ドレスとお姫様抱っこ
スカーレットが止める暇もなく、レインフォードはずんずんと廊下を進み、自室に入った。
そして、壊れ物を扱うように、スカーレットをゆっくりソファーに下した。
どうして自分がレインフォードの私室に連れてこられたのか状況が把握できないスカーレットが、それを問おうとしたと同時に、けたたましいノック音と同時に駆け込んできたのは呼び出された王室専属医師だった。
慌てて駆けつけた王室専属医師はレインフォードの指示により、スカーレットの足の怪我を診る。
その結果、捻挫と診断された。
「では、なるべく患部は動かさないようになさってください。それでは、お大事にされてください」
「ありがとうございます」
スカーレットがソファーに座ったまま頭を下げる。
だが、医者はじっとスカーレットを見たまま動かないでいた。
「あ、あの……何か?」
医者の態度にスカーレットは小首を傾げると、隣で立っていたレインフォードが小さく咳払いした。
「こほん、診断が終わったら出ていってくれないか?」
冷たく言い放たれたレインフォードの言葉に、医者は弾かれたように頷き、「失礼しました!」と慌てて部屋を出て行った。
そして、パタンとドアが閉まる。
レインフォードの部屋には今、彼とスカーレットしかいない。
しばし静寂が訪れる。
「ええと……お医者様まで呼んでいただきありがとうございました。それでは失礼いたします」
静寂に耐えかねたスカーレットは、そう礼を言って部屋を出ようとソファーから腰を浮かせた。
その時、スカーレットの隣にレインフォードがゆっくりと腰掛けたかと思うと、突然肩に重みを感じた。
(えっ!? なぜ肩に?)
レインフォードは何を思ったか、肩にもたれかかってきた。
そして力なく、苦しそうに言葉を紡いだ。
「心配した……。お前の姿を見るまで生きた心地がしなかった。シエイラを庇って怪我をしたとしか聞いてなかったからな。暴漢に襲われたのか、ファルドル侯爵家を狙った刺客に襲われたのか……もしそうなら重傷を負っているんじゃないか。不安だった」
「ご心配おかけしました。でも、ボクの強さはご存じですよね? 暴漢に遭ったとしても返り討ちにしますよ」
「だとしても心配だったんだ」
切なさそうな表情のレインフォードがスカーレットの顔を覗き込む。至近距離に見る金の瞳に魅入られるように見つめてしまった。
胸がギュッとなり、思わず息を呑んだ。目が離せない。
「ありがとう……ございます」
ようやく言えた言葉は少し掠れてしまった。
だが、レインフォードはようやく小さく笑って顔を離した。
「それにしても……スカーのドレス姿、似合うな」
「!!」
とうとう指摘され、スカーレットはギクリとした。
そうだった。
色々嵐のようなことが起こり、忘れていたが今はドレスを着ているのだった。
「え、ええとこれは、シエイラ様に無理やり着せられてですね! ええっと、その……」
「いや、男に対してドレスが似合うというのは失礼だな。それにその状況は……なんとなく察しがつく」
先ほどのシエイラの言葉を思い出す。
あの時彼女はこう言っていた。
『本当はレインのために用意したものだけど』と。
「もしかして……レインフォード様も着せられたことが……」
その言葉を口にした途端、レインフォードの表情が一瞬にして苦虫を潰したような表情へと変わった。
それだけで全てを察した。
(あ、でもレインフォード様なら美女に変身しそう……)
想像しようとしたところで、レインフォードが低い声でそれを阻止した。
「言っておくが、子供の頃の話だからな。間違っても今の俺で想像するんじゃないぞ」
「あ……はい」
「はぁ……あいつは子供の頃から綺麗なものが好きだと言って俺の顔が好きだと言うんだ。それで『綺麗なものはもっと綺麗にしなきゃ』と言ってドレスを着せたがるんだ。子供の俺は侯爵家令嬢の機嫌を損ねるなと父から言われていたから我慢して何度か着てやった。そうじゃないと泣いて暴れたり、周囲も手な負えない状況になってしまって、結局、我儘を聞くはめになったんだ」
確かにあのゴリ押しと人の話を聞かずに無理やりことを進める強引さを考えると、なかなか断るのは難しいだろう。
というか、現にスカーレットはその強引さでドレスを着る羽目になったのだが。
「だが、ある時そのドレス姿で茶会に引っ張り出された。その時、大人が俺を笑って『王子ではなく姫ですな』なんて冗談を言ったんだ……あの屈辱は忘れない。俺が女が嫌いなのはそういうことがあったのも要因の一つだ」
「なんか……それは大変でしたね……」
「だからシエイラとの婚約は天地がひっくり返ってもごめんだ! 絶対に婚約しない!!」
あれだけシエイラのことを拒絶していた理由が分かり、ようやく納得した。
スカーレットはともかく、男のレインフォードがドレスを無理やり着せられるというのはさぞかし嫌だっただろう。
(でも、ちょっと見たかったかも)
そんな呑気なことを一瞬思ったが、それよりもこのままドレス姿を見せていては、さすがに女だとばれかねない。
それに手当も終わったのにいつまでも王太子の部屋にいるなど恐れ多すぎる。
「じゃあそろそろ帰ります。手当、ありがとうございます」
「だが、心配だ」
「そんな、大丈夫ですよ。ただの捻挫ですから。このくらい剣術の稽古をしていればよくあります」
「そうは言っても、もしかして熱が出るかもしれない。それに痛みが強くなるかもしれない。何かあった場合、すぐに医者に見てもらえた方がいいだろう。……そうだ、今日はここに泊まっていくといい」
「ここ!? いや、大丈夫です! 本当にお気遣いなく!!」
レインフォードは優しいし責任感もあり、気配りもできるスパダリ属性であるが、今のスカーレットにとっては要らぬ要素だ。
「だが、歩くのも大変だろう?」
「ゆっくりなら歩けますよ。アルベルトに迎えに来てもらうことにします」
「アルベルト……か。やはりお前が頼るのはアルベルトなんだな」
「それは、義弟ですから」
義理とは言え弟であり、家族なのだ。一番気軽に頼れるのは当然だろう。
だが、レインフォードは少しだけ納得のいかなそうな、なんなら少しむくれた表情になった。
「まぁいいさ。仕方ない、今回は城に泊まってもらうのは諦めるとするさ。では、アルベルトには連絡しておこう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。あと……申し訳ないのですが、騎士服を用意いただけないでしょうか?」
「似合っているのに残念だな」
「ボクは男ですよ。似合ってても嬉しくありません!」
慌てて抗議するスカーレットを見て、レインフォードはクツクツと楽しそうに笑みを漏らした。
どうやら揶揄っただけのようだ。
「分かった。服も用意させよう」
こうしてなんやかんやありながらも、スカーレットはいつもの騎士服に身を包み、迎えに来たアルベルトと共に屋敷へと戻ることができた。
しかしこのことが、さらに大事になるとはこの時のスカーレットは思いもよらなかった。
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これからどんどんレンフォード押せ押せターンになりますので、是非引き続き読んでいただけたら嬉しいです!