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助けたのは推しでした

(や、やっぱり……)


バスティアンの言葉で、それが決定的になった。もう疑いようがない。

スカーレットは青年を見て、改めて確認するように問うた。


「やっぱり、レインフォード殿下……なのですか?」

「あぁ、名乗らずすまなかったな。俺はレインフォード・ディアスブロンだ」


(そりゃあれだけゲームを周回してたんだもの、既視感があって当然よね。でもまさか生の推しを見れるとは思わなかったわ)


そんな風に考えながらレインフォードをまじまじと見ていたスカーレットだったが、我に返ると慌てて席を立ち、深々と頭を下げた。


「ご、ご無礼を!」

「全然無礼じゃない。そうかしこまらないでくれ。お前のお陰で助かった」


「いえ。偶然とはいえ駆けつけられて良かったです。ところで、賊に襲われていたようでしたが、彼らの身のこなしは普通ではありませんでした。もしかして王太子殿下だと知って狙われたのでしょうか?」


「そうだろうな。今回供として連れてきたのは騎士団の中でも精鋭部隊の人間だ。それを容易く倒した。ただの盗賊ではないだろう」

「誰の差し金かは分かっているのですか?」

「心当たりはあるが、確証はない。俺の立場を狙うものは多いからな」


これ以上は一貴族のスカーレットが口を挟む問題ではない。

だからこそレインフォードは言葉を濁したのだろう。


(まぁ考えられるとしたら第一王子の一派か隣国カゼンあたりが有力よね)


レインフォードにはサジニアという腹違いの兄がいる。サジニアは第一王子であるが、母親が隣国カゼンの平民であるため、王位継承権はレインフォードより下だ。


それゆえ第二王子ではあるが正当な王妃の子供であるレインフォードが王太子となったのだ。


だが、サジニアを担ぎ上げて王太子の地位を狙っている一派があり、そういう人間から命を狙われる可能性があることは想像に難くない。


「暗殺なんていうのはいつもの事だ。今回の旅でも毒を盛られたし。まぁ、あの程度じゃ俺には効かないがな」


そう言ってレインフォードは事もなげに笑った。

常に命を狙われていることにも、それを当然と受け入れることにも、スカーレットは心が痛んだ。


(そう言えばレインフォード様ってマジプリの中でも死亡率高いわよね)


マジプリでは各攻略キャラのルートにおいて、レインフォードの死をきっかけにしたイベントが起こることがある。


例えば騎士団長カヴィンルートでは、敬愛するレインフォードを守れなかったことで自暴自棄になったカヴィンを、主人公ミラが慰めて愛を深めるというイベントがある。


他にも各キャラルート毎にレインフォードの死亡イベントが高確率で発生する。そのため、レインフォード推しとしては、「あぁ……このルートでも死んでしまうのね」と何度涙したことか。


スカーレットがそんなマジプリの内容を思い出していた時、ふとあることに気づいた。


(ってあれ? ちょっと待って。毒殺……そして旅の途中で賊に襲われる……。そう言えばゲームでのレインフォードの死に方と一緒じゃ……)


毒殺はアルベルトルート、旅で死ぬのはカヴィンルートだ。


だがレインフォードが死ぬのはキャラを攻略する最中のことであり、スカーレットが婚約破棄されたということは既にデニスルートのエンディングを迎えているはずである。

スカーレットの頭の中を一つの不安が過ぎった。


(でも何かのきっかけでまだレインフォードの死亡イベントが発生する可能性があるかもしれないってこと?)


その考えにすっと血の気が引くのを感じた。

そんなスカーレットには気づかないようで、バスティアンがレインフォードに尋ねた。


「殿下はどうしてこちらに?」

「私的な用事の帰りで、これから王都へ戻るところだった」


王太子の旅としては供の数が少ないと思っていたが、お忍びでの訪問かもしくは非公式の訪問だったからだろう。

それゆえ少数精鋭での旅だったのだと理解した。


バスティアンも深くは尋ねることなく、先ほどの厳しい表情から一転して朗らかな笑みを浮かべた。


「そうでしたか。片田舎のため、なんのおもてなしもできませんが、是非我が屋敷で療養くださいませ」

「世話になる。それでバスティアン。悪いが二つほど頼みがある」

「なんでございましょうか?」

「俺の身の回りのことはこいつにしてもらいたい」


レインフォードはそう言ってスカーレットを指さした。

突然の指名にスカーレットは思わず目を丸くしてしまう。


そもそも何故指名されたのか分からない。身の回りの世話ならメイドがするのが当然だろう。

その疑問が顔に出たのか、レインフォードは答えを口にした。


「メイドに世話をされたくない。部屋にも入ってもらいたくない」

「僭越ながら申し上げますと、我が家のメイドは決して殿下を害するような者はおりませんが」

「いや、それを疑っているわけではない。……俺は女が嫌いなんだ。傍にいて欲しくない」


そう言ったレインフォードは途端に眉間に皺を寄せた。


「女というものに俺は嫌悪感を抱いているんだ。理解してくれ」

「それは……承知いたしましたが……」


レインフォードの言葉に、バスティアンもスカーレットも戸惑ってしまった。

スカーレットに身の回りの世話をして欲しいが女が嫌いだという矛盾を口にしたからだ。


(っていうか私も女なんだけど)


そこでスカーレットはもう一度確認することにした。


「ええと、殿下。身の回りのお世話は私がすることでよろしいのでしょうか?」

「ああ。男は問題ない。俺を襲う心配はないからな」

「えっ?」


どうやらレインフォードはスカーレットが女であることに気づいていないようだ。


確かに今のスカーレットの恰好は、黒のトラウザーに男物のシャツを着ているし、馬車の事故の時に車輪に挟まってしまった髪は救出の際に肩辺りに切られてしまい、今はそれを雑に括っているという格好である。


確かに、一見すると女には見えないのかもしれない。


そのことにバスティアンもようやく思い当たったようで、そのことを告げようとしたのだが、レインフォードはバスティアンの言葉を待たずに更に話を続けた。


「もう一つは、2日後には王都へ出発したい。そこで護衛を手配してほしいのだが、こいつを俺の護衛として貸してもらえないか?」

「えっ? 私、ですか?」


再びの指名にスカーレットはとうとう驚きの声を上げてしまった。


「ああ、さすが『赤の騎士将軍』の異名を持つバスティアンの息子だけあって剣の腕が立つ。あれだけの手練れを倒す剣技には驚いた。もし今回の賊と同程度の暗殺者が現れた場合、並の護衛では今回の二の舞だろう。その点お前の腕前なら申し分ない。ただ、危険な仕事だ。無理強いはしない。その代わり報酬は弾む」


レインフォードの予想外の申し出にバスティアンもスカーレットもすぐには返事ができず、ただただ困惑するばかりだった。


(今、バスティアンの〝息子〟って言ったわよね?)


レインフォードは確実にスカーレットを男性だと思っているようだった。


女のスカーレットが女嫌いのレインフォードの護衛をすることは無理だと思ったスカーレットは、その申し入れを断ろうと思った。

だが、不意にある考えが浮かんだ。


(レインフォードの死亡イベントの内容が分かっているんだから私が傍でレインフォードを守ればいいんじゃない?)


もしくは事前にレインフォードの死亡イベントを回避することも可能なのではないか。


ゲーム通りに死亡イベントが発生しレインフォードが命を失うかもしれないと思ったら、このまま推しを見殺しにすることなどスカーレットには到底できない。


幸いスカーレットは男だと思われているようだし、身の回りの世話も護衛もレインフォードからの申し入れでもある。

大手を振って守ることができるだろう。


そう考えていると、バスティアンが口を開く気配がした。十中八九スカーレットが女であることを告げようとしているのだろう。

だからバスティアンの言葉を遮るようにして、スカーレットは大きな声で力強く言った。


「殿下。この子はおん「はい! 護衛を引き受けさせていただきます!」

「は? お前は何を言っているんだ!?」


バスティアンはぎょっとした表情を浮かべて驚愕の声を発して真実を話そうとしたが、その前にスカーレットは高らかに宣言した。


「私……いえ、ボクが王都までお守りします!」

「そうか、それは嬉しい。よろしく頼む」

「はい!」

「いや、でもこの子は」


元気よくに返事をしたスカーレットの反応から、本気で護衛を引き受けようとしていることを察したバスティアンが口を開くのをスカーレットは阻止した。


「じゃあ、殿下の傷にさわりますし、ボク達は失礼しましょう。さ、父様、行きますよ」

「待ちなさ……」

「では、失礼いたします!」


戸惑い、混乱するバスティアンの腕を引いてスカーレットは半引き摺るようにしてバスティアンをドアの外に押しやり、最後に無礼にならないようにニコリと笑ってドアを閉めた。


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