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侯爵令嬢シエイラ・ファルドル

『この間お話していた恋愛小説が舞台化したらしく、とても人気なのです。スカーならきっと楽しんでくれると思いますわ』


スカーレットは登城してすぐにこの手紙を読むと、小さく笑みを漏らした。

相変わらず流行に敏感で、恋愛小説の話やお菓子のこと、ドレスやアクセサリーのことなど女子らしい話題が書かれている。


これはシエイラからの手紙だ。

城での一件の後、シエイラから彼女を励ましたことに対する感謝の手紙が届き、それに返事を返してから手紙のやり取りが続いている。


性別を偽っているとはいえ、スカーレットも女である。こういった華やかな内容を読むのは楽しい。


(さて、なんて返そうかしら)


今日は「スカーレットの赤い髪を思い出した」と言って朱色のサルビアの花束も一緒に送ってくれた。そのお礼も書かなくてはならないだろう。

まだ就業前なので返事を書いても問題ないはずだ。


そう思ってペンを取ろうとした時、レインフォードが執務室に入ってきた。


「あ、レインフォード様、おはようございます」


スカーレットは慌てて立ち上がり、いつものように挨拶をしたのだが、いつもはにこやかな笑顔を向けてくれるレインフォードが、サルビアの花に視線をやったまま怪訝な顔をしている。


「あ、あの? レインフォード様、何か?」


なぜ彼がこんな表情をしているのか心当たりのないスカーレットは恐る恐る声をかけた。


「……スカー、今日の視察に同行してくれ」

「あ、はい。かしこまりました」


(何か言いたそうだったけど、気のせいかしら?)


憮然とした態度のままレインフォードは執務室を出て行ってしまう。

明らかにいつもとは雰囲気の異なるレインフォードの態度に首を傾げたスカーレットだったが、すぐに帯刀すると慌ててその後ろ姿を追った。



視察に行く馬車の中でもレインフォードは口数が少なかった。いや、窓の外を見つめたままこちらを見てくれない。


(うう……なんで機嫌が悪いの? 私、なんかした?)


そう考えて昨日までの自分の言動を振り返ってみても、思い当たることがない。


馬車は4人乗りだが、レインフォードとスカーレットしか乗っていない。

だからこの無言がいたたまれなかった。

その時、徐にレインフォードが口を開いた。


「あの手紙……」

「手紙?」

「その……誰からだ?」

「え?」


質問の意味が分からず、スカーレットは気の抜けた返事をしてしまった。

「い、いや、お前の意中の相手からかと思って。別に俺がどうこう言う話ではないが、お前には仕事ばかりさせてしまっているし……その……なんだ」


レインフォードは慌てて弁明めいたことを言ったあと、珍しく言葉を濁して口ごもっている。


(もしかして……誤解されてたりする?)


どうやらあの手紙がスカーレットの恋人からで、仕事ばかりで会えないのを申し訳なく思っているようだ。

スカーレットはくすりと小さく笑ってから答えた。


「いえ、あれはシエイラ様からですよ」

「シエイラから? どうしてあいつから手紙が?」

「実は、先日お会いしてから手紙のやり取りをさせていただいて」

「じゃあ、あの花束も?」

「はい。シエイラ様のお庭の花だそうです」

「そうか……」


レインフォードはホッと安堵のため息を漏らした。


(あ、シエイラ様の話題になったし、今なら聞けるかもしれないわ)


シエイラと城で会った時、レインフォードと彼女を会わせるという約束を交わしている。

だが、レインフォードも忙しく、そのような話をする機会がなかったので、この流れなら聞けるかもしれない。


「あの……レインフォード様はなぜシエイラ様とお会いにならないのですか? せめて一度お話しては?」

「……絶対に会わない」

「あの、純粋に疑問なのですが、シエイラ様はあんなに可愛いのに、どうして駄目なんですか?」


何気なく質問したのだが、レインフォードはスカーレットの予想を上回るほど怒りを滲ませて答えた。

声こそ荒げなかったが、憎しみの色も混じっている。


「はぁ? お前はあいつのことを知らないからだ。あいつから受けた屈辱……絶対に忘れない」


(そ、そんなに? 何があったの?)


レインフォードの余りの静かな怒りから察するに、どうやら地雷を踏んでしまったようだ。

そのことに、スカーレットは思わず動揺してしまう。


「俺が女を嫌いになった要因はあいつにもあるんだ」

「そ、そうですか……」

「それに俺の好みとは全く違う。前に教えただろう?」


先ほどの怒りはどこへやら、今度は一転してスカーレットに満面の笑みを向けて見つめてきた。

その言葉で先日、レインフォードと二人きりで肩を貸したときのことを思い出した。


『もし、スカーが女だったら、婚約者にするのにな』


あの時の言葉を思い出して、ドキンと胸が音を立てる。


(あれは冗談!! あくまで男のスカーに対して言ったことなんだから、意識しちゃダメよ!)


なるべく平静を装って、スカーレットは答えた。

少しばかり声が上ずってしまったが、頭の中は平静を装うことでいっぱいで、そのことを気にする余裕もなかった。


「そ、そうでしたね」

「だからシエイラと婚約するつもりは毛頭ない。それよりも俺の理想の女性と婚約できることを応援してくれ」

「はい、分かりました」


レインフォードはようやく普通の空気に戻った。

その一方で、スカーレットとしては、そわそわと落ち着かない気持ちのままだ。


だが、なんだか先日の言葉を自分だけが意識しているようで、平静を保てない自分が情けなくなった。


(私はあくまで護衛。男としてここにいるんだから、しっかりしないと!)


スカーレットはそう自分に言い聞かせ、気を引き締めることにした。



馬車が付いたのは王都の郊外にある川だった。テール川といい、以前立ち寄ったルーダス付近の川とほぼ同じくらいの川幅だ。

そこでは何かの工事をしているようで、馬車が止まるとすぐに現場監督らしき男が出迎えた。


「レインフォード殿下、ようこそお越しくださいました」

「ああ。早速だが現場を見せてくれ」

「はい、こちらでございます」


そうして案内された建設現場を見て、スカーレットは驚いて目を瞠った。


「これって……跳ね橋、ですか?」

「ふっ、気づいたか。お前が以前ルーダスで提案していたものだ。この印の場所を、跳ね橋に架け替える予定だ。まずはこの橋から付け替える」


そう言ってレインフォードは地図を見せた。

王都までの街道に三か所、丸印がされている。

これが跳ね橋に架け替える箇所なのだろう。

だが、なぜこの場所の橋を跳ね橋に架け替えるのだろうか。


目の前の橋を見るに、ルーダスの時のように橋が流されたわけでも、橋が老朽化したわけでもなさそうだ。

それに橋を架け替えてほしいなどと言うような陳情などもなかった。


(ということは、レインフォード様の発案でこの計画が進められているということね)


橋の架け替えと言ってもそれなりの予算は必要であり、レインフォードが無駄に予算を使うわけがない。首を捻ったスカーレットだったが、ふと地図の丸印の場所を見て、あることに気がついた。


(これって隣国カゼンへの街道に続いているわ。もしかして……)


橋桁を上げるのは何も洪水の時だけではない。

渡ろうとする者の足止めをする時にも橋桁を上げることができる。


隣国カゼンに通じる街道にそれを設置するということは……


「もしかして侵攻の備え……」


思わずポツリと呟いてレインフォードを見上げると、彼はフッと笑みを浮かべた。


「さすがスカーだな」

「いえ……それはボクのセリフです」

「備えは必要だろう?」


万が一隣国カゼンが攻めてきたとしても、跳ね橋を上げてしまえば侵攻を防ぐ、もしくは遅らせることができる。


まさかスカーレットが提案した跳ね橋をこのように使うとは考えておらず、レインフォードの政治的手腕を垣間見た気がした。


(さすがすぎる!! さすが推し!!)


スカーレットは心の中で絶賛し、悶えた。


「工事は順調か? 何か不便なことや問題は発生していないか?」


レインフォードが現場監督に尋ねると、彼は歯切れ悪く言葉を言い淀んだ。


「工事は今のところ順調なのですが……」

「何があるのか?」


「実は、資材となる木材の運搬に少し時間を要しておりまして……。今後、工期が遅れる可能性があるのです。このような大きな橋に使用する木材となると、大きな木材が必要でして。そうなると、山奥から木材を切り出しますので、そこから馬や人が運び出すとなると、結構時間がかかってしまうのです……」


「なるほど、それは困ったな。多少費用が嵩んでもいいから荷出しの人間を増やすか……」


そう言ってレインフォードは考え込んだ。隣の現場監督は恐縮した様子で、ハンカチで汗を拭いて身を縮こまらせている。

スカーレットも考えながら地図を見直した。

そして、ふとあることが気になり、現場監督に尋ねた。


「あの、木材ってどこから切り出して運んでますか?」

「ああ、このあたりの木材を利用しています」

「なるほど……」


現場監督が指差した場所を見たスカーレットは、前世の知識をフル動員して考えた結果、一つのアイディアが思い浮かんだ。


「でしたら、川を使って運ぶのはどうでしょうか? ちょうど切り出し場の近くに川があります。ある程度の深い水位の場所であれば、切り出した木を筏にして流すことも可能だと思いますが……」


この方法は筏流しといって、前世でも広く使われていた手法だ。

21世紀時点では使われなくなったが、1950年代まで日本でも使われていた。


その提案を聞いた現場監督とレインフォードは驚きに目を見張り、興奮した様子となった。


「なるほど! 考えつきませんでした!! それは一考の価値があります。至急確認して、試してみることにします」

「それはいいアイディアだ。スカーの発想力と提案力には毎度驚かされるな」

「い、いえ。たまたま昔読んだ文献にそんなことが書いてあったのを覚えていただけです」


まさか前世の記憶だとはいえず、しかも発案者でもないのにこんなに絶賛されては申し訳なさすぎる。


(でも、前世で建設会社の資材管理システムを作ってて良かった。あの時教えてもらった知識が役にたったわ……)


目の前で喜ぶ二人を見ると、あの頃社蓄をしていた苦労も報われる。


「あ、もしかして、貴方がスカーさんですか?」

「はい、そうですが」


現場監督がスカーレットをまじまじと見て言った。


「なるほど、ルーベンスさんの言っていた通りの方だ」

「ルーベンスさんをご存知なんですか?」


意外な人物の名前が出てきてスカーレットは驚いて尋ね返した。

ルーベンスは、旅の途中で立ち寄ったルーダスの村で出会った建築設計士だ。


「ええ。この跳ね橋の建築では情報交換をしたりアドバイスをいただいているんです。ルーダスの跳ね橋建設では大変お世話になったと言っていました。凄いアイディアを出してくれて、人の意見もまとめてくれる凄い人だと聞いていました」


「いえ……そんな。そ、それよりルーベンスさんは元気でしたか?」

「はい。完成した跳ね橋を是非見て欲しいと。会ったらお礼を言いたいと言ってましたよ」

「あの橋が完成したんですね! よかったです。では、近いうちに是非お伺いします、とお伝えください」

「はい」


その後、建設現場を見て回り、いくつかの意見交換をして跳ね橋の視察を終えた。


「レインフォード様、では城に戻りましょう」

「いや、せっかくここまで来たんだ。街に寄って食事でもしないか?」

「えっ! でも、午後の予定はどうされるんですか?」

「ちゃんと片付けてきたから午後の仕事は終わってるんだ。息抜きに付き合ってくれ」

「分かりました。では、ランセル殿に予定変更を伝えてきますね」


近衛騎士であるスカーレットの他に、一般の騎士も何人か控えている。

その騎士の中には、スカーレットに試合で負けた騎士ランセルもいた。


突然予定を変えるならばランセルにそのことを伝えておかなければならない。

その話をしに向かおうとしたスカーレットの耳に、聞いたことのある少女の声がした。


「レイン! スカー!」

「えっ!? シエイラ様?!」


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