レインフォード視点:二つの真実
日暮れ前にドルンストに到着すると、レインフォードは宿の部屋で一息ついた。そして窓際の椅子に座って外を眺めていたが、頭の中はある二つのことで占められていた。
一つはスカーをどうやったら自分の手元に留められるかということだ。
これまでの旅の中で、レインフォードはスカーの類稀なる才能を見せつけられてきた。
発想力、分析力、調整力……どれをとっても優秀で、このような人材ならば政務官として城で働いてほしい。そう思っている。
だが、何度王都に残らないかと誘っても、答えはNOと言うばかりだ。
だからどうしたらスカーを王都に留められるかに頭を悩ませていた。
(まぁ、王都到着まではもう少し時間がある。何か策を考えるとして……)
もう一つ考えるのはリオンの事だった。
リオンは従順な従者で、レインフォードも信頼を置いている従者である。
だから疑うことはしたくはないが、リオンの行動とこれまでの暗殺事件を考えるとどうやってもリオンの行動が怪しく思えるのだ。
ここまでの旅路で、幾度となく刺客に襲われているが、これだけ執拗に命を狙われているのに、唯一刺客に襲撃がなかった場所がある。
それはシャロルクからグノックまでの道中――リオンがいなかった区間だけだ。
逆に言えばそれ以外の道中は、なにかしら身の危険が襲ってきていた。
このことがずっとレインフォードの中で違和感として心に引っかかっていたのだ。
そしてその違和感を抱えているうちに、先日食事に毒が仕込まれた事件が起きた。
もしスカーが銀食器を使うことを提案してくれなければ、今頃命はなかっただろう。
調査から毒の混入は、ひったくり犯によるものと結論付けられた。
だが、逃走するわずかな時間で、毒を仕込むことが本当に可能だろうか?
スカーから聞いたその時の状況からすると、どうにも腑に落ちない。
(あれはブラフだとしたら?)
ひったくり犯が毒を入れた犯人だと見せかけて、違う人物が違うタイミングで毒を入れたとするなら……。
その方が現実的な気がする。
ではそれが可能な人間は誰か。
そう言えば、と不意にレインフォードは思い出した。
ランたちが二日酔いになった日、スカーがリオンの持っている薬に興味津々にながら、あれこれとリオンに質問していた。
その時、スカーの言葉につられて薬をみると、痛み止めだという白い粉末の薬があった。
リオンが持っている薬は、薬草を煎じて飲むものが多いので、妙に印象に残っている。
(もしかしてあれが毒だったのか?)
その観点から考えると、先ほどの違和感の正体が徐々に見えてきた。それはリオンの存在である。
刺客に襲われなかったシャロルクとグノック間にだけ、リオンはいなかった。
他にもルーダスの宿で襲撃された時も、偶然リオンは不在だった。あの宿に泊まることになったのも、そしてあの部屋に泊まることになったのも、予定外のことだったのに、まるで敵がレインフォードの居場所を知っていたかのようだ。
それに、道中で襲われたタイミングもレインフォードたちの行動を知っていたかのような動きだった。
それが全部リオンの手引きによるものだとしたら、辻褄が合う。
信じたくない思いと、その可能性が高いといことの狭間で、レインフォードの心は揺れた。
だが情に流されず、冷静に見極めるべきだ。
(もう少し動向を注視しておこう)
そう思った瞬間、突然窓にライザック激しく羽ばたきながら飛び込んできた。
「ピーピーピー!」
「な、どうしたんだ?」
レインフォードが驚いて目を丸くしながら問いかけると、ライザックは何かを訴えるように甲高い声で鳴きながら激しく空を旋回した。
その異常な行動に、一瞬戸惑ったレインフォードだったが、その、胸の一抹の不安がよぎった。
もしライザックが何かを訴えるとするならば、懐いているスカーに関することだ。
(何か、嫌な予感がする)
ドクドクと心臓が鼓動を速め、背筋に悪寒が走った。
衝動に駆られるように、レインフォードは部屋を飛び出すとスカーの部屋へと向かった。
「スカー! いるか!?」
ドンドンとドアをノックしても部屋の中から返事はない。焦りが募る。
レインフォードはすぐにアルベルトの部屋へと向かった。
「アルベルト、いるか?」
「はい、レインフォード様? どうされたんですか?」
「スカーは?」
「え? リオンと出かけましたが」
「!!」
その言葉を聞いた瞬間、レインフォードは反射的に駆け出していた。
背後でアルベルトが呼び止める声が聞えた気がしたが、レインフォードは振り返る余裕はなかった。
外に飛び出すと、待っていたかのようにライザックがレインフォードの元へ飛んできた。そしてレインフォードを導くように前方へ飛び去る。
「ピー!」
「ついて来いってことか?」
レインフォードがそう言うと、ライザックはその問いに答えるようにもう一度鳴いた。そしてレインフォードはライザックの後を追いかけて走り出した。
導かれるように走っていくと、迷路のような入り組んだ路地裏へと入っていく。普通に探していたら絶対に見つけられないような場所だ。
本当にこの先にスカーがいるのか。
一瞬不安が胸をよぎったが、最後の曲がり角を曲がると、目の前に信じがたい光景が飛び込んできた。それは倒れたスカーに向かって短刀を振り上げているリオンの姿だった。
「リオン!」
「殿下……なぜここに……?」
剣を振り上げて動きを止めたまま、驚き、瞠目するリオンが、呆然とした声を漏らすように言った。
「リオン、どういうことだ?」
状況的に見れば、リオンがスカーを殺そうとしているようにしか見えない。レインフォードはリオンを射抜くように見据え、静かだが厳しい声でリオンに問いかけた。
リオンは無言のまま後退し、レインフォードをじっと見つめながら距離を取った。
「答えろ。やはり今までのこともお前の仕業か?」
「その様子だと、殿下にはすべてお見通しのようですね」
「何故こんなことをしたんだ!」
レインフォードは怒りを抑えきれず、声を荒げた。リオンはただ沈黙したまま、眉間に皴を寄せて固く結んだままだ。
「リオン!」
「……今までお世話になりました」
リオンは一瞬目を閉じた後、再び目を開けた時には揺るがぬ意志が籠った言葉でそう言うと、そのまま踵を返して走り去った。
「待て!」
追うべきか、逡巡したレインフォードであったが、倒れたまま微動だにしないスカーの安否を確かめる方が先決だと判断し、急いで駆け寄った。
「スカー! 大丈夫か!? しっかりしろ!」
答えることのないスカーの体を抱き上げて肩を揺らすが、ぐったりとしたままで目を覚ます様子はない。
最悪の事態が脳裏をよぎる。
「スカー! 目を覚ませ!」
「ん……」
その時、かすかな呻き声が聞こえ、レインフォードはほっと胸を撫でおろした。
呼吸に乱れはなく、幸い意識を失っているだけのようだ。
目立った外傷も見当たらない。
安堵のため息をついたレインフォードであったが、頭の中では何故リオンがスカーを狙ったのかという疑問が浮かんでいた。
何故自分を裏切ったのか?
いつから自分を裏切っていたのか。
そんなことがレインフォードの頭のなかをぐるぐると巡る。
(まずはスカーを宿に運ぼう。リオンのことはその後で考えることにしよう)
レインフォードはスカーを抱き上げると、宿へと向かおうとした。
だが、その身体は想像よりもずっと軽く、驚きのあまりレインフォードはスカーの顔を凝視してしまった。
「軽いな……」
小柄だから軽いとは思っていたがまさかここまでとは思わなかった。
しかも、抱き上げた体は男性特有の骨ばった感触ではなく、柔らかく丸みを帯びたものであった。
ふと見ると、スカーの胸元の服が切られている。
リオンの攻撃を避けた際に切られたのかもしれない。
そう思ったレインフォードは次の瞬間、思わず息を呑んだ。
切られた服の切れ目からさらしが巻かれた胸があり、そこに少しのふくらみが見えた。
それが示すことは一つ。
(スカーが……女だと?)
一瞬思考が停止した。
レインフォードは状況が理解できず、スカーの顔を凝視したまま動けなかった。
その時、レインフォードを急かすようにライザックが鳴いたことで、ようやく我に返った。
「ピー!」
「!」
まずは宿に戻り、落ち着いて考えるべきだ。
レインフォードは内心の動揺を押し込めると、ぐったりして意識を失っているスカーを抱えて宿へと急いだ。
クライマックス!
今回は少し短くてすみません。次回もレインフォード視点です。
第一部はあと5話くらいで終わる予定ですので、もうちょっとお付き合いください!
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