気がかり
刺客が逃げた窓の外を見てスカーレットの胸中には悔しさが広がった。
(せっかくあそこまで追い詰めたのに、取り逃がしちゃったわ)
あの時油断しなければ、確実に倒すことができただろう。
そうすれば誰の差し金で動いていたのかを聞き出せただろう。
刺客が言っていた「聞いていた情報と違う」という言葉が妙に引っかかっていた。それは、自分たちの行動が相手に知られているのではと考えられるからだ。
(監視されている?)
そんな考えがよぎった瞬間、レインフォードが駆け寄ってきた。
「スカー、大丈夫か!? どこか怪我してないか?」
心配そうな顔をしたレインフォードが、スカーレットの顔を覗き込む。
(ち、近い!)
心配からの行動だろうが、その距離があまりに近くてスカーレットは驚くとともに、思わず後ろに下がろうとしたが、がっちりと肩を掴まれて逃げられない。
動揺する気持ちを抑えつつ、スカーレットは答えた。
「ボ、ボクは大丈夫です。レインフォード様こそお怪我はありませんか?」
「あぁ、お前のおかげで俺は無傷だ」
「良かったです……が、少し離れていただけると……」
その言葉にようやくレインフォードも互いの距離の近さに気づいたようだ。
「すまなかった」
距離を置いたレインフォードは少しバツが悪そうにし顔を逸らした。
自分の行動を恥じているのか顔がほんのり赤い。
スカーレットはなんとなく2人の間に漂う雰囲気にそわそわしてしまい、話題を変えた。
「あ、先ほどは敵の注意を逸らしていただき、ありがとうございました」
剣を落としてしまった時、レインフォードがガラス片で男を攻撃していなければスカーレットは負けていただろう。
「いや、あれくらいしかできなかった」
「そんなことありません。助かりました! でもボクこそすみません。本当は捕まえて首謀者を聞き出したかったのですが……」
「気にするな。前も言ったが大方の予想はついているし、刺客一人捕らえたとして、首謀者にたどり着けるとは思えないしな」
そうかもしれないが、それでも敵への牽制になるかもしれなかった。
「スカー!」
名前を呼ばれて振り返ると、外から息を切らせてアルベルトたちが部屋に入ってきた。
そして同時に荒れた室内を見て慌てた様子になった。
「な……この部屋……何が起こったの?」
「あぁ、アルベルト。実は刺客が来たんだ」
「なんだって! スカーが戦ったの? ケガはない?」
必死な形相で詰め寄って来るアルベルトに一歩引きながらスカーレットは笑って答えた。
本当は体全体に鈍い痛みを感じている。
蹴られた部分と、飛ばされて壁に衝突した時に打った背中が痛い。
切り傷が無かったのは不幸中の幸いだろう。
しかしここでスカーレットが痛みを訴えれば、アルベルトが余計な心配してしまう。
だからスカーレットは何もないふりをした。
「あ、うん、大丈夫だよ」
「そっか。無事で良かった」
アルベルトはスカーレットの肩に手を置くと、心の底から安堵のため息をついた。
そして後悔を滲ませるように眉根を顰め、懺悔の念を込めるように言った。
「傍を離れてごめん」
「アルベルトのせいじゃないよ」
そう言いつつ、スカーレットはふと気づいたのだ。
ここまでドタバタと騒がしくしていたのに、なぜ3人は駆けつけてくれなかったのだろうと。
そう思ってスカーレットはアルベルトとランとルイの顔をじっと見つめると、ランがふいっと視線をそらした。
どう見ても疚しいことをした時の反応だ。
よくよくランの顔を見ると、ほんのり顔が赤い気がする。
「ねえ、まさかとは思うけど、お酒、飲んでないよね」
スカーレットの言葉にアルベルトはこめかみを押さえ、ルイはにんまりと微笑を浮かべている。
視線をさまよわせているランをスカーレットはじっと見つめた。
するとランは諦めたように言った。
「う……す、すまん」
その言葉にスカーレットはブチっと何かが切れる音がした。
「ほんっとに、ラン! あなたって男は! 覚悟しなよ!」
「悪かったって。でもほんの一口だって!」
「そのせいで刺客が来たのに何の対処もできなかったよね。今回は無事に撃退できたけど、ボクが負けてたらどうするつもりだったのさ!」
「でもスカーは強いし。現に撃退できたんだろ?」
「そういう問題じゃない! だいたいランは……」
スカーレットは更に説教しようと口を開いたところで、軽やかな少年の声が響いた。
「殿下! ご無事で何よりです」
駆け寄ってきたのはリオンだった。
姿が見えず心配していたが、どうやら3人と一緒だったようだ。
「リオンも一緒だったんだね。遅くまで部屋に帰ってこなかったから心配してたんだ」
「すみません。ちょっと落とし物をしてしまって、探してたんです」
「落とし物?」
「はい、この時計です。とても大切なもので……」
スカーレットの言葉に恐縮しながら、リオンがポケットから取り出したのは金の懐中時計だった。
リオンの掌よりも少し小さなもので、一目見て純金であることが分かった。
その蓋の部分には緻密な模様が彫られている。
一瞬だったのではっきりとは見えなかったが楕円に蔦のような植物が絡まったような絵柄だったように見えた。
「でもリオンがいなかったのは不幸中の幸いだったかもしれないな」
レインフォードの言う通り、あの場にいたら小柄なリオンが狙われた可能性もある。
それにスカーレットもレインフォード1人なら守れたかもしれないが、2人を守る自信はない。
「それにしても……ここで寝るってわけにはいかないね」
アルベルトが部屋の惨状を見て言った。
確かに窓ガラスは粉々になり、窓枠は無残にも床に転がっている。
壁には刀傷がついているし、床には血だまりもできている。こんな状態の部屋で寝れるわけがない。
逡巡したルイが淡々と話した。
「じゃあ、俺たちの部屋とスカーの部屋とに別れて寝るしかないか。また刺客が襲ってこないとも限らないし、レインフォード様には常に誰かが一緒にいたほうがいい」
「でもそれだと一人は床で寝ることになるな」
ランの言葉にルイがにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「なら、ランが床で寝ればいいことだ」
「は? なんで俺なんだよ」
「だって、禁酒を破ったんだ。当然の罰だろ?」
「お前たちだって止めなかったじゃないか!」
「な、なんじゃこりゃあああああ!」
ランとルイの言い合いをかき消すように、宿屋の主人の悲鳴が廊下に響き渡った。
見れば宿屋の主人が青い顔をして震えている。
スカーレットたちを指さしているのか、それとも破壊された部屋を指しているのか、こちらを向いた人差し指ががたがたと震えていた。
文句を言いたいようだが衝撃のあまり言葉が出ない様子であった。
この状況をどう説明すべきか。
刺客が襲って来たと言えば、必然的にレインフォードの身分を明かさなくてはならなくなる。
それでは商人に扮して旅をしている意味がなくなってしまう。
スカーレットがそう考えていると、すかさずアルベルトが口を開いた。
「主人、この宿ではこのような強盗が入ることはよくあるんですか?」
「強盗?」
「はい。強盗が窓から侵入して襲ってきたんです。強盗は『フロントの金を強奪する、邪魔をするな』と言ってました」
「な、なんだって!?」
「危うく殺されるところでしたが、この宿のお金、ひいてはご主人の命を守るために撃退したんですよ」
「私を守ってくださったんですか……」
恐怖のせいか宿の主人の顔からは血の気が引いている。
「はい。ですからそれ相応の対応をしてほしいんです。でなければ、明日別の宿屋に行って『あの宿屋で強盗に襲われたのでこちらに泊まらせてください』と言わなくちゃらないのですが」
アルベルトは微笑みながら最後の言葉を畳みかけた。
「分かりました! 助けてくださったお礼に特別室にご案内します!」
こうしてスカーレットたちは特別室へと案内された。
色々と話し合った結果、レインフォードの部屋にはアルベルト、ラン、ルイの3人が護衛としてつくことになり、スカーレットとリオンが隣の部屋に控えることになった。
ようやくそれぞれの部屋に入ったときには、すでに日付が変わり、夜明けまで1時間程となっていた。
スカーレットはベッドに倒れると、どっと疲れが押し寄せてくる。
体が重くて力が入らない。
「スカー様、ちゃんとベッドに入ってお休みください」
「ん……大丈……夫」
リオンの声が聞えて来るが、何を言っているのか理解するために頭を働かせるのも無理だ。
ただ一つだけ。スカーレットの頭の中に疑問が浮かんでいた。
(どうして刺客が来たのかしら。ゲームではリエノスヴートで襲撃されるはずだったのに……)
だがもう考えがまとまらない。
遠くでリオンの声を聞きながら、スカーレットは睡魔に導かれるように意識を手放した。
ちょっと短くてすみません。
続きをひとまとめにするか、レインフォード視点を入れるか…ちょっと悩み中なので、とりあえずここで切ります。
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