チュロスの思い出
「スカー、何やってるの!?」
広場に戻ったアルベルトはスカーレットを見つけると、開口一番そう叫んだ。
ちょうどその時スカーレットは商品を箱に詰め、それを広場近くの宿屋まで運んでいた。
そのため、スカーレットの手にはずっしりと重い箱を抱えられている。
「スカー、その商品はこっちに積んでくれ」
スカーレットがアルベルトに答えようとしたところで、宿屋の方から店主に呼ばれてしまったため、すぐには事情を話すことができず、とりあえず早口で返事をした。
「ちょっと諸事情があって……って、まずこれ置いて来ちゃうわね!」
「えっ、あ! 義姉さん!」
スカーレットは急いで荷物を宿屋に運んだあと、すぐに店へと戻ると、アルベルトが困惑した表情で待っていた。
それはそうだろう。
財布を取ってから戻ってみれば、義姉が荷物運びをしているのだから。
「それで、何をしているの? また人助け?」
「人助けっていうのか……」
スカーレットはなるべく分かりやすく事情を説明することにした。
今後、レインフォードが毒を盛られる可能性があることを考慮し、銀食器を購入しようとしたが、
手持ちがないため店の手伝いをすることで値引きしてもらうことになったという経緯を説明した。
話を聞いているアルベルトの顔が徐々に唖然としていくのが分かった。
「はぁ……なら、僕を待ってくれればお金を出したのに」
アルベルトに冷静に言われると確かにその方法もあったことに気づいたが、身内とはいえ、自分の欲しいものを他人の金で購入するには少々抵抗がある。
この辺は性格の問題だろう。
それに、バルサー家は貧乏で、アルベルトもまた自由になるお金が多いとは言えない。
だからアルベルトの好意に甘えて買ってもらうなどという真似はしたくなかった。
「そういうわけで、アルバイトをすることになっちゃったから、アルベルトは先に宿に帰っていいわよ」
そう言ったスカーレットをよそに、アルベルトは無言で商品の入った箱を持ち上げた。
何をするのかと見ていると、アルベルトは苦笑しながら尋ねた。
「これ、あの宿屋に持っていけばいいの?」
「あ、うん。そうだけど……」
「仕事は出来高にしてもらって僕も手伝えば早く終わるだろ?」
「えっ! でも、悪いわ」
だがスカーレットの言葉には返事をせず、アルベルトは荷物を持って宿屋にいる店主の元へと行ってしまった。
その後ろ姿を見つめながら、スカーレットは申し訳なさと感謝で胸がいっぱいになった。
(あとでお礼をしなくちゃ)
アルベルトは子供の頃からスカーレットのやることに付き合ってくれる。
子供の頃に遊ぶ時も、今回の事も、護衛として王都に行く事も……
アルベルトには本当に頭が上がらない。
だから、彼が困っている時には力になりたいと、アルベルトの後姿を見つめて強くそう思った。
その後、荷物を宿屋まで運び終わると、次に商品の食器を磨く作業をし、在庫の棚卸をした。
アルベルトの協力もあって、店主が指示する仕事はあっという間に終わり、契約の時間よりも早くアルバイトを終えることができた。
時間給での契約であったが、店主は良心的でアルベルトが働いた分としてお金を支払ってくれた上で、約束の銀食器を譲ってくれた。
「ありがとうございます。お世話になりました」
「いやー、こっちこそ助かったよ」
「膝、お大事になさってください」
そう言ってスカーレットたちは店主と別れ、再び町へ歩き出した。
日は傾き、空はうっすらと茜色に染まり始めていた。
スカーレットは大きく伸びをして、酷使した筋肉をほぐした。
「アルベルト、ありがとう」
「いいんだよ。義姉さんの力になれたなら嬉しいよ」
「そうだ、さっきお金を多くもらったし、欲しいものを買ってあげるわ」
「僕はいいよ。お金は義姉さんが使いなよ」
「そうはいかないわ。アルが手伝ってくれてとっても助かったもの。お礼をさせて。ね!」
アルベルトはいつも遠慮してしまうので、ちょっと強気でいかないとお礼を受け取ってくれない。
だからスカーレットはぐいっと迫ると、アルベルトは驚いた表情でのけ反った。
「ちょ……スカー、近いよ。分かった、分かったよ」
何故か少し顔が赤く見えるアルベルトは顔をそらした後、何かに気づいた表情を浮かべて一つの屋台を指さした。
「あれ、あれが食べたい」
示した指の先にあったのはチュロスの屋台だった。
甘い香りは食欲を刺激し、香りだけで美味しさが伝わってくるようだ。
ただ、それだけではない。
チュロスは子供の頃に食べた2人にとって特別なお菓子でもあった。
(懐かしいわ)
「分かったわ! ちょっと待っててね!」
スカーレットは思わず口元に小さく笑みを浮かべながらチュロスを2本買った。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
2人で並んでチュロスに噛り付く。
一口食べるとスカーレットの想像通り、甘くてシナモンの香りが口いっぱいに広がった。
隣でチュロスを食べているアルベルトの横顔を見上げると、6歳の頃のアルベルトの姿が思い出された。
あの時はアルベルトはスカーレットよりもずっと小さかったのに、今では見上げるほどになっている。
(あんなに小さかったのに、もうすっかり大人になったのね)
その視線に気づいたアルベルトはスカーレットに目を向け、不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「ん、子供の頃を思い出していたの。ほら、アルがバルサー家に来てすぐにお祭りがあったじゃない? あの時もチュロスを食べたわよね」
「あぁ、そんなことあったね」
アルベルトもまたあの子供の頃を思い出したのか、懐かしそうに微笑んだ。
スカーレットが7歳、アルベルトが6歳の頃のことだ。
あの頃、アルベルトは引き取られて間も無くで、なかなかバルサ―家に馴染めないでいた。
そして、突然事故で両親を失い、その死を受け止めることができずに泣き暮らしていた。
一人で部屋に籠って、元の家に帰りたいと泣いている様は、幼いスカーレットにとっても胸が痛い光景であった。
だからスカーレットはアルベルトを元気づけたいと思い、シャロルクの街で行われていた祭りに行くことを両親に提案した。
だが、彼らはアルベルトを無理に連れ出すのはダメだと反対した。
もっと時間をかけて、心の傷が癒えて家族にも心を開いてから行くべきだと言われたのだ。
しかし、幼いスカーレットはそれが理解できなかった。
悲しいことがあるからこそ、楽しいことをすればいいじゃないか。そう単純に思ったのだ。
結果、スカーレットは両親の目を盗み、無理やりアルベルトを祭りへと連れ出した。
「今思うと、あの時アルを無理に祭りに引っ張り出すなんて、少し強引だったわよね。アルも嫌々だったし」
部屋に居たいと泣くアルベルトの手を掴んで街まで行ったことは少々反省すべきかもしれない。
だが、アルベルトは柔らかな微笑を浮かべつつ、首を振った。
「確かに最初は嫌だったけど、祭りを見たら気持ちが浮上したのは確かだよ。それに、あの時のチュロスの味は忘れられない。とっても美味しかった」
「ふふふ、甘いものを食べたらもっと元気になってくれるんじゃないかって思ったの」
祭りに行っても下を向いて歩くアルベルトに笑顔になって欲しくて、スカーレットはチュロスを買うと、2人で半分に分けて食べた。
子供だから手持ちのお金はほとんどなく、1本買うのがせいぜいだったからだ。
するとアルベルトは「美味しい」と言って小さく微笑んでくれた。
それを見て連れ出して良かったとスカーレットは思ったのだった。
ただ、その後、二人で勝手に祭りに行ったことがばれて、スカーレットは母親にしこたま怒られた。
そして罰としてスカーレットは毎日大量の課題を与えられ、しばらく外に出れないほどだったのは、今では良い思い出だ。
「そういえば、あれ以来よね。アルベルトが私の我儘に文句も言わずに付き合ってくれるようになったのは」
思えばそれ以降、アルベルトはスカーレットと行動を共にし、何をしても文句も言わずに付き合ってくれた。
今回のことのように……
スカーレットがそう言うと、不意にアルベルトが真剣な顔をしてスカーレットをじっと見つめた。
真摯に向けられる目がいつもとは違うもので、スカーレットは思わず見返してしまった。
すると掠れた声でアルベルトが言った。
「だってあの時から僕は……義姉さんを好きになったから。そばにいたかったから」
その言葉には、何か特別な意味が込められているようにも感じられた。
あの出来事が、アルベルトにとっても特別な出来事で、スカーレットを義姉として心から慕ってくれるようになったのだと伝わってきて嬉しくなった。
「ふふふ、義姉と認められたようで嬉しかったわ」
「……義姉さん。絶対意味分かってないよね?」
「?」
他の意味が分からず首を捻っていると、アルベルトは甘いと思った食べ物がしょっぱかった時のような微妙な表情を浮かべた。
そして大きくため息をついてから口を開いた。
「だから、僕は義姉さんのことを、女性として好……」
「スカー様、アルベルト様!」
アルベルトの言葉を遮るように、スカーレットたちを呼ぶ声がしてそちらを見ると、リオンがグレーの癖毛を揺らしながらこちらに駆け寄ってきた。
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