襲い来る刺客
もう何度目の襲撃だろうか。
スカーレットたちは次の目的地ドルンストへと向かう森の中で刺客と対峙していた。
激しい剣戟の音が森にこだまする。
後方ではアルベルトたちが襲撃してきた刺客と対峙している。
スカーレットの目の前には水色の髪の青年が眼光鋭く剣を構えており、その隣には日焼けして浅黒い肌をした大柄の男が、巨大なバトルアックスを肩に担いでにやりと笑っていた。
相手が少しでも動けばすぐに反応できるように、スカーレットは2人の動きに集中した。
一呼吸。
お互いに空気を吸い、吐いた瞬間には水色の髪の男は地面を蹴って向かってきた。
「たあああ!」
青年が振り下ろした一撃を、スカーレットは受け止めると、そのまま打ち合いとなった。
鈍く青白い光を反射している刀剣が交錯する度に閃光が弾ける。
スカーレットは互いの刃が触れる一瞬に体重を掛け、相手を押していった。防戦一方になった青年は、じりじりと後退を余儀なくされた。
「くそぉ!」
青年がそうひと際大きな声で叫ぶと、後方に飛びのいてスカーレットの間合いを取った。
その一瞬を見計らったように、大柄な男が横からスカーレットへと迫り、斧を横凪に振り下ろしてきた。
「っ!」
この攻撃を食らったらスカーレットの体は千々に砕け散り、肉塊と化すだろう。
だが、スカーレットは身を低くしてしゃがみこんでそれを避けた。頭上で風を切る音がして、背後からメキメキという木が裂ける乾いた音がした。
大柄な男が木にめり込んだ斧を引き抜く刹那の間に、スカーレットは男の懐に飛び込み、胴を一閃した。
攻撃が入ったがスカーレットは気を緩めることはせず、素早く身を回転させて距離を取る。
しかし、体勢を整える間もなく、水色の髪の青年が再びスカーレットへ向かって来たかと思うと、頭上から渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
「これで死ねえええ!」
「っ!」
しゃがみ込んでいたスカーレットは剣を構えてその攻撃を受けることができない。一刀両断にされる。
脳がそう思う前に体が勝手に動いていた。
左手を地面につけて力を込め、それを支軸にして身を捩った。そしてその反動を利用して青年の手を蹴り上げた。
「はっ!」
「なに!?」
青年の剣を握る手が緩んだのをスカーレットは見逃さなかった。
予想外の攻撃に青年が息を呑んだのがスカーレットの耳に聞こえるか聞こえないかの間に、スカーレットは体勢を整えると体をばねの様に伸縮させて一気に跳ね上げて男へと切りかかった。
耳を刺すような金属音と共に、青年の剣が弾き飛ばされる。
「たあああ!」
「くっ……!」
そのままの勢いでスカーレットは振りかぶった。
まるで引き寄せられるように刀身が青年の元へと向かい、肉を斬る感触がスカーレットの手に伝わった。
「くぁああああっ」
だが青年は体を捻ってギリギリ致命傷を避けたが、肩からおびただしい血を流し、スカーレットから離れて距離を取った。
そのタイミングで甲高い笛の音が森の空に響いた。
それを合図とばかりに刺客たちは全員身を翻すと、撤退していった。
追撃しようと足を踏み出したスカーレットの耳に、ひゅんという音が聞えたかと思うと、足元に矢が突き刺さった。
(アーチャー!?)
「アーチャーがいる! 背後に気をつけろ!」
スカーレットの言葉に、アルベルトとレインフォードが背中を合わせて攻撃を警戒した。
その時視界の端に木に体を預け、青い顔で震えているリオンの姿が映った。
レインフォードはアルベルトたちが守るだろう。
だが、リオンは一人だ。
攻撃してくる敵が剣士であればその姿を捉えて戦えるが、どこから弓が射かけられるか分からない状況ではリオンは狙われる可能性がある。
スカーレットはすぐにリオンの元へと向かった。
「リオン!」
身を縮こませているリオンの元へと走り、リオンを背にして守るように立つと、スカーレットは素早く視線を走らせてアーチャーを探した。
その時、バサリという羽音と共に「ピー」という鳴き声がしたかと思うと、木の上から男の短い悲鳴が聞こえた。
「うわぁ! な、なんだこいつ!」
その音の方向にルイが短刀を投げると、短い呻き声の後、木の上から刺客が落ちて鈍い音を立てた。
遠目からも絶命しているのが分かった。
それを確認し終えたかのように、スカーレットの元へとライザックが飛んできて腕に柔らかく止まった。
「貴方が助けてくれたんだね。ありがとう」
「ピー!」
ライザックは嬉しそうに羽を羽ばたかせて鳴いた。
「みんな、怪我はない?」
「僕たちは大丈夫」
「俺も怪我はない。皆も無事でよかった」
怪我が癒えたレインフォードもまた応戦していたようで、剣を鞘へと納めながら言った。
確かに小さな傷はあるものの、全員の無事が確認出来てスカーレットもまた安堵した。
「リオンも平気? 怖かったよね」
「へ、平気です」
そう言ったリオンだったが、顔色はいいとは言えず、虚勢を張っているのは一目瞭然だった。
「もう3回目か。あっちもしつこいな」
ランが呆れを含みつつ、辟易した声を上げた。
リエノスヴートへ向かう途中で1回、そして今日、リエノスヴートからドルンストへの道中で2回、こうやって刺客に襲われた。
「王都が近いから相手も焦っているのかもしれないね」
王都に入ってしまえばレインフォードは守りの固い城へと戻ることになる。
そうなると暗殺は容易にできなくなってしまう。そのため王都に着く前にレインフォードを亡き者にしようと躍起になっているのだろう。
「皆には迷惑をかけるが、王都までもう少しだ。よろしく頼む」
「はい! もちろんです!」
申し訳なさそうに言うレインフォードにスカーレットは大きく頷きながら答えた。
もとより推しを守るためにこうして同行しているのだ。
何としてでもレインフォードを守らなくては。
スカーレットの言葉に、レインフォードは優しく微笑んだ。
「ありがとう。期待している」
「まあ、何にせよもう少しで森も抜けるし、リエノスヴートまで一気に行ってしまおうぜ」
ランの言葉に全員が頷き、先を急ぐことにした。
スカーレットは歩きながらこれまでの刺客と戦いを思い出して、2つの事を考えていた。
1つ目は誰がここまで執拗に刺客を送りこんでいるのかということだ。
レインフォードは以前自分の命を狙う人間は多いと言っていたが、その中でも命を狙っている可能性が高いのは第一王子の派閥か隣国カゼンだ。
だが、カゼンの人間は黒髪に褐色の肌を持ち、目が赤いという特徴を持つ。
隣国カゼンが領土欲しさにレインフォードの暗殺を企てている可能性はある。
だが、刺客にはカゼンの人間はいなかった。
つまりカゼンと刺客との関わりは低いと考えられる。
(となると、やっぱり第一王子の派閥の人間よね)
第一王子のサジニア・ディアスブロンは現国王がカゼンの血を引く妾に産ませた子どもである。
つまりレインフォードの義兄にあたる。
だが母親の身分が低いため、正妃との子どもであるレインフォードが王位継承権一位となり王太子となっていた。
それに対して長子であるサジニアが王太子になるべきだと主張し、レインフォードに反発する一派がある。
レインフォードの命を狙うとすれば、彼らである可能性が高い。
そこまで考えたが、スカーレットは政治や派閥争いには詳しくない。
ここで犯人をあれこれ考えても答えは出ないし、レインフォードの死亡イベントをクリアすれば、彼が刺客に襲われて死ぬというストーリーの発生はない……と思う。
だから、これ以上はスカーレットが関与する問題ではない。
(そりゃ推しの事だから気になるけど……私とは別世界の方だしね)
そもそも片や一国の王太子。片や地方の領地を治める伯爵令嬢。
その間には海と山ほどの大きな隔たりがある。
今こうして共に旅をしていること自体が奇跡なのだ。
そう結論づけたところで、もう一つの疑問について考えた。
そもそも何故刺客はスカーレットたちの旅程を知っているのだろうか?
例えば、以前ルーダスの宿で襲われたが、あれは何故できたのだろうか?
グノックに滞在することになったのは、リエノスヴートに行く途中で橋が流されたための突発的な予定変更だ。だからルーダスに立ち寄る予定はなかった。
それなのに何故あの宿屋の、しかもレインフォードの部屋を襲撃できたのか。
それにリエノスヴートへの迂回路で1回、リエノスヴートを出てからも2回襲われているが、彼らはまるで待ち伏せでもしているかのようだった。
スカーレットたちがいつ来るかも分からないのに、刺客たちが息を潜めて待っている……というのも不自然な気がする。
(ゲームの強制力……かしら)
イベントの発生場所は既にゲームとは異なっている。本来ならば死ぬはずのレインフォードが生きていることで、ゲームの強制力が働いているとも考えられる。
しかし、本当にそうだろうか?
ルーダスに寄ることになったあたりから、違和感が拭えない。
だが、最後に立ち寄ることになる街であるドルンストの先はすぐ王都だ。
(一番優先すべきはレインフォード様を無事に王都までお連れすることだし、無駄なことを考えて刺客にやられたら目も当てられない。護衛に集中しよう)
こうして、スカーレットはレインフォードを無事に王都へ届けることだけを考えることにした。
今日も読んでいただきありがとうございます!
いよいよクライマックス突入です
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