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噂話

現在、執務室に向かう城の廊下を、レインフォードに支えられて歩いていた。

レインフォードはエスコートするかのように腕を曲げ、それにスカーレットは腕を絡める形になっている。


「あの……本当に大丈夫ですよ?」

「いや、その足だと不便だろう。遠慮するな」

「遠慮するなと言われましても……」

「なんならまた抱き上げるが」

「いえ、結構です。このままでお願いします!」

「そんなに離れて歩いたら、足首に負担がかかるだろう。もっと寄りかかるといい」


レインフォードはそう言ってスカーレットの腰を引き寄せたので、彼の腕にしがみ付くようになり、体が密着した。

服の上からでも分かる引き締まった腕がリアルに感じる。


推しにこんなに密着することになり、スカーレットは緊張と羞恥で顔が赤くなってしまう。

ドクンドクンと鼓動が自分の耳に響いている。


スカーレットは半分涙目になりながら廊下を進む。

すれ違う官吏たちの視線がこちらに注がれているのが分かった。


(どうしてこんなことに……)


スカーレットは、今朝の事を思い返した。

昨日、スカーレットが捻挫したことを心配したレインフォードは、朝、屋敷まで馬車で迎えに来たのだ。


玄関を開けたらレインフォードがにこやかな笑みを浮かべて立っていた時にはあまりにも驚いて固まってしまった。

その後、同じ馬車に乗って城に来て、そして現在の状況になっている。


(早く執務室に着いて!)


半泣きになりながらスカーレットは心の中で祈った。


いつもの倍の時間がかかりながらもようやく執務室に着くと同時に、スカーレットは心の中で大きく息を吐いた。

まだレインフォードからは解放されてはいないが、あの官吏たちの視線からは逃れられた。


「おはようございます」

「ああ、スカー、おはようございます。……ええと、これはどういう状況ですか?」


執務室に入ると、既にタデウスが机に向かって書類の確認をしていたのだが、顔を上げて二人の姿を見たタデウスは、怪訝な顔をした。


それはそうだ。

王太子と近衛騎士――しかも男同士が恋人のように密着して執務室に入ってきたのだ。

怪訝な顔をするなという方が無理だろう。


「実は、昨日捻挫をしてしまいまして」

「事情は分かりましたが……」


タデウスは困惑しながらそう返してくれたが、怪訝な表情のままであった。


その気持ちはよく分かる。

確かに、一政務官が怪我をしたからと言って、一国の王太子が介添えをするなど違和感しかないだろう。


だが、タデウスはそれ以上ツッコんで状況を尋ねてはこなかった。


元々、レインフォードは「スカー」を重用し、特別目をかけている節があったため、その延長なのだろうと思っているのかもしれない。


「色々聞きたいこともありますが、それよりも殿下にご報告があります」

「なんだ?」

「国王陛下が殿下にお話があるようです。執務室に来るようにとのことでした」

「例の件かな。もう耳に入ったのか。分かった、行ってくる」


レインフォードは小さくため息をつくと、スカーレットを椅子に座らせてから出て行った。

その後ろ姿を見送ってから、タデウスに尋ねてみた。


「〝例の件〟ってなんですか?」


「実は、昨日、殿下が女性を横抱きにして城に連れて帰って、そのまま部屋に籠ったという話が広まっているのですよ。それで殿下にとうとうレインフォードに意中の人間ができたと、もっぱらの噂になっているのです」


「えっ!?」


その話を聞いたスカーレットの息が止まった。

そしてジワリと額に汗が滲む。


(それって十中八九私のことよね!?)


「い、いや……それはあくまで噂ですよね?」

「いいえ。何人もの城の者が目撃しているので、ほぼ事実だと思います」


まさかあの出来事がこんなに早く噂になるとは思わなかったし、それが国王の耳に入るなど思ってもみなかった。


「どこの誰なのか、皆気になっているのです。もちろん国王陛下もそのお相手を気になさっていますから、その話を聞くために殿下を呼んだのでしょう。確かにお相手によって面倒は起こるかもしれませんが、まずは殿下の男色の話は無くなったので一応は良かったのかもしれませんね」


(全然良くない!)


レインフォードが国王になんと報告するのだろう。

あれは女性ではなく女装した近衛騎士だというのだろうか?


だとしたら「スカー」は女装癖のある変態だと思われるだろうし、レインフォードはその男に手を出した変態ということになる。


複数人がスカーレットのドレス姿を目撃しているということは、「スカー」が女性であることに気づく人間がいるかもしれない。

様々な不安要素が頭の中をぐるぐると回った。


(レインフォード様は何て答えるんだろう……)


青い顔して無言になったスカーレットを見て、タデウスは首を傾げて尋ねた。


「どうしたのですか? 顔色が悪いのですが」

「え? あぁ、大丈夫です。ちょっと捻挫した部分が痛くて。あははは……」

「そうなのですね。今日は近衛騎士の仕事は休んでいただいて結構ですよ。執務補佐官の仕事をお願いします」

「はい……」


青ざめて力なく言うスカーレットを見たタデウスが、心配そうにこちらを見ている。


「そんなに痛いのであれば、今日は休んでもいいのですよ?」

「大丈夫です! じゃあ、仕事始めちゃいますね!」


スカーレットは頭の中では一抹の不安を感じつつ、タデウスにそう答えて仕事を始めた。




その日はタデウスの指示通り近衛騎士の仕事を休み、補佐官の仕事だけを行ったため、いつもよりも早い帰宅となった。


帰りも馬車で送るというレインフォードの提案を丁重に断って帰宅したのだが、レインフォードの近すぎる距離と、城に流れる噂のことなどが重なり、かなり精神的な疲労を覚えた。


「た……ただいま……」

「義姉さん、お帰りなさい。……どうしたの? なんか、精気が無くなっているような気がするけど」

「うん……」


出迎えたアルベルトがスカーレットの憔悴振りを見て驚きの声を上げた。

スカーレットはそれに答えることもなく、ふらふらとした足取りでリビングルームに行くと、ソファーに倒れ込むように座り込んだ。


全身の力が一気に抜ける。

疲労感が半端ない。


「義姉さん、大丈夫?」

「うん、ちょっと気疲れというか、色々面倒ごとが起こって……」


言葉の意味が分からず首を捻るアルベルトに、スカーレットは今日城であったことを説明した。

まずはレインフォードが女性と部屋に籠ったという〝例の件〟についてだ。


レインフォードはエルロック国王には、上手い具合に女性の正体がスカーレットだとはバレないように誤魔化して話してくれたらしい。


具体的にどう誤魔化したかを教えてくれなかったのでちょっと気になったが、レインフォードのことだからきっと問題ないだろう。


国王から呼び出されたレインフォードが執務室に戻ってきた時、今回迷惑をかけたことを謝罪すると、

『婚約者の件をずっと言われていたが、この話のお陰で婚約者についてせっつかれることは当面なくなった。むしろ感謝している』

と、笑顔で言ってくれた。


(本当、私の推しは素晴らしいわ)


噂についても女性の顔を見た人間はいないらしく、幸いにして女性の正体がスカーレットだとはバレていないらしい。

ただ一つ問題があるとしたら、捻挫したスカーレットに対し、レインフォードが過保護なほど世話を焼いてくれることだろう。


今までは補佐官執務室で仕事をしていたのだが、いつの間にかレインフォードの執務室に机が用意され、そこで執務をすることになってしまった。

その上、少しでも席を立とうとすると、介添えをしてくれるのだ。


気配りはありがたいのだが、その度にレインフォードと密着することになり、心臓が持たない。

そんなスカーレットの説明を怪訝な顔をしてアルベルトは聞いていた。


「この間も思ったけど、レインフォード様って義姉さんとの距離が近いよね。ちょっと異常じゃないの?」

「そう言われても……。でも多分女だとはバレていないと思う」

「本当に?」

「う、うん……もし女性だと分かったらきっとあんな風に接してもらえないだろうし、近衛騎士も辞めさせられるだろうし……」

「まぁ確かにそう考えられるけど……。はぁ僕が四六時中義姉さんのそばにいれたら色々フォローができるのになぁ。……そうだ、配置換えを申請してみようかな。虫除けもできるし」


(虫除けってどういうこと?)


最後の言葉の意味はよく分からないが、アルベルトが心配していることは伝わってきた。

これ以上、義弟に心配をかけるべきではない。


ただでさえ新人政務官として忙しいのに、これ以上の負担をかけるのはスカーレットとしては本意ではない。

だから、敢えて明るく声をかけた。


「そんなに心配しなくても平気よ。アルはアルの仕事をちゃんとして」

「僕の事は気にしなくてもいいけど……。でも、何かあったら絶対に言ってよ」


心配性のアルベルトの言葉に苦笑しつつ、スカーレットは話題を変えることにした。


「それにしても、アルベルトとこうして話すのも久しぶりね。やっぱり仕事が忙しいの?」


一緒の屋敷で暮らしているものの、アルベルトとは生活リズムが異なるせいか、ゆっくり顔を合わせて会話する余裕がない。

アルベルトはまだ新人なので始業時間よりだいぶ早く登城している。


一方、スカーレットは通常の始業時間に城に行っているが、近衛騎士の仕事もあるので比較的遅くに帰宅する。

よって、こうやって面と向かってゆっくり話すのは久しぶりの事なのだ。


「まぁ、新人だからね。色々とやることがあるし忙しいと言えば忙しいけど。でも、義姉さんの方が忙しいでしょ? 文官の仕事と騎士の仕事の両方をやっているんだし。健康が心配だよ」

「ふふふ、心配してくれてありがとう。私はタフにできているから平気よ」


前世では三徹くらいすることはままあった。


通常業務でも日付を跨ぐのは普通だったし、奇跡的に22時くらいに仕事が終わっても、上司から「今日は早く仕事が終わったし、これから飲みに行くか!」と言われてしまい、付き合うことも多かった。


ゆえに、この程度のWワークなど屁でもない。


「僕の場合はちょっと個人的に気になることがあって業務時間外に調べているだけだから気にしないで」

「気になる事?」

「まぁ、気のせいかもしれないんだけど。今のところ何か問題が起こってるわけじゃないし、何かあったら相談するよ」

「分かったわ。その時は力になるから、何でも言って」

「うん、ありがとう」


アルベルトはにっこりと笑って答えた。

そうして、スカーレットは久しぶりにアルベルトと楽しい食事を摂ることができた。


だが、食事の最後に父バスティアンから、城勤めをすることに対して、お小言のような手紙を読むことになってしまい、またげんなりすることになるのはまた別の話。


いつもお読みいただきありがとうございます!

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