言った。

『特別な存在』というのが、やけに耳に響き、スカーレットは一瞬ドキッとした。


まるで告白のようにも思えたからだ。


(いやいやいや、レインフォード様は私を男だと思ってるんだし、それはないない)


だが、レインフォードは最近やたらと思わせぶりなセリフを言ってくる。

彼にとっては特になんてことのない発言なのだろうが、こう何度も勘違いしそうな発言をされると、心臓が持たない。


無言でいるスカーレットに、レインフォードはさらに言葉を続けた。


真剣な眼差しなのだが、なんだか捕食者に捕らえられているような気がして、スカーレットは思わず一歩後退ってしまった。


するとレインフォードもまた一歩近づいて距離を詰めた。


「なぁ、スカー。お前にとって、俺はなんなんだ?」

「えっ? それは……」


スカーレットの中ではその問いの答えは明快だ。「推し」。その一言に尽きる。

もしそれ以外の言葉を当てはめるのであれば……


(主君? 上司? 仲間……は違うし)


「うーん、やっぱり推し、ですね」

「お、おし?」


レインフォードは首を捻った。

それはそうだ。この世界に推しなんという言葉は存在しないのだ。


だが、この推しというのをなんと表現すればいいのか……?


「尊敬? いや、敬愛、する方です…かね?」

「……それだけか?」

「? それだけって、そうですけど……」


しばし間が空く。


「……命の危険に晒してもいいと思ってるくせに、俺の存在はそれだけか……」

「どうなさいましたか?」


なにやらぶつぶつと言っているレインフォードに、スカーレットは恐る恐る尋ねた。

またいつかのように不機嫌になられるのは困る。


「あ、それよりも、今日はファルドル侯爵がいらっしゃるんですよね」


スカーレットが会話を変えるとレインフォードは「はぁ」と深いため息をついた。

これがなんのため息かは、今のスカーレットには分からなかった。


「……まあいいさ」


さらに何が「まあいいさ」なのかは分からないが、それを尋ねたらさらに面倒なことになりそうなので、そこはあえて触れないことにした。


そんなスカーレットを一瞥した後、レインフォードはササミを食べ終わってくつろいでいるライザックを見つめながら、スカーレットの問いに答えた。


「少し間が開いてしまったが、ようやく時間を取ってもらえることになった。まぁ、あの狸親父のことだから、すんなり事情を説明してくれるかどうかは微妙なところだが……」


レインフォードは何度も話があるからと会いたいとファルドル侯爵を呼び出したのだが、ファルドル侯爵は「シエイラと会ってくれるのなら」と条件を付けてきた。


最初は抵抗してきたレインフォードだったが、断腸の思い・苦渋の決断ということで、何とか首を縦に振り、こうやって侯爵と会う約束を取り付けたのだ。


(あの時のレインフォード様の顔……よっぽどシエイラ様が嫌いなのね。まぁ、女装させられて笑われたなんてことをされたら、気持ちは分からなくないけど……)


スカーレットは思わずレインフォードに憐憫の目を向けてしまった。

そんな中で、突然ライザックがバサリと羽ばたき、そのままスカーレットの腕から飛び立った。


同時に、スカーレットの耳に、鈴が転がるような軽やかで愛らしい声が聞こえてきた。


「スカー!」

「シエイラ様、お久しぶりです」


半ば飛びつくようにシエイラがスカーレットの腕をぎゅっと抱きついてきた。

シエイラの登場に、レインフォードは苦虫を噛み潰したように、眉間に皺を寄せる。


そして明らかに不機嫌だと言う空気を出して無言でシエイラを睨んだ。

シエイラはそんなレインフォードのことなど眼中には無いようで、スカーレットを熱い眼差しで見つめている。


「久しぶりね!! それで、婚約のお話はどうかしら?」

(やっぱりこの話題になっちゃったか……)


アルベルトと考えた作戦通り、スカーレットは考えた言い訳を口にした。


「それなのですが、領地にいる父に相談したところ、ボクの知らないところで縁談を取りつけてしまったらしく……」

「はぁ!? 縁談だと! どう言うことだ」


なぜか一番に反応したのはレインフォードだった。

青ざめて、見るからに衝撃を受けている様子である。


予想外の反応にスカーレットが驚いていると、剣呑な表情を浮かべたレインフォードがズズズいっと距離を詰めてきた。


(なんでレインフォード様がこの話題に食いついてきたの!? ってか、近い近い近い!)


半ば睨むように顔を寄せられ、スカーレットはジリジリと迫って来る。

その反応に動揺しつつ、スカーレットはパニックになりながらも必死で答えた。


「えええと、父とその戦友の方との間で、『自分たちの子供を将来的には婚約させよう』という話があったらしく。ボクが王都に来ると同時に勝手に話を進めていたようなんです」

「なん……だと?」


地の底から湧き上がるような低い声に、スカーレットの肩がびくりと跳ねた。


「詳しく聞かせろ。お前はその話を受けるつもりか?」


どうやらレインフォードはスカーレットが職を辞するのだと考えたのだろう。

だがこれはシエイラとの縁談を断るための方便なのだ。

誤解されては困る。


とはいうものの、シエイラの前で本当の事を言うわけにもいかない。


「ええと……」


この状況でどう誤魔化せば良いのか、頭が真っ白になって言い淀んでいると、それに追い打ちをかけるように叫んだのは、シエイラだった。


「あ、諦めないわ! どうして? 私の方が家柄もいいし、絶対スカーを幸せにするわ!」


シエイラからも詰め寄られてしまい、スカーレットはさらに仰け反った。


「お二人とも、落ち着いてください! と、とりあえずですね、レインフォード様には後で説明しますから! いいですね!」

「わ、分かった」


スカーレットが語気を強めてそう言うと、レインフォードもその気迫に押されたのか、頷きながら一歩下がってくれた。


次にスカーレットはシエイラに向かい直り、頭を下げた。


「シエイラ様には、大変申し訳なく思っております。ボクなんかにそこまで言っていただいて本当にありがとうございます。しかし、ボクは騎士です。ですから父と盟友との約束を簡単に違えるのは騎士道に反することで、父もボクもその道に反することはしたくありません。ご理解くださいませ」


スカーレットが真摯に諭すように告げると、シエイラは肩を落とし、しょんぼりした様子だった。

そもそもシエイラがスカーレットを結婚相手に望むのは、ドレスが似合う人物をそばに置きたいためなのだ。


だから、それを叶えてあげればいい。


「その代わりですね、ボクでよければシエイラ様が選んでくださったドレスは着ますので」

「それは嬉しいけど……でも……」


渋る様子のシエイラに、スカーレットはさらに言葉を続けた。


「そうだ! 義弟はボクより美形ですし、ドレスも似合います。彼をご紹介しましょう!」

(アルベルト、ごめん!)


義弟を悪魔に売り渡したようでアルベルトには申し訳ないが、嘘も方便だ。

この場を納めるためには何としてでも代替案が必要なのだ。

後で謝り倒しておこう。


スカーレットの提案もあって、シエイラは渋々と言った様子で納得してくれた。


「分かったわ……でもちゃんとスカーもドレスを着てね」

「はい」


シエイラがしぶしぶでも納得してくれたことに安堵していると、頭上から羽音が鳴り、スカーレットはライザックを見ながら腕を伸ばした。


バサバサという音と共に、ライザックがスカーレットの腕に舞い降りる。

すると、その様子を見たシエイラが感嘆の声を上げた。


「うわぁ! 可愛いわ! 触ってもいいかしら?」

「もちろんです」


シエイラがライザックに恐る恐る手を伸ばし、そっとライザックの首に触れた。


すると、ライザックは気持ちよさそうに目を細め、クゥクウという甘え声をあげながら、シエイラの細い指に自ら擦り寄っていった。


「まぁ可愛い! この子の名前は何て言うの?」

「ライザック・ド・リストレアンと言います」


ライザックの名前を聞いた途端、シエイラが微妙な表情を浮かべた。


「……変な、名前ね。もしかしてスカーが付けたの?」

「いえ、ボクではありません」

「そうよね。スカーならもっと良い名前を付けそうだもの。『ライザック・ド・リストレアン』なんて、可愛くないわ。全くつけた人のセンスを疑うわね」


ネーミングセンスを否定されている状況で、名付け親(レインフォード)のことを素直に話していいか言い淀んでしまう。


シエイラの言葉を聞いたレインフォードはさらに剣呑な空気を纏い、湧きあがる怒りを抑えるように低く言った。


「お前、いい加減帰れ。お前の顔など見たくない」

「私だって別にレインと会いたくて来ているんじゃないのよ? レインに会って話をしてくるようにお父様に言われて来ただけよ」


ファルドル侯爵と面会の約束をしたとき、シエイラと会話する時間を取るように条件を出されたことを意味しているのだろう。


「レインが嫌ならあなただけ帰ればいいわ。あ、でもスカーはもう少し私とお話しましょう! 手紙では話し切れないもの。もっといっぱい話したいわ」


「俺が帰るならスカーも連れて行くに決まっているだろ。スカーは俺の近衛騎士だ」

「なによ、従者ならリオンがいるでしょ?」


シエイラの言葉に、スカーレットは言い争いになった二人の間に思わず割って入った。


「シエイラ様はリオンの事を知ってらっしゃるんですか?」


ファルドル侯爵とリオンは繋がりがあると思っていたが、まさかシエイラも知り合いだとは思わなかった。

スカーレットは少々驚きながら尋ねた。


「ええ、もちろん知ってるわ。お父様がリオンを孤児院から引き取って、しばらく一緒に暮らしていたから」

「リオンは孤児院にいたのですか?」

「ええ。そうみたいね」


調査報告書では『なお、長男リオン・クライレンの遺体は発見されず。状況から死亡したものと推察される』と記されていた。


ということは、火災事故からファルドル侯爵家に引き取られるまで、孤児院にいたということだろうか。


「あの、少々お聞きしたいのですが、お城に上がる時、ファルドル侯爵がリオンの後ろ盾になったと聞きました。シエイラ様はそのあたりの事情を何かご存じですか?」


「そうねぇ、確かにリオンが侯爵家(ウチ)に来たのは事情があったみたいね実はリオンが来た日、お父様とお母様が言い争っているのをこっそり聞いてしまったの。


『あの子はどこの子なのか? 外の女性に産ませた子なんじゃないか』って。

そうしたらお父様はリオンはサン叔父様の子だって説明していたの。

サン叔父様の頼みだから分かってくれ、って。それでお母様もリオンを引き取ることを承諾したみたい」


サンというのはリオンの父親であるサン・クライレン子爵のことだろう。

そうなると、今の言葉からファルドル侯爵とクライレン子爵は知り合いだったように聞こえる。


「サン叔父様というのはサン・クライレン子爵のことですよね? 侯爵と子爵は知り合いのなのですか?」


「ええ。親友同士なの。学生時代一緒に生徒会をしていたらしいわ。私も小さい時、何度かお会いしたことがあるわ」


意外な接点にスカーレットは驚きつつ、頭の中に一つの可能性が浮かんだ。

ファルドル侯爵がリオンを孤児院から引き取り、後ろ盾になったのは、親友であるサン・クライレン子爵の頼みだった可能性が高い。


ここで分かる事は次の3点

・ファルドル侯爵とクライレン子爵は親友

・リオンを引き取ったのはクライレン子爵の頼み

・リオンの後ろ盾になったのも同じ理由から


チラリとレインフォードを見ると、彼もまたスカーレットを見返していた。

どうやら同じ考えに至ったようだ。


その時、城の方から騎士のランセルが駆け寄ってきて、レインフォードに告げた。


「殿下、ファルドル侯爵がいらっしゃいました」

「分かった、今から行く」

「シエイラ様も参りましょう」


スカーレットがシエイラに声を掛けると、その声に反応するようにライザックが腕から飛びあがり、今度はシエイラの腕に止まった。


その様子にシエイラは目を細めて微笑んだ。


「ふふふ、この子は私と遊びたいみたいね。私もこの子と遊びたいし、もう少ししたら帰ることにするわ」

「分かりました。……ではランセル殿、シエイラ様をお願いいたします」

「かしこまりました」


「ライザック・ド・リストレアンも、シエイラ様をよろしくね」

「ピー!」


スカーレットの言葉に応じるように、ライザックが羽を羽ばたかせて一鳴きする。

それを見届けたスカーレットは、レインフォードと共に城へ向かうことにした。


ふと後ろを振り返ると、シエイラがライザックと戯れる姿が見えた。


(ライザックもすっかりシエイラ様に懐いているわね)


一人の可憐な少女と、愛らしい鳥が無邪気に戯れている様子を見て、ほっこりとした気分になり、スカーレットは微笑を浮かべると、再びレインフォードの後を歩き出した。


これがシエイラを城で見る最後の姿になるとは思いもよらずに――


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