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リオンの相談

ドルンストに到着したのは黄昏時よりも前だが、夕食にはまだ早いという時間だった。


宿は久しぶりに個室となり、スカーレットは男装による緊張から解放されて、ゆっくり部屋で過ごそうか、それとも小腹が空いたので何かおやつ的なものを買いに行こうか悩んでいた。


(外に出るのは面倒だけど、夕食までお腹が持ちそうにないし……うーん)


そんなことを思いつつ荷物の整理をしていると、小気味よいノックの音がした。

アルベルトか、もしくはランかルイが、酒を飲みに行こうと誘いに来たのかもしれない。


(まったく陽が出ているうちから飲むつもりかしら)


スカーレットはいつものように反射的に返事をしようとしたところで、不意に以前グノックで身バレの危機にあったことを思い出した。


あの時は部屋をノックした人物がレインフォードだと思わずに、素で返事をしてしまった。


(バレたかと思って本当に焦ったわ……)


思い返しても汗が出てしまう。


そういうわけで、スカーレットは「スカー」として、慎重に返事をした。


「どなたですか?」

「リオンです」


予想外の訪問者に驚きつつ、スカーレットがドアを開けると、そこには酷く深刻な表情をしたリオンの姿があった。


「リオン、どうしたの?」

「スカー様、今お時間ありますか?」

「うん、あるけど……」


ただならぬ様子のリオンにつられてスカーレットも緊張の面持ちで答えた。

するとリオンは口を開きかけて何かを言おうとするが、一瞬ためらったが後、意を決したように言った。


「実は、殿下のことで相談があるんです」

「相談? どうしたの?」

「ここではちょっと……」


口ごもるリオンの様子から、よほど言いにくいことなのだろう。


「ここでは殿下に聞かれてしまうかもしれないのでカフェに行きませんか?」

「分かった。でも相談ってボクでいいの?」


スカーレットとレインフォードの関係は一週間程度に過ぎない。

そんな自分が果たしてリオンの力になれるだろうか?


「はい。スカー様は旅の途中で色々な方の相談に乗っていらっしゃったようですし、きっと良いアドバイスをいただけるんじゃないかと思って」


確かに中身は20代半ばなので、人生経験はそれなりにある。


リオンの相談内容が何なのかまだ分からないため、アドバイスができるか自信はないが、話を聞いて一緒に考えることはできるかもしれない。


「んじゃカフェに行こうか。準備するから入口集合でいい?」

「はい、お願いします」

「分かった」


そうしてリオンと別れたスカーレットは外出の準備を始めた。


「ピー」


窓辺にいたライザックが、一つ鳴いて羽をはばたかせた。

そういえば、そろそろ夕食の時間だ。


「ごめんごめん。ほら、ご飯だよ」


スカーレットはあらかじめ買っておいた生肉をあげると、ライザックは嬉しそうにそれを食べた。


「じゃあ出かけてくるわね。いい子にしててね」

「ピー」


スカーレットがそう言うと、ライザックはまるで返事をするかのようにもう一度鳴いた。


「あ、早く行かないとリオンが待ってるわね」


スカーレットはそう言いながら、慌てて部屋をあとにした。

急いでいたため乱暴にドアを閉めると、ちょうどアルベルトが隣の部屋に入るところに遭遇した。


ドアが閉まる音に驚いた様子で目を丸くして、スカーレットを見た。


「そんなに慌ててどうしたの?」

「ちょっとリオンと出かけてくるね! 夕食には戻るから」

「リオンと一緒なんて珍しいね。あんまり遅くならないでね」

「うん!」


そうしてスカーレットはダッシュで宿屋の入口まで行くと、既にリオンの姿があった。


「ごめん遅くなっちゃった」


スカーレットが平謝りするが、リオンは特に怒るわけでもなく、そのまま何事もなかったように小さく微笑んだ。


「大丈夫です。じゃあ、行きましょうか」


リオンに促されて、スカーレットはカフェへと向かった。


※※ ※


ドルンストの街は一言で言えば緑と白の調和が美しい街である。


石畳の道は、均一に揃えられ歩きやすい。


道の両脇に立ち並ぶ建物は、漆喰の白い壁で統一されており、窓にはどの家にも緑が鮮やかなプランターが置かれていた。


ただ、似たような建物が並んでいるため、どこをどう歩いているのか分からなくなり迷いやすい街並みでもあった。

僅かに出ている看板や番地を示すプレートを頼りに、なんとか現在地を把握するしかない。


(観光客とかは迷いそうよね)


路地を一本間違えると入り組んだ細道に入ってしまうため、観光客は街の中心部にしか行かないらしい。


そんなドルンストの繁華街をリオンと共に歩くが、リオンの纏う雰囲気は暗く重い。

カフェへの道すがら話をしようと話題を振るが、リオンは一言二言返事をするだけで、すぐに口を閉ざしてしまい、話が続かず、最後の方は無言で歩いた。


しばらくすると、オープンカフェが見えてきた。

生成りの木綿でできたパラソルが並べられ、その下ではゆったりと椅子に座って談笑している人々の姿があった。


チョコレートケーキが人気商品なのか、多くのテーブルの上にはチョコレートケーキが置かれていた。


「紅茶で良いでしょうか?」

「あ、うん」


どうやらこのカフェはカウンターで注文し、自分でテーブルまで運ぶセルフ形式の店のようだ。


「僕が注文してくるので、スカー様は席を取っていてもらってもいいでしょうか?」

「了解!」


スカーレットは周囲を見回して空いている席を確保すると、しばらくしてリオンがアイスティーと紅茶のカップを載せたトレイを持ってやって来た。


「どうぞ」

「ありがとう」


勧められてスカーレットは紅茶を一口飲んだ。


アッサムティーに似た芳醇な香りと甘みのある紅茶が口の中に広がる。

だが、リオンはというと、アイスティーには口をつけずにうつむいたままだ。


スカーレットは紅茶のカップを置くと、リオンへと向き直って改めて尋ねた。


「それで、何があったの?」

「僕はもう用済みなんです」


リオンの言葉の意味が分からず、スカーレットが首を傾げると、リオンはうつむいたまま言葉を続けた。


「殿下が僕を従者から解任しようとしているみたいなんです」

「そんな……」


信じられない。レインフォードはリオンの事を気にかけていたし、従者として信頼を置いているように見えた。

それなのになぜ解任しようとするのだろうか。


「レインフォード様にそう言われたの?」


スカーレットの問いかけにリオンは首を振った。


「でも城にいた時から様子がおかしかったんです。従者の仕事を遠ざけられたり無視されたり。グノックでも僕を一人で帰そうとしました。それに何かずっと考え込んでいるようですし。きっと僕はもう必要ないんです」


そう言うと、リオンは堰を切ったようにぽろぽろと泣き出してしまった。

確かに、最近レインフォードは何やら考え込んでいることも多いように見える。


「だけど、それはレインフォード様に直接言われたわけじゃないよね?」

「それは……そうですけど」


「“かもしれない”と思って悩んでしまう気持ちも分かるよ。でもそれは事実ではない。勝手にリオンが思い込んでしまっているだけじゃないかな。認知のゆがみっていうやつだよ」

「認知のゆがみ、ですか?」


認知のゆがみとは、現実を不正確に認識させ、ネガティブな思考や感情を強化させる思考パターンの事である。

大きく10種類のパターンがあり、例えば「~すべき思考」というものもある。


これは「学校の先生だったら、生徒のことは全て解決すべきだ」とか「いい大学に入るべきだ」など、自分の中の理想像やこだわりにとらわれてしまう考え方だ。


今回の場合は、「結論の飛躍」というパターンで確認せずに相手の心を深読みして、落ち込んでしまうものである。


「だから、レインフォード様の気持ちを勝手に決めつけるんじゃなくて、あくまで事実を捉えたほうがいいよ。気になるならちゃんと確認したほうがいいし、具体的に言われてないなら気にしない方がいい。事実を歪めて悩むと、気持ちが辛くなっていくから」


スカーレットの言葉に、リオンは虚を突かれたように目を丸くしたあと、おずおずと更に言った。


「でも、本当に辞めさせられたら……」

「それはその時考えればいいんだよ。ボクもできるだけ力になるから」

「そう……そうですね」


リオンはスカーレットの言葉を咀嚼するように呟く。そして自分の中で整理がついたようで、しっかりと頷いた。

そこには先ほどまでの暗い表情は影を潜め、いつものような明るい顔つきとなっていた。


「スカー様に話を聞いてもらってよかったです!」


元気になったリオンを見てスカーレットも安堵し、つられて微笑んだ。


「そろそろ行こうか? 夕食の時間だし、きっとみんなが宿で待ってるよ」

「はい!」


帰路は行きと違い、リオンとの会話が途切れることはなかった。リオンは楽しそうに城での生活の事や趣味のことなど様々な話をしてくれた。

一つの話題が終わった時、不意にリオンが足を止めた。


「そういえば、この辺にチーズを扱う店があるんです。おつまみにいいでしょうし、買っていきませんか?」


スカーレットもチーズには目がない。

おつまみにいいのであれば、ランとルイもきっと喜ぶだろう。


「いいね!」

「確かこっちです」


そう言ってリオンは路地へと入っていった。

だが、しばらく歩いてもそれらしい店は見当たらなかった。


「あれ? この辺だって聞いたのですけど……」


同じような建物が続き、路地はまるで迷路のように入り組んでいく。

どう考えても完全に迷ってしまった。


陽は西に傾き、路地裏はどんどん暗くなっていき、進むにつれて柄の悪い人間が立ち話をしていたり、酒を飲んで大声を出している者も増えてきた。

これ以上奥に行っては更に治安が悪くなるだろう。


「チーズはまた今度にして、今日は帰ろうよ」

「……それは困ります」


突然リオンの声が低くなり、スカーレットを見る目が鋭くなった。


「リオン……?」


いつものリオンからは想像もつかないような声と表情に、スカーレットは訝し気に名前を呼んだ。


「どうしたの?」


あまりの豹変ぶりにスカーレットは思わず息を呑んだ。

だが、リオンはスカーレットの言葉には答えず、懐から短刀を取り出した。


「スカー様、ここで死んでください」


リオンの言っている言葉の意味が理解できなかった。

薄く笑いながらも冷ややかな目を向け、短刀を構えるリオンを前にして、スカーレットはこの状況が現実のものではないようにも感じられた。


「冗談……だよね?」


動揺で声が震えてしまう。

リオンは突然地面を蹴るとスカーレットに向かって短刀を振り下ろした。


「!」


ナイフを持って襲ってくるリオンの攻撃をスカーレットは身を捻って躱すが、一拍だけ避けるのが遅れたため、僅かに胸元辺りが切られてしまった。

だが、幸い服が切られただけで、スカーレットは傷を負うことはなかった。


リオンはすぐにスカーレットに向き直ると、短刀を構えて再び振り回して攻撃を繰り返してきた。

それをスカーレットは後ろに下がりながら避けた。


目標を失った短刀がひゅんひゅんと音を立てるが、それにも構わずリオンはスカーレットを執拗に狙って短刀を振り回した。


「リオン、一体なんでこんなことをするんだよ!」

「あなたがいると、殿下を殺せないからです」


その言葉が意味するところは、本当の狙いはレインフォードの命であるということだ。


「それはレインフォード様を殺すために、ボクが邪魔だってこと?」


「はい、あなたはいつも僕の計画の邪魔をする。せっかくルーダスの橋を壊して街に足止めをしたのに、刺客を撃退されてしまった。毒を盛ろうとすれば、あなたが銀食器を用意してばれてしまった。本当計画が狂ってばかりですよ。そのせいでもっと早くに殿下を殺すつもりだったのに、ドルンストまで来てしまった」


(あの違和感……)


スカーレットはリオンの言葉で今まで感じていた違和感の正体に気づいた。


橋が壊れた時、ザイザルが「雨は結構降ったんだけど、あの程度でこんなに大木が流れるなんて、本当ついてねーよ」と言っていた。

ずっとあの言葉が引っ掛かっていたが、あれは人為的に起こされたことだったからだ。


人目の多いリエノスヴートで襲撃するより、夜間の人通りが少ないルーダスで襲撃した方が、襲撃も逃走も楽にできるため、ルーダスに足止めしたのだろう。


毒入りの水についても万が一失敗してもリオンが犯人であることをかく乱するための計略だったと考えられる。


「ここまで来る途中で襲ってきた刺客を手引していたのも、リオンだったんだね」

「そうです」


リオンは道の状態や休憩場所を確認するたびに、しばしばスカーレットたちより先に進んで下見をする役割を担っていた。

それも刺客を手引するための行動だったのだ。


「でも全部あなたに邪魔されてしまいました。ですが、これまでの戦いで分かりましたよ。確かにアルベルト様たちはお強いですが、スカー様が一番強い。あなたさえいなくなれば、彼らを殺すことは容易いでしょう」


そう言いながら薄く笑うリオンを見て、スカーレットはどうしても疑問を持ってしまう。

あんなにレインフォードを慕っていたリオンが、何故その命を狙うのか。


「どうしてこんなことをするの? 理由は何?」

「それが僕に与えられた命令だからですよ」


誰の命令なのか。

それを聞く前にリオンは再び短刀を構える。


「もうお喋りはおしまいです」


そう言うとリオンはスカーレットに迫る。


「やめて、リオン! 貴方とは戦いたくない。何か理由があるなら力になれるかもしれない」


だが、リオンはそれには答えず殺意の籠った目でスカーレットを見つめながら攻撃の手を緩めなかった。


しかし、リオンは戦いの訓練を受けているわけでもなく、剣の腕があるわけでもない。だから攻撃は隙だらけで、スカーレットは容易に躱すことができる。


これならばリオンを傷つけることなく、短刀を奪って無力化することは可能だ。

スカーレットはそう思って腰に下げていた剣に手を伸ばした瞬間だった。


突然ガクリと視界がぶれた。

体に力が入らない。そして猛烈な眠気が襲ってくる。


(焦点が合わない……)


「ようやく薬が効いてきましたね」


膝をついたスカーレットをリオンは冷たく見下ろして言った。


(紅茶に薬を入れられていた?)


そのことに思い至ったスカーレットであったが、もうどうすることもできなかった。


「あの刺客たちが殺せないのですから、正攻法で僕がスカー様を殺せるわけないじゃないですか。でも、これなら簡単に殺せますよね」


薄く笑うリオンはスカーレットが知っているリオンの顔ではなかった。


(足に力が入らない……)


スカーレットはとうとうその場に倒れてしまった。


「さあ、死んでください!」


リオンがナイフを振り下ろす顔が見えた。


(あぁ……私は死ぬのね)


スカーレットは眠気に抗うことができず瞼を閉じた。

だが、これから来る痛みはきっと感じることはないだろう。


「スカー!」


遠くで羽音と共にスカーレットの名を呼ぶ声が聞えた気がしたが、その時にはスカーレットの意識は闇へと包まれていった。



いよいよクライマックスです

ぜひ、引き続き読んでいただけると嬉しいです。

ブクマ、★評価いただけると、泣いて喜びます!よろしくお願いいたします

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