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終わり、そして始まり

スカーレットが間合いを詰めると同時に、ランセルもまた地面を蹴り、互いの剣がぶつかった。


剣が弾かれるとそのまま打ち合いが始まる。

二度三度となく激しく打ち合い、剣がぶつかるたびに火花が散った。


ランセルは畳みかけるように剣を振り下ろす。それをスカーは何とか受け止めるが、ランセルの剣は通常の騎士が持つものより大きいもので、重量も重い。


それゆえ、叩きつけるように振り下ろされる一撃が重く、受け止める度に柄を握るスカーレットの手がじんと痺れた。

しかもランセルは打ち込むスピードが速い。


普通の騎士が1回打ち込む間に3回は打ち込んでくるほどだ。

大剣を軽々しく扱えるということからも体も相当鍛えていることが分かる。


(下手な体術は使えないわね)


防戦一方のスカーレットに対し、ランセルは顔色一つ変えず淡々と言った。


「ほう、俺の剣をここまでに受け止めるとは」


正直受け止めるだけで褒められるのは不本意ではあるが、実際今は受け止めることしかできていない。

なんとか反撃しなくては。


スカーレットはそう思うと、ランセルが剣を振り上げた隙をついて、ぐっと間合いを詰め、振り下ろされたランセルの剣を、鍔近くで受け止めると、鍔を使って剣を巻き取った。


不意をつかれたランセルは一瞬体を揺らしたが、鍛えた体幹は簡単にはぶれない。


ぐっと足に力を入れて態勢を立て直し、反動で逆にスカーレットが吹き飛ばされそうになった。

だが、スカーレットは体が空に浮いた瞬間に素早く身を翻し、体を回転させてランセルを切りつけた。


(浅かったわ)


着地をしてランセルを見ると、確かに肩を一撃を入れることができたものの、傷は浅い。

少し剣が掠った、そんな程度である。


「軽い体重を活かした攻撃か。なかなか面白いな」


そう言うランセルであったが、顔つきは厳しく、傷を受けたためか纏う空気に怒りが滲んでいる。


「パワーもスタミナも貴殿の方が上ですから。ボクが生かせるのは素早さと身軽さしかありません」


スカーレットはそう言いながらゆっくりと立ち上がる。

その息はすでに上がっており、額にも汗がにじんでいる。

ランセルを見据えたまま、スカーレットは深呼吸をして息を整えた。


(まともな打ち合いをしていたら私の剣が壊れてしまうわ。なるべく距離を置きながら攻撃のチャンスを探るしかない)


スカーレットがそう考えていると、ランセルが奇妙な構えを取った。

腰を落として体勢を低くして体を捻ると、剣を下げて背中に置くように構えたのだ。


(なに、あの構え)


そう思った瞬間、ランセルがスカーレットに向かって走り出す。

そして体を半回転させながら剣を横に薙いだ。


風圧で土が巻き上がる中を、スカーレットは転がるように避けた。


振り向いてみると、さっきまで自分がいたところには大きな穴が空いていた。

大剣の重さに遠心力が加わり、ままともに受けたら大けがは免れなかった。


これを受けたら確実に負けだ。この攻撃がランセルの必殺技なのだろう。

スカーレットはその攻撃力にごくりと唾を呑み込んだ。


「避けたか。さすがに早いな。だが、次は逃さん」


そう言ってランセルは、再び先ほどの構えを取ると、体を回転させ、加速度を付けて剣を振った。


スカーレットは地面を蹴って後ろに飛び退き、何とか攻撃を躱す。

剣を盾にしたので負傷はしなかったが、剣がわずかに掠っただけで弾き飛ばされた。だがその瞬間にスカーレットはランセルの動きを細部まで見逃さないように凝視した。


そして見つけたのだ。

この攻撃の弱点を。


ランセルが攻撃したあと、次に構える前に一瞬の隙ができるのだ。

それは本当に僅かな隙。


だがスカーレットはそれを見逃さない。

すぐに体勢を整えて反撃に出る。


「たああああ」


スカーレットはランセルに切りかかる。息もつかせず乱打をしてランセルを追い詰めていく。

激しい打ち合いが続く。


(くっ! 普通の攻撃も重いわ。だけど次の攻撃で仕留める!)


スカーレットはランセルの攻撃に押された風に見せかけて少しだけ距離を開けた。

すると予想通りに乱打の最後、ランセルはあの構えを取った。


ブンと言う音と共に加速度を付けが白刃が光の弧描いて空を走る。

ランセルの剣が一瞬地面に接する。


それを見逃さずスカーレットは一気に距離を詰めた。一回目の助走。そして次に地面を蹴ってさらに加速する。


その不規則なスピードで詰められた間合いにランセルは惑わされた。

そしてスカーレットは最後に体制を低くして地面を蹴り、そのままランセルの足元から一気に剣を振り上げた。


大剣であるランセルはスカーレットの攻撃に反応することができず、側面から切りつけられた。

普通の騎士ならば深手を負うだろうが、ランセルはすぐに反応して剣で受け止めようとした。


だがスカーレットが剣を滑らせて重心を変えたので、ランセルの剣は彼の手を離れた。

そしてランセル自身もバランスを崩して片膝をついた。

スカーレットはそんなランセルの首元に剣を突きつける。


「勝者、スカー・バルサー」


どよめきが会場に響いた。


「なんだあの攻撃は」「マジかよ」「ランセルが負けた!?」


騒めく中、ランセルは立ち上がると、スカーレットをまっすぐに見つめて問いかけた。


「バルサー? 貴殿は『赤の騎士将軍』の縁者か?」

「はい」

「なるほど、強いわけだ」


ランセルはそう言うと納得したようにふっと小さく笑った。

眉なしの顔は少々怖いが、纏う雰囲気が少し柔らかくなった気がする。

そこにカヴィンが目を丸くしながら驚いた表情で、拍手をしながらやって来た。


「ランセルを倒すなんて、本当に強いんだね。さすが殿下が褒めただけあるよ」


カヴィンは感心したように言ったあと、次にランセルに目を向け、残念そうな表情を浮かべながら言った。


「残念だったね、ランセル」

「己の実力不足を痛感いたしました」

「それで、悪いけど報酬の件は……」

「はい、問題ございません」


ランセルの言葉にカヴィンは一つ頷くと、スカーレットの肩を軽く抱いて訓練場の外へと歩き出した。

何が起こったのか、そしてランセルとの会話の意味が分からず、頭上に「???」とクエスチョンマークが浮かぶ。


「カヴィン様、どちらに向かっているのですか?」

「最初にも言ったけど賞金と褒美があるんだよ。それを受け取りに行くよ」


確かに試合前にそう言われていたことを思い出した。

だが、普通なら会場で表彰式みたいなものが行われて、報奨金が授与されるのではないだろうか?


疑問に思いながらカヴィンの後をついていくと、やがてカヴィンがピタリと足を止めたのは重厚な黒い木製のドアの前だった。


ドアには精巧なレリーフが施されており、それに金があしらわれている。

とてもその辺の部屋ととは思えない。しかるべき人間が使用する部屋だろう。


「カヴィンです。スカー様をお連れしました」

「入れ」


ドア越しなのでくぐもってはいるが、中から聞き覚えのある声がした。


(この声、聞いたことがあるような気がするんだけど……誰だっけ?)


すぐには思い出せない。

それよりもこのドアから滲み出る雰囲気から相当高位の人物に会うことを察せられ、伯爵令嬢らしく自然に背筋が伸びた。


「失礼いたします」


スカーレットはそう言って入室すると、正面の大きな執務机に座る人物を見て目を見開いてしまった。


「レインフォード殿下……?」

「スカー、一日ぶりだな。やっぱり君が優勝したのか」


そう言って笑うレインフォードの脇にはタデウスが控えていた。


「殿下から聞いた時には信じられませんでしたが……驚きですね」

「僕もびっくりしました。スカー君は本当に強い。これなら職務も真っ当できると思います」

「カヴィンがそう言うのであれば間違いないでしょう」


スカーレットを除く3人の間で何やら話が進んでいるが、スカーレットは状況が呑み込めずに一人戸惑っていた。


訓練場で試合に参加する辺りから、なにやらあると思いつつも、それがなんだか状況が分からないままあれよあれよとここまで来てしまった。

スカーレットはおずおずと口を開いて、状況の説明を求めることにした。


「あの、ボクはどうしてここに呼ばれたのでしょうか? 報奨金を受け取に来たはずなのですが」


もしかしてレインフォードが直々に報奨金を渡すつもりなのか。

だが、たかだか試合でそんなことをするのか。


スカーレットの中で様々な考えがぐるぐると巡った。

するといつの間にタデウスがスカーレットの元にやってきて、一枚の文書とペンを差し出した。


「ここに賞金の引き渡しと褒美を受け取ったことを示すサインをお願いします」

「はぁ」


先ほどの報奨金のようにポンと手渡されるかと思いきや、今回はサインをすることを疑問に思いながらも、やはり事務手続きは必要なのだろうと納得した。

前世で言うところの支払い証明書みたいなものなのだろう。


(事務手続きってどこの世界でも必要なのね)


そう思ってサインをした途端、レインフォードがニヤリと笑った気がした。

その笑みの意味が分からないが、何かとてつもなく嫌な予感がする。


「勤務は明日からです。10時に城に出仕してください」


タデウスはスカーレットがサインした書類を確認しながらそう言った。

その『出仕』という言葉にスカーレットの混乱は極まった。


「え? 出仕って……どういうことですか?」

「先ほど、契約しましたよね?」

「契約……?」


サインというのは前世でも非常に危険なものだ。

契約内容を確認せずにサインをしてしまい詐欺被害に遭うというのは、もはや前世での常識である。


そして今、スカーレットは書類の文章内容を詳しく確認することなくサインをしてしまった。


スカーレットは慌ててタデウスが持つ文書をひったくると、すぐさまその内容を確認した。

そこには確かに賞金の受け取りについて書かれていた。

文面はこのようなものだ


〝優勝者への褒賞として以下のものを授与する

 1つ 金250万ペニー

1つ 王太子付き近衛騎士兼補佐官の任〟


それを見た瞬間、スカーレットは真っ青になった。


「う、うそ! 褒美ってこれのですか? で、でも騎士でもない私……いや、ボクが近衛騎士なんてありえないですよね」


近衛騎士は騎士の誰もが憧れるエリート職だ。

それを騎士でもない自分が拝命できるわけがない。

動揺するスカーレットをよそに、レインフォードは心底楽しそうな笑顔を浮かべて説明した。


「近衛騎士の登用試験をさっき受けたじゃないか」

「えっ、登用試験って……も、もしかしてさっきの試合のことですか?」

「そう。それにスカーは文官としての能力も高いし、俺の仕事を手伝ってほしい」


「ですから、貴方には近衛騎士兼補佐官の仕事をしていただきます。あぁ、ちゃんとお給金も2倍払いますのでご心配には及びません」


タデウスが懇切丁寧に補足した。


(ちゃんと給料は騎士分と補佐官分がもらえるのね)


スカーレットは一瞬だけ現実逃避をしてしまった。

だがはっと我に返る。問題はそこではない。


「む、無理ですよ!」



いくらなんでも近衛騎士の上に王太子付補佐官など荷が重すぎる。

そもそも男装生活をこれ以上するのは無理だ。

スカーレットは半泣きになりながら抗議するが、タデウスは同情しながら言った。


「ですが、貴方は契約書にサインしてしまったわけですし、殿下はこうと決めたら譲らないのです。諦めてください」


スカーレットは今度は縋るような顔でカヴィンを見たが、彼も眉を下げて同情の表情を浮かべるだけであった。


青ざめてわたわたするスカーレットを見ながらレインフォードは心の底から楽しそうに笑った。


「だから言っただろう?『男というものは逃げられると追いたくなる生き物だ』と」


その言葉ですべてが繋がった。

レインフォードからの城勤めの誘いを断った時の「今は諦めることにする」というレインフォードの言葉の意味が。

あの時からこのことを画策していたに違いない。


「そ、そんなぁ……!!」

「だから、スカー、これからもよろしく頼むよ」


にっこりと笑うレインフォードの目は、捕食者のものでスカーレットはもう逃げられないことを悟った。


(嘘よぉぉぉぉぉ!)


こうして、スカーレットの男装生活はまだ続くことになったのだった。


1部護衛編 完


これにて第1部完結です。

ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございます。

引き続き「第2部 王宮編」を書こうと思ったのですが、少し執筆時間が取れなくなったので、後日また連載したいと思います。

→2025年9月から連載開始しました!

再開した際にはまた読んでいただけると幸いです。

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