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リオンの正体

王立図書館の一角。 人気のない本棚の間を、スカーレットは背表紙を見ながら目当ての本を探しながら歩いていた。


「ええと、確かこの辺にあったはず……。あ、これだわ」


スカーレットが手にしたのは貴族名鑑だ。

この本には貴族の家名とその家族の名前が網羅されている。

いわば貴族版の戸籍一覧のようなものだ。戸籍と同じ扱いのため、誰もが読める代物ではないのだが、そこは王太子付執務補佐官の肩書きを有効活用して閲覧許可をもらった。


侯爵家の遠縁ならば、貴族名鑑に名前が載っているはずだ。

群青色の革張りの本を手に取り、パラパラとページをめくっていく。


「ええっと、ドリオール家……ドリオール家……っと」


本には爵位毎に載っているので爵位が分かれば早いのだが、ドリオール家の爵位が分からず、スカーレットは1ページ毎に確認を進めた。


(っていうか、そもそもドリオール家なんて聞いたことがないのよね……)


もちろん貴族全部の家名を知っているわけではない。


ただ、スカーレットは以前婚約していたラウダーデン家が商売をしている関係上、顧客となりうる貴族の名前は一通り覚えさせられた。


だから、ファルドル侯爵家に所縁のある家柄なら聞いたことくらいはあるはずだと思うのだが……。

しかし本を一通り見ても、ドリオールという家は名鑑には載っていない。


(おかしいわ。ファルドル侯爵家の遠縁だって、カヴィン様は確かに言ってたわよね)


見落としたのだろうか?

スカーレットは訝しげに思いながら、もう一度本の頭から読み直した。


今度はもっと1ページ1ページ丁寧に。漏れなく確認を進めた。

だが、結局本の最後のページまで捲っても、ドリオールという名前の家はなかった。


「どういうこと?」


貴族名鑑に名前がない。という事はドリオール家というのは貴族ではないのか。


「でも貴族名鑑に名前がない以上、ドリオール家は貴族じゃないってことになるわね。リオンがファルドル侯爵の遠縁だと言うのは嘘ってことになるわ」


ではなぜファルドル侯爵はリオンを遠縁の子だと嘘をついて、レインフォードの従者に推薦したのか。


リオンがレインフォード暗殺に加担していることを考えると、ファルドル侯爵がレインフォードの命を狙っているとも考えられる。


そう思ったスカーレットだったが、すぐにその可能性を否定した。


(いえ、それはないわね。ファルドル侯爵がレインフォード様を殺害するメリットなんてないもの)


レインフォードが幼少の頃から現在まで、王家とファルドル侯爵家は良好な関係を築いている上、レインフォードの婚約者候補の筆頭なのがシエイラだ。このまま行けばシエイラが王太子妃になる。


そのことを考えれば、レインフォードを殺害する理由が思い当たらない。


だが、リオンとファルドル侯爵には深い関係があるのは間違いない。

侯爵がまったく見ず知らずの人間であるリオンを、城仕えに、しかも王太子従者として推薦するとは思えない。

加えて平民を城に入れようとは考えないだろう。


(従者だと読み書きやある程度の教養が求められるし、そういう教育を受けているとなると、やっぱりリオンは貴族ってことになるわよね)


スカーレットはそう考えながら、見るとはなしに貴族名鑑のページを捲っていた。

ペラリ。

捲ったあるページに手をとめた。


貴族名鑑に記載されている家紋に見覚えがある気がしたからだ。

それは楕円の枠に蔦のような植物が絡まった紋様だった。中央には翼を広げた鳥が描かれている。


(この家紋……どこかで……そうだ! リオンが持っていた金時計の模様に似てるんだわ!)


ルーダスの街で襲撃を受けた時、リオンが金時計を見せてくれた。

『はい、この時計です。とても大切なもので…………』と言って。


あの時リオンが見せてくれた金時計は繊細な意匠を施したもので、一見して高価なものだと分かった。


だからまだ13歳の子供であるリオンが高価な金時計を持っていることに驚いたので、当時の事は印象に残っている。


スカーレットは急いでそのページに記載された家名を確認した。

そこには「クライレン子爵家」と書かれていた。


視線を下に移動させて、その系図を確認すると、意外な記載があった。


「えっ? 『継承者不在のため爵位停止』?」


爵位停止となったのは3年前のようだ。

爵位が停止されることはあまりない。


貴族は普通、爵位停止を避けるために、継承者を絶やさないように対策をする。

子供を複数もうける。もしくは養子をとる、と言ったことをするはずだ。


それなのに、継承者が不在ということは、何か突発的な事象――例えば病気や事故で継承者となりえる人間が全員死亡したなどが起こらなければあり得ない。


(なにか事件とか事故が起こったってこと?)


クライレン子爵家に起こったこと。それを調べる必要があるだろう。

調べるとなると、調査報告書を確認することになるが、これは騎士団に保管されているはずだ。

ただ閲覧には騎士部隊長以上の承認が必要になる。


(カヴィン様に相談してみましょう)


スカーレットは貴族名鑑を棚に戻すと、早速カヴィンに会いに騎士団に向かうことにした。



「失礼します」

「どうぞ」


騎士団の奥にある焦茶色の扉を叩くと、中からカヴィンの柔らかな声が聞こえてきた。


その声に導かれるように部屋へと入ると、スカーレットの顔を見たカヴィンが驚きの表情を浮かべた。


「スカー君だったんだね。ここ(騎士団)に来るなんて珍しいね。何かあったの?」

「実は、3年前にクライレン子爵家に起こった事故や事件がないか、調査報告書を確認させていただきたいんです」

「いいけど、突然どうしたの?」


スカーレットは先ほど調べたことを端的に説明すると、カヴィンは納得したように頷いた。厳しさの滲む難しい表情をしたかと思うと、引き出しから鍵を取り出し、執務室に続く扉へと進んだ。


「クライレン子爵家の調査報告書かぁ……。あれは確か未解決じゃなかったかな? ついておいで。調査書を見せてあげるよ」


どうやら奥は書庫になっているらしい。

カヴィンはスカーレットを促すと、書庫へと入って行ったので、スカーレットは慌てて後を追った。


書庫の中はひんやりとしていて古い紙と埃の独特な匂いがする。

林立する本棚の間を歩いていくと、カヴィンは一つの本棚の前で足を止めた。


「3年前だと……このあたりかな」


調査報告書の束がまとめられた冊子の一つを手に取ったカヴィンは、それをパラパラとめくると、スカーレットに差し出した。


「この件かな?」


調査報告書を受け取って見ると、件名には『クライレン子爵家火災について』と書かれてある。


内容としては7月22日の夜半、火災が発生。

火は勢いよく燃え上がったため、消火活動はできず、5時間後に鎮火。

生存者の証言から火元は子爵の書斎だと考えられるが詳細は不明。

サン・クライレン子爵、リズベット・クライレン夫人は寝室にて遺体発見。

長女のミスティ・クライレンと思われる遺体も自室にて発見された、という内容が記されてあった。


そして、最後に報告内容にはこう付け加えられていた。


『なお、長男リオン・クライレンの遺体は発見されず。状況から死亡したものと推察される』


(やっぱり……)


スカーレットの推測は正しかったことになる。

だが隣にいるカヴィンは衝撃の事実に困惑を隠せずにいた。


「リオンがクライレン子爵の子供? でも本人からはそんな話、聞いたことがない」

「ですが、妹の名前がミスティです。偶然の一致とは思えません」

「それは、そうだね」


これでリオンはクライレン子爵の子供であることが決定づけられた。


ならば、クライレン子爵は第一王子派であり、リオンは父親の意思を継いでレインフォードを王太子の地位から引きずり下ろそうとしているのだろうか?


考え込んだスカーレットの耳に、遠くからカヴィンの名を呼ぶ声が聞こえた。


「タデウス様の声だ。一旦戻ろう」

「はい」


スカーレットたちは執務室に戻ると、そこにはタデウスとレインフォードの姿があった。


一気にシリアスモードに突入していきます…

クライマックス直前!引き続き読んでいただけると嬉しいです!

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