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襲われていた青年

厩舎に行くと、愛馬であるローズマリー号が円らな瞳でスカーレットを迎えた。


しなやかで引き締まった体躯に淡い栗毛色の毛並みはつやつやとしていて、風を切って走ればたなびく長い(たてがみ)が美しい。何よりどの馬よりも早く駆けることができる自慢の愛馬だ。


この愛馬とも長らく離れていたが、再会するとすぐにスカーレットの事を思い出してくれたようで、喜んで背に乗せてくれるのだ。


スカーレットはローズマリー号に跨ると速足で駆け、街道に向かった。

心地よい風が頬を撫でていく。

馬上から見る景色は視野が広くなり、遠くまで見回せる。

街から少し行けば、そこは一面の小麦畑が広がっていた。


今は青々とした穂が揺れている小麦畑であるが、秋の収穫時期になると畑一面が黄金色に輝き、穂が風に揺れす様は金の海が広がっているように錯覚するほど美しい。


そんな小麦畑を横目に見ながら、スカーレットは馬を山へと走らせた。

やがて街道へと入り、緩やかな傾斜の山道を駆ける。だが日が暮れようとしているせいか、行商人や村人の姿もない。


(そうだわ。ついでに丘の上まで行こうかしら)


森の街道を突っ切って行った先には草原が広がっており、そこから街が一望できることを最近知った。


どうやらその場所を知る者はほとんどいないらしく、休憩するにはもってこいの穴場スポットだ。

その場所を知って以来、スカーレットはのんびりしたい時にたびたび訪れている。


やがて森の木立を抜けると一気に視界が開け、一面の草原が広がった。

ローズマリー号の足をゆっくりと止め、地面に降りると、ふわりとした草の触感が足に伝わってくる。


大きく息を吸って肺に空気を取り込めば、草の香を帯びた少し冷たい空気が肺を満たしていく。

スカーレットは息を吐くと腰を下ろし、そのまま大の字になって横になった。


(ふー、気持ちが良いわ)


草原を吹き抜ける風が、遠駆けで汗ばんで火照った体を冷やしていく。

目を瞑って風を感じながら何度か深呼吸を繰り返すうちに、やがて体の力が抜けてリラックスできた。

スカーレットの隣では愛馬のローズマリー号がゆっくりと草を食んでいる。

そんな長閑な時間は王都では味わえなかったものだ。


婚約破棄されたことなど遥か遠い昔の事のように感じられるし、煩わしい貴族社会の事などどうでもよくなる。

前世でもブラック企業で仕事に追われ、残業の日々。仕事漬けで息つく暇もなかった。だからこの穏やかな時間がスカーレットにとっては身に染みる。


(これからずっと領地でのんびりと穏やかに暮らせるのね)


先程、アルベルトと剣の試合をしたせいか、少しばかり疲れたようで睡魔が襲ってきた。だが、突然スカーレットの耳に遠くから何か金属がぶつかるような音が飛び込んで来た。


「なに?」


スカーレットは弾かれたように身を起して耳を澄ませる。

きょろきょろと見回すが人影なども見当たらない。


(気のせい……かしら?)


そう思ったスカーレットだったが、先ほどまで草を食んでいたローズマリー号も首を上げ、耳を動かして音を探っている。

もし気のせいであれば問題ないが、万が一旅人が襲われていることがあったら大変だ。


スカーレットは立ち上がるとローズマリー号に跨って、かすかに聞こえる金属音がする方へと向かった。


(こっちから音がする)


耳を澄ませ、僅かな音を頼りに山道を進んでいくと、徐々にその音は大きくなってきた。

明らかに剣がぶつかる剣戟の音がする。

同時に人の断末魔の叫びも聞こえて来た。


「ぐあああああっ」

「ぐっ……! な、なんとしてでもお守りするんだ! ……ぁあああ」


異常事態を察したスカーレットはローズマリー号を加速させて山道を駆け上がった。

カキンカキンという激しい剣の打ち合いの音が空気を震わせていた。


(早く行かなくちゃ! 間に合って!)


焦る気持ちを抑えつつ馬を走らせると、木立を抜けて少し開けた街道へと出た。


そして突然スカーレットの目に飛び込んできたのは横倒しになった馬車と、その周りに倒れている人々だった。

血に染まった体が大地に横たわっている様子から、彼らが既に絶命していることが見て取れた。


スカーレットは瞬時に状況を理解すると、馬車から少しだけ離れたところで、なおも応戦する人物を認めた。

見れば黒ずくめの男たちが一人の青年を取り囲んで攻撃している。


次々と襲いかかる黒ずくめの男たちの攻撃を何とか躱し、剣で跳ね返している青年だったが、多勢に無勢。

傷を負っているのか青年の動きは鈍く、足元もふらついていた。


黒ずくめの男達がさらに青年へと襲い掛からんとしているところにスカーレットは馬に乗ったまま突っ込んだ。

ローズマリー号が黒ずくめの男の何人かを蹴散らし、男たちは驚きの声を上げて地面に転がった。


「うわぁ!」

「な、なんだ!?」


突然のスカーレットの襲撃に男たちは動揺し、一瞬怯んだ様子を見るやいなやスカーレットはローズマリー号から流れるように飛び降りた。

そしてそのままの勢いで一人の男を斬りつける。


「はぁぁ!」

「くっ!」


スカーレットの剣を受けた黒ずくめの男の一人は、重力を伴って重くなった剣に押されて体制を崩す。

その隙をついてスカーレットは男の腹に蹴りを入れて吹き飛ばした。


男は短く呻き声を上げたまま動けず、反撃の様子はない。

スカーレットはそのままシルバーブルーの髪の青年と盗賊の男の間に滑り込み、青年を庇うように立ち塞がった。


「お前は……?」

「加勢する!」


スカーレットは剣を構えたまま、後ろにいる青年に視線だけを送って答えた。


予期せぬ人物の登場に驚いているのは黒ずくめの男たちだけではなく、襲われていたシルバーブルーの髪の青年も同様のようで、金の瞳に驚きの色を浮かべていた。

だが、すぐに状況を察したようだ。


「頼む」


スカーレットはその言葉に小さく頷いた。

敵は5人。

いずれも黒ずくめで顔の半分を覆っているため表情は読み取れないが、彼らの目には戸惑いと驚きの色が浮かんでいた。


だが、すぐに脳を切り替えたようで次の瞬間にはぎらぎらとした殺意が目に宿ると、こちらを睨む。


「標的は変わらん! 殺せ!」

「させない!」


標的というのはスカーレットが庇っている青年の事だろう。

攻撃を仕掛けて来た男の一人が振り下ろしてきた剣をスカーレットは受ける。

相手は男であり、力比べではスカーレットが不利だ。


(だったら受け流す!)


スカーレットは一旦男の剣を受けて押しやると、相手もぐっと力を込めてきて鍔迫り合いになる。

だがそのタイミングで逆に体の力を抜いて後ろに下がった。


全体重を押しかけていた男はそれによりバランスを崩す。

スカーレットはすかさずしゃがみこみ相手の懐までぐっと入るとそのまま胴を一閃した。


「ぐぅ!!」


血を流して倒れこんできた男の後ろから別の男が攻撃を仕掛けて来た。


「くたばれぇ!」


その攻撃に対し、スカーレットは倒れた男の腕を右手で掴むと、襲いかかってきた男に向かって思いきり放り投げた。


「はぁああああ」

「うぁあ!」


スカーレットが投げ飛ばした男は、新たに襲いかかって来た男へとぶつかる。

その隙にスカーレットは体勢を低くして、男の死角に入るように身を滑らせた。


男が気づいた時には既にスカーレットは間合いに入っており、右下段から上方向へと跳躍して男の剣を吹き飛ばした。

スカーレットはそのまま遠心力を利用して回りながら間髪入れずに男の腹に一閃を走らせる。


「う……ぐぁ……」


男は血を吐き出してその場に倒れこんだ。

これで5人のうち2人は倒した。


後ろを見ると青年の足元には1人が倒れており、もう一人と交戦しているようだ。

だが青年は腕を怪我しているのか防戦一方となっており、苦戦しているように見えた。


スカーレットはすぐさま大地を蹴って青年の元に駆け寄りながら、一気に跳躍して青年を殺さんとしている相手に後ろから斬りつける。


「はぁ!」


男はスカーレットの攻撃に反応したが剣を弾くのが精一杯のようだった。

スカーレットはそのまま剣を繰り出し、攻撃を畳みかける。


「はっ! たぁぁ!」


「くそっ!  う……!」


スカーレットの息もつかせぬ攻撃に徐々に男が押されていく。

しかし、このまま打ち合いを続けていたら、こちらの体力が尽きてしまうだろう。

むしろこの男はそれを狙っているようにも感じた。


だからスカーレットは一手に出た。

男が打ち込んできた剣をそのまま受け流すようにして力を削ぎ、そのままクルリと巻き取った。


スカーレットは流れる力のままに一回転しながら瞬時に懐から短刀を取り出し、男の喉元へと投げつけた。

短刀が鈍い音を立てて男の喉に突き刺さる。


男は時が止まったようにピンと体を伸ばしたかと思うと、次の瞬間には糸が切れた操り人形のように地面へと崩れ落ちた。


その様子を最後まで見ることなく、スカーレットは攻撃の体制を崩さないまま最後の一人となった黒ずくめの男を睨む。

男の露わになっている顔の半分からも分かるほどに口惜しさと動揺が見て取れた。


「こんなガキにやられるとは!」

「さぁ、お前が最後だ。大人しく捕縛されるか? それとも……死ぬ覚悟があるか?」


スカーレットが男を見据え、低い声で言えば、男は懐へと手を伸ばしたまま一歩後ろに下がり、何かを取り出したかと思うと地面に叩きつけた。


(煙玉!?)


もうもうと立ち込める煙の中で相手を見失うものの、スカーレットは僅かな動きにも反応できるように周囲の気配を探った。


だが、相手からの攻撃はなく、むしろその存在が消えたのを感じた。

煙が消え去った後には男の影はなく、逃げたのだと分かった。


「ふぅ……大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


かちゃりと音を立てながら鞘に剣を収めたスカーレットは、後ろにいる青年へと向き直ると近寄りながらそう声をかけた。

青年は受けた傷が痛むのか、俯き加減で顔が顰められているのが分かった。


(この人……どこかで見た気がする)


シルバーブルーのサラサラの前髪から覗く金の瞳が、スカーレットを捉える。

少し切れ長の涼やかな目元に高い鼻梁。

唇は薄く、きりりと結ばれていた。


スカーレットが若干の既視感を覚えたが、それが何か確かめる間もなく青年が肩を押さえてその場に崩れ落ちた。


「大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ……。助かった。……くっ」


地面に倒れそうになるのを、片膝をついて何とか耐えてはいるが、彼の右肩からは血が流れており、白いシャツに赤いシミが花が咲くように徐々に広がっていく。


「やっぱり怪我をなさっているのですね。早く手当てをしなくては。我が家にお連れしてもよろしいですか?」

「すまない……恩に着る」

「馬には乗れますか?」

「あぁ、何とか乗れる」

「ではしっかり捕まっていてください」


スカーレットは自らの後ろに青年を乗せると、ローズマリー号を駆け足で走らせ、屋敷へと急いだ。


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