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レインフォード視点:意中の女性

レインフォードが執務室に入ると、にっこりと優しい笑みを浮かべて手紙を読むスカーレットの姿があった。


執務机の上には朱色のサルビアの花束。手紙の相手から送られてきたことは一目瞭然だった。


(男から……か? そういえば……)


この間、夜の執務室で好みのタイプの話になった時、スカーはかなり具体的なことを言っていた。あまりにも具体的なので、実際にいる人物かと尋ねたところ、そうではないと否定していたものの、実はやはり意中の男性がいるかもしれない。


だとするならば、この花束はその男から送られたものか……?


そう思うと、レインフォードの中に不快感と男への嫉妬心が広がっていく。


だが、スカーが誰と手紙のやり取りをしようと、誰を好きであろうと、それを束縛する権利はレインフォードにはない。


そう思ってはいるものの、やはり手紙の相手が気になってしまい、視察に向かう馬車の中で思わずその疑問が口についた。


「あの手紙……」

「手紙?」

「その……誰からだ?」

「え?」


(しまった……!)


尋ねてから我に帰った。

詮索しないと思っていたのに、このような質問をしてしまいレインフォードは慌てて弁明をした。


「い、いや、お前の意中の人相手からかと思って。別に俺がどうこう言う話ではないが、お前には仕事ばかりさせてしまっているし……その……なんだ」


たが、スカーからの答えはレインフォードの予想外の相手からだった。



「いえ、あれはシエイラ様からですよ」

(は?)


聞けばいつの間にかシエイラとスカーは仲良くなり、手紙のやり取りをしていると言うのだ。

意味が分からない。


だが、手紙の相手が男ではなかったことに、レインフォードは心から安堵した。

今まで心の中にあった鉛のように重くどす黒い感情が一気に払拭される。


少し気に食わなかったのは、スカーにシエイラを勧められたことだ。

好きな女から別の女をあてがわれるのは正直不愉快だ。

だから釘をさす意味でもう一度口にした。


「だからシエイラと婚約するつもりは毛頭ない。それよりも俺が〝理想の女性〟と婚約できることを応援してくれ」


レインフォードは自分の想いが伝わるように、微笑みながら言った。



今回の視察は橋の建設現場の視察だった。


レインフォードはスカーが以前、ルーダスで提案していた跳ね橋を、他の場所にも建設することにした。

万が一カゼンからの攻撃を受けても、その侵攻を遅らせる目的だ。

スカーはその目的についてもすぐに察したようだった。


(さすがだな)


内心感心しつつ、レインフォードは現場監督に建設計画の進捗について尋ねると、一つ問題があることが分かった。


それは木材の切り出しと運搬に時間がかかり、工期が遅延する可能性があるということだった。

だが、その問題に対して、スカーはあっという間に代替策を提案した。


「でしたら、川を使って運ぶのはどうでしょうか? ちょうど切り出し場の近くに川があります。ある程度の深い水位の場所であれば、切り出した木を筏にして流すことは可能だと思いますが……」


木材の運搬と言えば、山奥で木を伐り、それを馬で人里まで運び、木材として加工し、また馬に乗せて運搬するというのが常識だ。

それなのに、伐採した木を川で運ぶなど誰が思いつくだろうか。

常識外れともいえる提案ではあるが、確かに実現できれば工数の短縮につながる。


(全く、どうしたらそこまでの発想ができるのだろうか)


やはりスカーを手元に置いてよかったという思いと、スカーに対してより深く惹かれた。

そうして視察を終えると、レインフォードはスカーに街で食事をしないかと提案した。


折角、城の外にいるのだし、スカーともゆっくりとした時間を取りたい。

そうでなくても、婚約者問題を引き金として業務に追われる毎日だったのだ。

スカーと一緒に過ごすくらいのご褒美をもらってもいいだろう。


そのためにタデウスを説得して二人の時間をもぎ取ったのだ。

だが、ここで予想外の事が起きた。

視察の場に、シエイラが現れたのだ。


(何故こんなところに)


いつものようにレインフォードに付きまとう態度に辟易しながら拒絶の言葉を口にすると、あろうことがシエイラはスカーの手を取った。


「レインのバカ!! もう知らない!! スカー、行きましょう!」

「待て! スカーをどこに連れて行く!」


そうしてシエイラはスカーを馬車に詰め込むと、そのまま去って行ってしまった。

予想外の展開に、レインフォードは去っていく馬車を半ば呆然とした面持ちで見送った。


(これはいったいどういうことだ?)




その後、とりあえず城に戻ったレインフォードをタデウスが迎えた。

そして不思議そうに首を傾げながら尋ねた。


「お帰りなさいませ。今日は街で食事をお取りになってからお戻りの予定では?」

「それがだな……」


レインフォードはスカーがシエイラに連行されたことを伝えると、タデウスもまた怪訝そうな表情を浮かべた。


「どうしてそんなことに?」

「それは俺も知りたい」


思わず大きなため息をついてしまう。

折角タデウスからもぎ取った休みを台無しにされ、シエイラに腹が立って仕方がない。

レインフォードは仕方なく、午後の執務を行うことにした。


執務に集中し、暫く経った頃、突然レインフォードの執務室のドアがノックされた。

それはいつもよりも早く、何か焦ったようにも思えた。


「レインフォード様、タデウスです」

「入っていいぞ」

「失礼します」

「……なんだ? なにか急を要することでも起こったか?」

「それが、今シエイラ様からご連絡がありまして、スカーがシエイラ様を庇って怪我をなさったと」

「なん、だと?」


レインフォードは一瞬思考が停止した。

だが我に返ると、タデウスに掴みかかる勢いで尋ねた。


「どういうことだ? スカーは生きているのか? 傷はどのくらいだ!?」

「お、落ち着いてください。詳細については手紙からは分かりませんが、手当のためにファルドル侯爵邸に連れて帰ったことと、そのために城に戻ることは無理だという連絡でした」


(城に戻れないほどの深手を負ったということか?)


レインフォードの頭の中で瀕死の重傷を負って倒れるスカーの姿が浮かんだ。

そして気づけば執務室を飛び出していた。


「レインフォード様!?」


レインフォードの後ろでタデウスが驚きの声を上げているのが分かったが、それを振り切るようにレインフォードは走り、馬車に乗り込むとファルドル侯爵邸へと向かった。


全速力で走らせた馬車に乗ったレインフォードの頭の中では、様々な考えが浮かんでは消えて行く。

シエイラを庇ってということは、誰かに襲われたのだろうか。

あれほどの剣技を誇るスカーが怪我をしたなど、どれほどの手練れだろうか。


考えが巡る中で思い出されたのはルーダスで襲ってきた刺客のことだった。

もし、あれほどの手練れが襲ってきたのであればスカーも無事ではないだろう。

だとすれば、かなりの重傷を負っている可能性もある。


(スカー、どうか生きていてくれ)


切実にそれだけを祈って、レインフォードはファルドル侯爵邸へと向かった。

そしてファルドル侯爵家に着くや否や、レインフォードは迎えた老齢の執事に鋭く尋ねた。


「スカーはどこにいる!」

「客間にいらっしゃいますが……レインフォード様!?」


慌てて追いかけて来る執事を無視し、レインフォードは客間まで廊下を走った。


侯爵邸の使用人たちは驚きの声を上げていたが、そんなことは気にも留めず、ひたすら客間まで急ぐ。

そして、スカーが瀕死の重傷を負っているかもしれないという焦りから、ノックも忘れてドアを開いた。


「スカー! 大丈夫か!!」


勢いよくドアを開け、そう叫んだレインフォードの目に飛び込んできたのは、水色のドレスを纏った女性だった。

驚きの余り、若草色の目を大きく見開き、こちらを見ている。


大きな目に、それを縁取る睫毛は毛ぶるよう。

唇はぷっくりとして、ピンクの口紅が更に色を添えている。

燃える様な赤い髪は綺麗にまとめられて、それに対比するように白く滑らかな肌がドレスから覗いていた。


デコルテラインが見えるそのドレスから、華奢な体つきであることがすぐ分かった。

その美しさに、レインフォードは目を奪われ、言葉を失った。


息を呑んだ後、よく見るとその女性はスカーであることに気づいた。


「な、その格好は……」

「レインフォード様!? え、えっとこれは……その……」


突然のレインフォードの登場に、スカーも動揺しているのか、答えに詰まっている様子だった。

そんなスカーの答えを聞くよりも先に、レインフォードの体が動いていた。


「スカーを返してもらうぞ」


レインフォードは一言そう告げると、有無を言わさずスカーを横抱きにして、そのまま馬車に乗り込んだ。

着飾ったスカーの姿を誰にも見せたくなかったからだ。


(元々美人だと思っていたが、これほどまでとは……)


女性のドレス姿など見慣れているというのに、スカーのドレス姿は別格に美しかった。

それこそ誰の目にも触れさせたくない。見せたくはない。

気づけばレインフォードは城に戻ると、スカーを自室へと連れ込んでいた。



結論から言うと、シエイラが階段から落ちそうになっていたところ支えようとした時に、足を挫いたらしく、軽い捻挫ということだった。


頭の中では重症を負い、血にまみれたスカーレットを想像していただけに、レインフォードは安堵のため息をついた。


スカーのドレス姿はやはり美しいらしく、手当に呼んだ医者も見惚れていたので、レインフォードは暗に退出を命じた。

苛立ちから少々冷たい声になってしまったのは仕方がないだろう。


手当を終えたスカーが部屋から帰ると言い出したが、レインフォードとしては少しでも長く共にいたいと思った。

そもそもこのようなドレスを纏ったスカーを誰かに見せるつもりはなかった。

なんならこの部屋に閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくないと本気で思う程に……


「今日はここに泊まっていくといい」


本心ではあったが、スカーは当然断ると、再び騎士服を身に着けるとアルベルトと共に帰って行ってしまった。

一人残された部屋でレインフォードはベッドに仰向けに倒れ込み、天井を見上げたまま、先ほどのスカーのドレス姿を思い返していた。


あれがスカーの本来の姿。


(綺麗だったな。はぁ……余計手放したくなくなる)


シエイラは男女問わず美しい人間にドレスを着せて着飾らせるという、ちょっと異常な性癖の持ち主で、それが原因でレインフォードはシエイラが嫌いだった。

子どもの頃にドレスを着せられて笑われた屈辱は、今も忘れてはいない。


だが、今回スカーにドレスを着せたことだけは、褒めたい気持ちだ。


シエイラの事がチラリと思い浮かべたレインフォードだったが、次の瞬間、目の前にある婚約者問題についても思い出し、深いため息をついた。

周囲はシエイラとレインフォードを婚約させようと躍起になっている。


父である国王にも何度となくそれを言われていた。今はのらりくらりと躱しているが、それも時間の問題だった。

どうすべきか。

レインフォードは頭を悩ませたのだが、それは意外な解決を迎えることになった。


翌日、「レインフォードが女性を横抱きにして城に連れて帰り、そのまま自室に籠った」という話が城中に広まった。


ただ、スカーの顔を見ていない者が多く、その女性がスカーであることは知られていないようだ。


(まぁ、あのドレス姿のスカーと、騎士服を着て男装しているスカーが、同一人物だとは思わないだろうけどな)


スカーは理由があって性別を隠しているようだったので、その女性がスカーであることが露見しなかったのはある意味良かったのかもしれない。


そうして、レインフォードは噂を聞きつけた父である国王エルロックに呼ばれることとなった。

エルロックはレインフォードの顔を見るなり、開口一番こう切り出してきた。


「噂は聞いた。お前が女性と一夜を共にしたと。一体どういうことだ?」

「いえ、それは誇張です。彼女は怪我をしたので部屋に招いて手当をしただけです」

「お前が女性を部屋に、か?」


エルロックが意外そうな表情を浮かべる。だがすぐに言葉を続けた。


「軽はずみな行動をするな。その女があることないことを言ってお前の妃になろうと画策するかもしれないぞ」

「彼女はそのようなことはしませんが、それならば願ったりです。実はあの女性は意中の女性なのです。が、まだ想いを伝えられていません。そもそも彼女は俺など眼中にないようです」


「お前の容姿や地位に興味を示さないとは、それはまた珍しい女性だな」

「ですから、婚約者の件についてですが、彼女が頷くようにするまで少し時間をいただきたいのです」


まさか女嫌いのレインフォードからそのような提案を受けるとは思っていなかったエルロックは、レインフォードの言葉を聞いて目を丸くした。

だがすぐに眉間に皺を寄せて苦言を呈した。


「そうは言ってもお前は王太子なのだぞ。相手には相応の身分や教養が必要だ」

「それについては問題はありません」

「問題ない……ということは、どこかの令嬢か? 誰だ?」

「今は事情があって名前を明かすことはできません。ですが、しかるべき家柄の女性です。ちなみに父上もよく知っている方の娘ですよ」

「知っている……?」


スカーの父であるバスティアン・バルサーは、赤の騎士将軍と言われた名将だ。

武芸にも知略にも秀でており、国王エルロックも長年彼を重用していた。

引退し、領地に戻ると言った時、エルロックはそれを惜しみ、何度となく手元に置こうとした人物だった。


ゆえに、バスティアンとエルロックは旧知の仲なわけだ。

レインフォードは悪戯っぽく笑いながら告げると、エルロックは怪訝な顔をして、暫し考え込んだ。

だが、やがてエルロックは、半ば諦めたようにため息をつきながら頷いた。


「分かった。女嫌いのお前がそこまで言うのであれば猶予をやろう」

「ありがとうございます」

(これで言質は取った。父は何とかなるとして、あとはスカーの方だな)


当面は婚約者の話から解放されることで心が軽くなると同時に、スカーを王太子妃として迎えられる可能性が高まり、知らず笑みがこぼれた。


その後、執務室に戻ると噂を聞いたスカーが神妙な顔で謝罪してきた。


「あの、噂の件を聞きました。ボクのせいで殿下には多大なご迷惑をおかけして、申し訳ありません。それで……陛下にはなんと?」


(スカーを口説く時間を貰った、なんて言ったらスカーはどんな反応をするかな?)


思わずニヤリとした笑みが零れそうになる。

だがそんな気持ちを微塵も感じさせず、爽やかな笑顔でレインフォードは答えた。


「大丈夫だ。あの女性がスカーだとは言っていない。上手く誤魔化したから心配しないでくれ」

「そうですか。分かりました。ありがとうございます」


安堵の息を吐きながら無邪気に微笑むスカーを見て、少しだけ罪悪感を覚えつつ、レインフォードもまた笑みを返した。


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