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トラブル発生

声のした方を見ると馬車から降り、軽やかな足取りで、こちらに走ってくるシエイラの姿があった。


薄紫のドレスにはふんだんにレースが施され、ドレスの裾がふわふわと揺れながら小走りに駆け寄る姿は、まるで優美な蝶のようにも見えた。


シエイラはスカーレットの元にやってくるとフランス人形のような愛らしい顔に笑みを浮かべた。

一方で、レインフォードの纏う温度が一気に下がった気がする。


「凄い偶然ね!」

「……お前は、こんなところまで何の用だ」

「私はセシール叔母様の屋敷からの帰りなの。レインはお仕事?」

「お前には関係ない」

「そんな……少しくらい話をしてくれてもいいでしょう」


冷たく突き放すレインフォードの態度にシエイラがまた泣いてしまうのではないかと、スカーレットはヒヤヒヤした面持ちで二人の会話を見守っていたが、たまらずフォローの言葉を口にしていた。


「シエイラ様、ごきげんよう。ボク達はこの建設現場の視察に来たんです」

「まぁそうなの? もう終わりなの?」

「ええ。これから街に寄って帰ろうという話をしていたところです」

「街に行くの? じゃあ、私もついて行こうかしら。ね、いいでしょ?」

「そ、それは……」

「せっかくレインと会えたんだもの。この機会にちゃんと今後の話をしたいの。ね、いいでしょ?」

「断る!」


シエイラの言葉をレインフォードは一刀両断した。

あまりにも怒気を含んだ声に、シエイラはビクリと肩を震わせた。また前回のように泣いてしまうのでは……と言う不安が、スカーレットの頭をよぎる。


だが、スカーレットの予想を裏切って、シエイラはキッとレインフォードを睨みつけた。かと思うと、突然スカーレットの手をガシリと掴んだ。


「えっ!?」

「レインのバカ!! もう知らない!! スカー、行きましょう!」

「えっ? えっ? えっ?」

「待て! スカーをどこに連れて行く!」


レインフォードが焦りの声を上げるが、シエイラはそれを無視し、スカーレットの手を掴んだままずんずんと歩くと、そのまま馬車に乗ってしまった。


あまりにも突然の展開にスカーレットも制止する間も無く、気づいたらシエイラの馬車に押し込まれていた。

走り出した馬車の中でスカーレットは困惑の声を上げた。


「ええと……」

「はぁ……スカーとはあんなに楽しげに話すのに、私のことはあんなに嫌そうな顔をするなんて」


スカーレットの困惑をよそに、シエイラは悲しそうに眉を下げ、深いため息を漏らした。


「まぁ、レインフォード様は女性が苦手ですから、少しずつ距離を詰めた方がいいかもしれませんね」

「そうね……」

「一つ疑問なのですが、シエイラ様は侯爵家のために結婚したいというわけではないのですか?」


元々シエイラは、宮廷内のパワーバランスによって、家のために婚約するように言われている筈だ。


だが、レインフォードに嫌がられ、拒絶されてもめげずにアプローチする姿から、シエイラがレインフォードに対し、いかに想いを寄せているのかが察せられる。


「いいえ、違うわ。レインだから結婚したいの」


スカーレット自身は久しく恋などしていないが、片思いの切なさとドキドキは理解できる。

だから真っ直ぐに「好き」と言える恋ができることが、少し羨ましく感じた。


(まぁ、婚約破棄された私なんかはもう恋なんて縁遠いし、愛だの恋だのこりごりだしなぁ)


「ふふふ、シエイラ様は本当にレインフォード様がお好きなんですね」

「ええ! だって顔が綺麗じゃない?」

「顔……まぁ、そうですね」

「私、綺麗なものや可愛いものが大好きなの! だからレインが好きなの。レインって着飾ったらもっと綺麗なのよ。子供の頃は私の選んだ服を着てくれたのに……今では顔も合わせてくれないなんて」


(ん?)


シエイラの言い回しに少し違和感を覚えた。

外見のみが好きとも取れる発言だ。


(でも外見も好きってのは普通よね。うん……)


「そういう意味ではスカーも綺麗な顔をしているわね。まるで女の人みたいに綺麗だわ」

「えっ!?」


シエイラの言葉に大きく鼓動が打つ。焦りから早口でそれを否定した。


「ハハハ……そ、そんなことはないと思いますよ。ボクは男ですし……」

「そう? でも着飾ったら凄く綺麗かも……」


シエイラにまじまじと見られて居心地が悪い。

このまま見つめられては女だとバレてしまうかもしれない。


内心冷や汗をかき、なんとかしてこの視線から逃れようと策を巡らせていると、馬車がガタリと音がして止まった。


「ああ、着いたみたいね。行きましょう」


(助かった……)


スカーレットはホッと胸を撫で下ろすと、シエイラに続いて馬車を降りた。



街中は人通りが多い。


着飾った貴婦人達が、日傘をさして悠々と歩いていたり、行き交う馬車から蹄と車輪の小気味よい音がひっきりなしに聞こえる。

それに時折子供達の弾むような声が混じっていた。


スカーレットは先日学園を卒業するまで王都に住んでいたが、たった半年ほど離れていただけなのに、往来の人混みや華やかさが懐かしく感じられる。


「ん? こっちは劇場ですね」


シエイラに連れられて少し歩くと、そこは見覚えのある通りだった。

確か、この先には王都で一番大きな劇場のあったはずだ。


「ええ、ほら前回のお手紙で書いたでしょう? あの恋愛小説が舞台化したって。せっかくだから見に行きましょう!」


連行されたとは言え、ここまでシエイラと来てしまったものの、スカーレットはレインフォードの近衛騎士なのだ。

彼の側を離れるわけにはいかない。

なるべく早く城に戻りたくて、スカーレットは遠回しに断った。


「そうなのですね。えっと、でも……ボクは手持ちもないですし……残念ですが遠慮します」

「気にしないで。私が誘ったんですもの、チケット代なんていらないわ。それにレインを誘うつもりだったから、もう持ってるのよ」

「レインフォード様と来る予定でしたら、余計ボクが行くわけにはいきません」

「ううん。あんな冷たいレインより、原作小説を知ってるスカーとの方が楽しめると思うの。さぁ、行きましょう!」

「うわぁっ!」


またもやシエイラはスカーレットの手をグイグイと引っ張って進む。

かと言って、女性相手に振り切ることもできず、スカーレットはなすがままにされてしまう。


何度かやんわりと断るが、シエイラは聞く耳も持たず、最後には「私と見るのは嫌?」と悲しそうな顔をするので、スカーレットは諦めて付き合うことにした。


劇場に入ると、人気演目のためか、ロビーも混んでおり、特有の浮ついた空気であった。人々は劇が始まるのを楽しみにした様子で、ワクワクとしているのが分かる。

観客達は満面の笑みを浮かべてソワソワしながら場内に入っていく。


(けっこう人気の劇なのね。ずいぶん混んでる)


「スカー早く行きましょう!劇場にはファルドル侯爵家(ウチ)のボックス席がある」

「あ、はい。今行きます」


どうやらボックス席は二階にあるようだ。

他の観客同様に高揚した様子のシエイラが、足早に階段を登りながら、こちらを見て手招きしていた。


「今回の相手役の俳優はとてもかっこいいのよ。そうだ、せっかくだから軽食も手配しようかしら」


どうやらこの劇場では、ボックス席だと軽食を食べることが可能なようだ。

トレイにサンドウィッチやワイングラスを乗せた給仕が、階段をせわしなく上り下りしながらボックス席へと運んでいる姿が見えた。


「あ、シエイラ様、前を見てください」


こちらを見ながら階段を登るシエイラは明らかに周囲が見えていない。

スカーレットがそう注意した時だった。


階段を降りてきた給仕の男とシエイラがぶつかった。同時にバランスを崩したシエイラが階段から落ちる。


「シエイラ様!」


(ギリギリセーフ!!)


スカーレットは慌てて階段から落ちるシエイラを抱き止めた。

勢いよく落ちてくるシエイラをキャッチできたものの、スカーレットもまた階段から落ちそうになってしまう。


だが、なんとか踏み止まり、二人で階段から転げ落ちる事態を防ぐことができた。


「シエイラ様、お怪我はありませんか?」

「ええ、私は大丈夫……」


スカーレットは腕の中にいるシエイラに声をかけると、シエイラは驚いた様子でぼんやりと答えた。

だが、スカーレットを見上げ、その目が合った途端、彼女の顔に朱が走った。


思ったより近い距離にシエイラの顔があり、見つめ合う形になっていた。

その状況に慌てたシエイラがパッとスカーレットから離れた。


その様子を見る限り、どこも怪我をした様子はない。


「良かったです」


シエイラに怪我がないことにほっとしたスカーレットに、シエイラが悲鳴のような大きな声を上げた。


「まぁスカー! ワインが!!」

「えっ?」


シエイラの視線の先を見ると、先ほどの給仕が持っていた赤ワインが肩にかかり、濃紺の騎士服に赤いシミが広がっていた。

髪もしっとり濡れており、ワインを頭から被っていることが察せられた。


「あぁ、平気ですよ。でもシミになってしまうので、お手洗いで洗ってきます。先に行っていてください」


そう言ったスカーレットが踵を返すと、突然足首に激痛が走り、思わずしゃがんでしまった。


「っ!」

「スカー! 大丈夫?」

「……ちょっと、足を捻ってしまったようです」

「私のせいだわ……。早く屋敷に帰りましょう。手当をしなくちゃ!」

「お客様、大変申し訳ありません! 馬車までお手伝いします」


ぶつかった給仕が慌てて駆け寄ると、そう言ってスカーレットの腕を担いで歩き出し、そのまま馬車へと押し込まれてしまった。


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