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王都へ

宿屋の外からはいつもより大きな喧騒が聞こえてくる。


ちらりと窓から外を見ると、宿屋の正面には豪奢な馬車が用意されており、その周りには甲冑を身に着けた兵たちと濃紺の騎士服に黒いマントを羽織った騎士たちが隊列を組んでいるのが見えた。


その光景に野次馬が物珍しそうに集まっているため、宿屋の前には人だかりができている

騎士たちはレインフォードを迎えにここドルンストまでやって来た一団だ。


本来ならば本日ドルンストを発って王都に行く予定だったのだが、レインフォードから連絡を受けていた王太子付き補佐官のタデウス・リーガイルの計らいで迎えにきたとのことだった。


(そろそろ出立の時間かしら)


スカーレットはそう思って忘れ物が無いか部屋を見回した後、愛刀を腰に佩いたところでドアがノックされた。

誰かと思うと外からはレインフォードの声が聞えて来た。


「スカー、少しいいか?」

「あ、はい!」


スカーレットが急いでドアを開けると、そこにはレインフォードの姿があった。


その出で立ちは今までの商人風の恰好ではなく、上質な白い服に、青のクラバット、そして濃い紫色のペリースを片肩にかけた王太子らしい服装になっている。


どこをどう見ても商人には見えず、今までのレインフォードとはまるで違う雰囲気だった。


「どうなさったんですか?」

「最後に礼を言いたくてな。ここまで護衛してくれて助かった。お前のお陰で無事に王都へと帰還できる」

「そんな! 大したことはしてないです!」


深く頭を下げたレインフォードを見てスカーレットは慌ててそれを制した。

たかが護衛に一国の王太子が頭を下げるなどあり得ない。


それに護衛は推しを守るためにスカーレットがやりたくてやったことなのだ。

しかもこっちは性別を偽っているという負い目もあり、全面的に信頼された上に頭を下げて礼を言われると逆に申し訳なくなってしまう。


「城に戻ったらたぶん仕事が山積みで、スカーたちとゆっくり話す時間も取れないかもしれないからな。今のうちにちゃんと礼を言いたかった」


律儀なレインフォードらしい気遣いである。


だが、確かに考えてみればかれこれ半月ほど城を空けたことになり、城に戻ればレインフォードは仕事で忙殺されるのは目に見えている。


「でも、せっかくスカーたちも王都にいるのだから、会う時間は取りたいと思っている」

「お気遣いありがとうございます。でも本当、気にしないでください。レインフォード様はブラックな勤務状況ですし……」


ルーダスの街でレインフォードが言っていた勤務実態だと、深夜12時過ぎまで執務をしていることもあると言っていた。

前世のスカーレットと負けず劣らず激務である。他人事に思えず同情してしまう。


「ブラ……?」

「いえ、何でもないです。お仕事が大変でしょうから無理なさらないでください」

「なら俺の傍にいてくれないか?」

「えっ!?」


(どういう意味!?)


突然のレインフォードの言葉に思わずドキリと心臓が大きな音を立てた。


レインフォードの言葉は字ずらだけ見ると女性を口説いているようにも聞こえる。


それにレインフォードがスカーレットを見つめる目には熱を孕んでおり、単なる護衛に向けるものではない。

ましてや男性に向けるものではない。

そんな眼差しを向けられ、スカーレットは思わず息を呑んでしまった。


「前にも言ったが、俺はお前の能力を高く評価している。その能力を俺のために、いや、国のために使ってほしいんだ。発想力、ヒヤリング力、提案力、分析力……お前の能力が欲しい」


(やっぱりそう言う話よね!)


一瞬でも女性として傍にいてほしいという意味に思ってしまった自分が恥ずかしい。

そもそもレインフォードはスカーレットを男と思っているのだ。

そんな感情を向けるはずがない。


(穴があったら入りたい!)


そんなことを考えていたスカーレットにレインフォードは畳みかけるように言った。


「そうだ、ランに聞いたが、スカーはお金が欲しいらしいな。城勤めなら収入はかなりのものになるだろう?」


言葉だけ聞くとスカーレットが守銭奴のような言い方なのが気になるが、貧乏なバルサー家の懐事情を考えると、お金が必要なのは確かだ。


レインフォードが言う様に、城勤めをすればかなりの収入を得られるのは事実だ。


自分の能力が評価され、推しにここまで言われて本望という気持ちがある一方で、やはりこれ以上一緒にいたら女だとバレてしまうかもしれない。


政務を行うということは、それだけ多くの人間と関わることになる。女だとバレる可能性は今までの比ではく、そんなリスキーなことはできない。


「とても光栄なお誘いなのですが、あまり人と関わりたくないのが本音なんです。それに父も年ですし、領地で父を支えたいと思っています」

「……そうか。今は諦めることにする」


レインフォードは苦笑しながら引き下がってくれた。


本来なら王太子直々の依頼を断るのは不遜ではあるが、怒ることもなく引いてくれたことにスカーレットはほっと胸を撫でおろした。


だが、次の瞬間、レインフォードは一転して不敵な笑みを浮かべて言った。


「そうそう、男というものは逃げられると追いたくなる生き物だと覚えておくといい」

「えっ?」


驚いて声をあげると、レインフォードを呼びに来た騎士が声をかけてきた。


「殿下、お時間でございます」

「あぁ、分かった。今行く。……じゃあスカー、また会おう」


レインフォードは王太子らしい悠然とした笑みを浮かべると、ペリースを翻して踵を返した。


部屋を出ようとしているレインフォードの後姿を見送っていると、ドアの前でレインフォードは不意に足を止めた。

そして、ちらりと振り向くと口角を上げて意味深な笑みを浮かべて言った。


「それから、人間というのは秘密を暴きたくなるものだよ」


そう一言言い残すと、今度こそレインフォードは部屋を出て行った。

残されたスカーレットはその言葉に混乱し、しばらく立ち尽くした。


(だからどういう意味!?)


レインフォードの言葉が何を意味していったのか分からない。

だが、なんとなく嫌な予感というか一抹の不安を感じる。


「スカー、僕たちもそろそろ行こう」


アルベルトが開いたままのドアからひょっこりと顔を覗かせ声をかけてきた。スカーレットははっとして我に返った。


「どうしたの?」

「あ、ううん。何でもない。早く行かないと置いて行かれちゃうわね」


スカーレットは内心の動揺を抑えつつアルベルトに促されて部屋を後にした。



近衛騎士の騎馬隊を先頭にしてレインフォードを乗せた豪奢な馬車が進む隊列の最後尾をスカーレットたちは馬に乗って進んでいた。


これまでは声を掛けられる距離にいたのに、今のレインフォードとの距離は遠く離れており、そのことが少しだけ寂しく感じてしまう。


だが考えれば、今まで一緒に旅をしていたことがイレギュラーであり、そもそも推しは基本遠くから見つめるものなのだ。


元の生活に戻っただけだ。今まで通り、遠くから応援していよう。


スカーレットの隣を歩いていたアルベルトが、肩の力を抜いた様子で話しかけてきた。

緊張が解けているのか伝わってくる。


「ようやく王都だね。まだシャロルクを出てまだ一週間しか経ってないのに、なんだかもっと長いこと旅をしていたような気がするよ」


「確かに。でもこの一週間アルには迷惑かけっぱなしだったわね。ごめんなさいね」

「僕は別に迷惑だとは思ってないけど、やっぱり男装がバレないかとひやひやはしてたよ」

「私も、思ったよりドキドキしたわ。でも、アルのお陰でバレずにすんだわ」


何度となくアルベルトの機転やフォローに救われた。

アルベルトがいなければ、ここまで性別を疑われずにこれなかったかもしれない。


だが、一点気になることがあった。

スカーレットは推しを護りきれて万々歳なのだが、アルベルトは新人官僚の研修のために王都に来る必要があった。研修の方は大丈夫なのだろうか?


「ねぇ、アル。研修に間に合わなかったんじゃない?」

「まぁ、そうだね。でも、それは色々手を回し終わっているから大丈夫だよ。心配しないで」

「本当?」


「うん。そのために色々人脈を築いておいたわけだし。こういう時こそ、首席卒業の首席入庁の将来有望株の肩書を使わなくちゃね。だから義姉さんは気にしなくていいからね」


意外にも強かな上にたくましいアルベルトの言葉にスカーレットは思わず驚いた。


(小さい時には引っ込み思案だったのに、いつの間にか立派な大人になっていたのね)


スカーレットはしみじみと思った。

そして、ふとアルベルトも『マジプリ』の攻略キャラクターだったことに気が付いた。


いつまでも子供だと思っていたので気づかなかったが、こうやって見ると、確かにゲームのキャラクターデザインとそっくりだ。


ホワイトブロンドの髪はサラサラで、高い鼻梁にきめの細やかななめらかな肌、ルビーのような美しい赤の瞳。立ち振る舞いは上品で、一見するとクールに見えるが実は面倒見の良い性格。


子供の頃から一緒に居るせいで気づかなかったが、こうやって見るとやっぱりイケメンである。


だが、ゲームと違うのは実際のアルベルトの方がずっと優しく思いやりのある性格であることだろう。


現に、スカーレットがこの旅につき合わせたことを気に病まないように、さりげなくフォローしてくれている。

そういう気遣いが嬉しい。


「どうしたの?」

「ううん。アルも大人になったなって思って。カッコいいわ」

「!? ……そ、そうかな?」


スカーレットの言葉に目を一瞬見開いたアルベルトの顔が、少しだけ赤くなったように見えた。


「えっと、さ。よかったら義姉さんもこのまま王都で暮らさない?」

「え?」

「……その、僕と二人で暮らさないかなって。義姉さんに、傍にいてほしいんだ」


まだ赤みのさした顔のまま、アルベルトがそう言って真っすぐにスカーレットを見つめる。


(そう言えばさっきもこんなこと、言われたわよね)


あまりにもタイムリーでスカーレットは思わず笑ってしまった。凄い偶然だ。


「ふふふ。アルもレインフォード様みたいなことを言うのね」

「は? どういうこと?」

「さっき、レインフォード様にも同じことを言われたの」


「はぁああ!? な、なんだよ、それ! レインフォード様は義姉さんの事、男だと思っているんだよね? レインフォード様は女嫌いだけど、もしや恋愛対象が男なの?」


スカーレットの言葉に混乱気味にそう言ったアルベルトの反応を見て、彼が盛大に勘違いしていることに気づいて慌てて訂正した。


「あ、もちろんレインフォード様は私を男だと思っているし、恋愛的な意味で言ったわけじゃないわよ。なんか、私の能力? を買ってくれたみたいで、城勤めしないかっていうお誘いなの」


「なんだ。そういう事か。はぁ……僕と同じ理由かと思ってびっくりしちゃったよ」

「同じ理由?」

「そう、義姉さんに傍にいてほしい理由」


アルベルトが自分に傍にいてほしい理由とは、どういう事だろうか?

これから始まる城勤めの毎日が不安で傍にいてほしいという事か。

はたまた一人で王都で暮らすのが寂しいからだろうか?


分からず首を捻っていると、アルベルトが焦れた様子でスカーレットに話そうとした。


「前も言ったけど、僕は義姉さんと結婚……」

「やぁ、君たちが殿下をここまで護衛してくれた人たちだよね?」


アルベルトの声をかき消すように、前方からやって来た青年がスカーレットたちに声をかけた。


柔らかく、少し甘さを含んだ軽やかな声は、決して大きな声ではないが耳馴染みが良く、思わず会話を止めて青年を見て、スカーレットは驚きのあまり息を呑んだ。

そこにはスカーレットのよく知る人物がいたからだ。


(カヴィン・タンデルスだわ!)


よく知ると言っても知人でも何でもなく、なんならスカーレットとしては初対面だ。

何故知っているかというとカヴィン・タンデルスは「マジプリ」の攻略対象の一人だからだ。


少し癖のある明るい栗毛の髪に鮮やかな湖を彷彿させる紺碧の瞳、がっちりとした躯体はさすがは騎士団長を務めているだけある。


だが表情は明るく優しいもので、人好きのする笑みを向けられると自然と微笑み返してしまいそうだ。

レインフォードやアルベルト同様、さすがは攻略対象だけあって彼らに負けず劣らずの美丈夫である。


「君たちが殿下をここまで護衛してくれたんだって。ありがとう」


カヴィンはスカーレットたちの元まで来てそう言った。


「あ、僕はカヴィン・タンデルス。騎士団長を務めてる。えっと、君がスカー君?」


そう言ってカヴィンはアルベルトを見た。


「いえ、僕はアルベルト・バルサーです。スカーはこっちです」


「え!? そ、そうなんだ。殿下が僕と同じくらい強いと褒めていたから、てっきり君かと……。ごめんね。まさかこんなかわいい子だと思わなくて。あ、男性にこんなことを言うのは失礼だったね」


カヴィンはスカーレットを見てから、驚きの声を上げると、すぐに申し訳なさそうに眉を下げた。

その姿が大型犬を彷彿させ、スカーレットは思わず吹き出しそうになるのを堪えた。


「いえ、大丈夫です」

「そっか、君がスカー君か。できたら是非手合わせしてほしいな」

「はい! 機会があれば是非!」


スカーレットは喜びを抑えきれず満面の笑みで応えた。


シャロルクに帰ってしまえば、なかなか手合わせをしてくれる人はいない。

バルサー家に仕える騎士はいるものの、スカーレットよりも強い人間は限られているし、彼らは彼らの仕事があるので手合わせの機会がなかなかないのだ。


騎士団長のカヴィンなら相当に強いだろう。

そのような人物と手合わせできる機会など滅多にない。一度くらい手合わせができたら嬉しい。


カヴィンもスカーレットの笑顔に微笑み返しながら言った。


「本当? 嬉しいなぁ。じゃあ、そうだなぁ。明日の午後はどうかな?」

「分かりました! よろしくお願いします」


スカーレットは嬉しさを隠しきれず、再び笑みを浮かべると、カヴィンもまた微笑みながら頷いた。

そして今度はアルベルトに向き直った。


「アルベルト君もどうだい?」

「いえ、せっかくのお誘いなのですが、明日から研修があるので都合が悪く……」

「そうなんだ。残念だな。じゃあスカー君、また明日。楽しみにしてるよ」


カヴィンはそう言ってひらりと手を振りながら、再び隊列の先頭へと戻って行った。


「アル、明日から研修なのね」

「うん。だから義姉さんとゆっくり過ごす時間が無くて」

「なるほど。だから王都にいてほしいってことなのね。ふふふ、アルもやっぱりまだ子どもね。可愛い義弟だわ!」


先ほどアルベルトが「傍にいてほしい」と言った理由が分かってすっきりした。

だがその一方で、アルベルトは何やら複雑な表情をしている。


「どうしたの?」

「……なんでもない。……はぁ。あいつに邪魔されなければちゃんとプロポーズできたのに。タイミング逃した」

「?」


アルベルトは深いため息をついて何やらぶつぶつと言っているようだが、よく聞こえない。


(何か言いたかったのかしら?)


そう思いつつ首を傾げていると、いつの間にか目の前に王都を取り囲む城壁が見えてきた。

隊列の先頭を進むレインフォードの馬車が城門を潜り抜ける。


ようやく、王都に辿り着いた。

スカーレットの旅は、これでようやく終わりと迎えたのだった。

……が、この後に予想外の事が起こるとは、この時のスカーレットは知る由もなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございました!

ちなみにラン・ルイの双子ですが、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、某排球の人気選手の名前からとっております。本家だとルイがお兄さん、ランが弟さんになりますけどね…


引き続き読んでいただけると嬉しいです

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