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誰かに似ている

スカーレットが屋敷へ戻った時には、既に夜の帳が空を覆い始めていた。


ローズマリー号に頑張ってもらい、かなり速く走らせたので10分ほどで屋敷に着くことができた。


厩舎に向かうことなく直接に屋敷の入り口に馬を止めると、青年を肩で支えながら屋敷のドアを開ける。

するとちょうど外に出ようとしていたアルベルトと鉢合わせし、危うくぶつかりそうになってしまった。


「わっ!」

「義姉さん、どこに行ってたんだよ。帰りが遅いからこれから探しに行こうと思ってたところだよ」

「アル! この人、怪我をしているの! 急いで薬を持ってきてちょうだい!」


アルベルトはスカーレットと青年を見比べると、怪訝そうに眉を寄せた。

身元の分からない土まみれの青年を突然連れて来たことに驚き、不審に思ったのだろう。


「えっ? この人誰? 一体どういう状況!?」

「詳しい話は後でするわ。とにかく早く薬を持ってきて」

「わ、分かった」


スカーレットの切羽詰まった声と、ぐったりとした青年の様子から緊迫した状況を察したアルベルトは、急いで屋敷の奥へと駆けて行った。


入れ違いにスカーレット付きの若いメイドであるエマが屋敷の奥からやって来た。


「お帰りなさいませ。……どうなさったんですか!?」

「エマ、丁度良かった。私と一緒にこの方を客室まで運んでちょうだい」

「はい!」

「触るな!」


エマが青年に触れようとした瞬間、それまで苦痛に顔を歪め、ぐったりとしていた青年が、突然力強く拒絶の言葉を口にしたので、エマは反射的にビクリと動きを止めた。

青年は低く呻くように言葉を続ける。


「女には触れられたくない」


エマはどうすべきかを問うようにスカーレットに視線を送ってきたので、スカーレットは小さく頷いて手を引くように指示した。


「……かしこまりました」


何の事情があるか分からないが、嫌がることを強要したくはない。

だが……とスカーレットは一瞬考えた。

女に触れられたくないと青年は言うが、自分も一応女だ。


しかしこの状況で「私も女なんですけど……」などとは言えない。それに一刻も早く部屋へと運んで手当をする必要がある。


(まぁ嫌がられていないからいいかしら)


緊急事態である今、女だと気づいていないのであれば敢えて訂正することもないだろう。


スカーレットはそのまま青年を客室まで運ぶと、その体をベッドに横たえた。


青年はベッドに体を沈めると、体のこわばりを解くが痛みから歯を食いしばり、眉間に皺を寄せて顔を歪める。

額からは玉のような汗が流れ落ちていた。


「すぐ薬が来ますから少しだけ辛抱してください」


スカーレットの言葉に青年は小さく頷くが、次の瞬間痛みから息を詰まらせて顔を顰めた。


「っ!」


よほど傷が痛むのだろう。

先程までなんとか気力を振り絞ってここまで来たせいか、気を抜いた途端に痛みが襲ってきたのかもしれない。


青年の右肩は、先ほどよりも失血したせいでシャツが血でぐっしょりと濡れている。

このままでは失血死の可能性もある。


「すみませんが傷を見せていただきます」


そう言ってスカーレットは青年の着ているシャツのボタンを外して脱がせると、鍛えられた均整の取れた体が露になった。

程よく筋肉のついた肩には切創が走り、そこから血がどくどくと流れていた。


(思ったよりも深いけど、これならばウチの薬で十分対応できるわ)


バルサー家は騎士の家系であり、生傷は絶えない。

戦があれば当然深手を負うこともあるので、代々傷に効く秘薬が伝えられているのだ。


「止血します」

「頼む……」


スカーレットは傷口に素早くタオルを押し当てると、全体重をかけてぐっと押して止血した。

その時、ドアが荒々しく開き、息を切らせたアルベルトが部屋へと飛び込んできた。


「薬を持ってきたよ!」

「ありがとう。……少し染みますよ」


アルベルトから薬を受け取ったスカーレットは青年にそう声をかけると、素早く傷口を消毒し薬を塗り込み、慣れた手つきで包帯を巻いた。


「この薬はよく効くので、2週間もしないうちに良くなると思います。あとこちらの薬も飲んでください。痛み止めと解熱剤になります。口を開けていただいても?」


青年はぐったりしながら緩慢な動きで口を開いた。そこにスカーレットは丸薬を彼の口に入れて水を飲ませた。

これでとりあえずやれることはやった。


「では少しお眠りください。目が覚める頃にはだいぶ良くなっているはずです」

「……重ね重ね……感謝する」


青年は静かにそう言うと、そのまま目を閉じた。

スカーレットはそれを見守っていると間もなくして規則正しい寝息が聞こえてきた。


(薬が効いたみたいね。まずは良かったわ)


ほっと安心したところでアルベルトが怪訝そうな声をかけてきた。


「それでこの人は誰? どういう状況? 説明してくれる?」

「誰かは分からないんだけど、遠駆けに出たら街道で賊に襲われているのを見つけて助けたの。この人の他にも何人か仲間がいたけど助けられなかった」

「賊? 山賊が出たってこと? このへんに山賊が出るっていう報告は聞いていないけど」

「そうよね。私も聞いていないわ」


もしバルサー領地内で山賊が出るという話があればすぐに報告があり、父が対処しているはずだ。

落ちぶれているものの騎士としての誇りを持っているバルサー家としては、そのような不埒な輩を放置することはありえない。

それにスカーレットもアルベルトも賊が出ると言うような話は聞いていない。


(そういえば、あの賊たちはこの人を見て『標的は変わらん! 殺せ!』って言ってたわよね)


標的ということはこの青年を狙っていたと考えるのが自然だ。

スカーレットは改めて青年の顔を見た。


年の頃はスカーレットよりも年上だろう。20を少し超えていると思われる。

シルバーブルーの髪に切れ長の美しい目。すっと通った鼻梁。

長身で鍛えられた体つきで、その身を包む服は簡素なデザインであるものの上質な布で仕立てられていることから、上位貴族であることが察せられる。

まじまじと見れば見るほど青年の顔に見覚えがあるのだが、その正体がスカーレットの考え通りなのかは確証がない。


(この顔……やっぱり王太子レインフォードに似てるわよね? 他人の空似? レインフォードのそっくりさん?)


王太子がこんな片田舎にいるはずはないと思いつつも、どう見ても「マジプリ」のレインフォードの顔だ。

推しの顔を見間違えるわけがない。


「この方の様子は私が看ているわ。アルは明日の出発準備をしてきていいわよ」

「いいよ。僕が看てるよ」


そうは言ってもスカーレットも自分が助けた怪我人を放っておいて部屋で休む気にはなれない。

それに具合が急変しないかも気になってしまう。


「じゃあ、アルには父様を呼んできてほしいの。たぶん開発研究所にいるはずだから」

「……分かったよ」


しぶしぶと言った体でアルベルトは父を呼びに部屋を出て行った。


怪我人とは言え不審人物を屋敷に入れるからには当主である父親に早めに報告すべきだと判断したのかもしれない。

アルベルトが居なくなった部屋でスカーレットはベッドの傍らに座ってレインフォードと思われる青年の看護をすることにした。



部屋にはスカーレットが本のページをめくる乾いた音だけが響いていた。

あれから1時間程経つが青年の様子は特に変わったことはなく、痛み止めが効いたのかむしろ穏やかな顔で眠っている。


(熱も出てないようだし一安心かしらね。……でも、見れば見るほどにレインフォードに似てるのよね。いやいや、こんな所に王太子がいるわけないし、影武者っていう可能性もあるかもしれないわ)


本から視線を移して青年の様子を見ていると、不意にその長い睫毛が揺れ、美しい金の瞳が現れた。


「お目覚めですか?」

「……あぁ。どのくらい眠っていた?」

「ほんの1時間ほどです。痛みはありますか?」

「ほとんどない。……ここは、どこだ?」

「バルサー家の屋敷です」

「バルサー? バスティアン・バルサー卿の屋敷か?」

「ええ。バスティアンは私の父です」

「そうか。ならば大丈夫か……」


スカーレットの言葉にレインフォード(らしい人)が安堵のため息を付いた。


(ちゃんとレインフォードかを確認しなくちゃね)


スカーレットが名前を尋ねようとして口を開くのと部屋のドアが開き、低い壮年の男性の声がするのが同時だった。


「スカー、怪我人を連れてきたと聞いたが。様子はどうだ?」

「あ、父上。お戻りになったのですね。ちょうど今目を覚まされたところですよ」


外出先からようやく戻って来た父親のバスティアンは外出着から着替えもせずに部屋に入ってきた。

アルベルトからスカーレットが怪我人を屋敷に連れて来たと聞いて、屋敷に戻るとこの部屋に直行してきたのだろう。


そのバスティアンは迷いのない歩調でスカーレットの傍までやってきた。


かつて『赤の騎士将軍』という異名で恐れられていた父親は厳しい表情のまま青年へと視線をやった。

だが次の瞬間、その表情が凍りついた。


「レ、レインフォード殿下!?」



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