襲撃②
窓ガラスの破片を纏い、一人の男が部屋へと飛び込んできた。
風が吹き抜け、ランプの明かりが消えた瞬間、室内は闇に包まれる。
そこに差し込んだ月明かりが、男の姿を浮かび上がらせた。
銀髪を後ろで束ねた長身の男が、ゆっくりと立ち上がる。触れれば切れそうなほどの緊張感を漂わせ、圧倒的な存在感を放っていた。
赤いザクロのような瞳には、見ただけでもぞくりとするほどの殺意が滲んでいる。
その瞳がスカーレットを射抜くように向けられて、思わずごくりと息を呑んだ。
(この人……強いわ)
本能がそう告げた。
だが、負けじとスカーレットもまた男を鋭い目で睨んだ。
しかしそんな様子を意にも介さず、男はレインフォードとスカーレットを交互に見つめた後、顔を顰めた。
「なんだ、一人じゃなかったのか。聞いていた情報と違うな。まぁいい。ガキ一人増えたところでそう問題でもない」
独り言のように呟き、男は一つため息を付いた後、すらりと剣を抜いた。
(攻撃が来る!)
スカーレットは男の動きを見て、腰の剣を抜こうとして、そこに何もないことに気づいた。
(しまった!)
今日は死亡イベントが発生するはずがないと思い、剣を持ってきていなかったのだ。
スカーレットは焦りながら素早く周囲を見渡す。
ちょうど男の背後の壁にレインフォードの剣が立てかけてあるのが見えた。
だが、それを取るためには男の攻撃を躱すしかない。
一か八か。
スカーレットがそう考えていた時、突然ライザックが男に飛びかかり、その鋭いくちばしで攻撃をした。
「なんだ!?」
「っ!」
スカーレットは男の隙を突いてその横を駆け抜ける。そして素早くレインフォードの剣を取ると、勢いそのままに一気に剣を引き抜いた。
そして後ろから男へと斬りかかった。
「たぁぁ!」
だが男は振り向きざまにスカーレットの剣を受け止め、そのまま弾いた。
ガキンという金属音が室内に響く。
「私の目的はそっちの男なんだが……まぁ、歯向かうなら殺すまでだ」
そう言いながら男が一気に間合いを詰めて斬りかかってきた。
スカーレットはそれを受け、逆に斬り返す。
数度打ち合いが続き激しい剣戟の音が数度響いた。
「ほう。私と互角か」
確かに互角の戦いだ。こちらが仕掛けてもすぐに受けられる。だが、逆に相手が仕掛けて来ても、すぐに対処できた。
だが、男の一撃一撃は相手の方が重い。攻撃を何とか受け止めているが長引けば押し切られる可能性が高い。
数度打ち合って、そのことに男も気づいたようだ。
ニヤリと笑って言った。
「だが、力勝負では私の勝ちだな」
「っ!」
ひと際大きく振りかぶった男の攻撃をスカーレットは受け止めるのが精いっぱいだった。
剣を伝った振動で、手がじんと痺れた。それでも何とか男の剣を返そうとするが、男は体重を掛けてそのままぐっと力を入れてスカーレットが力で押し負けるのを待っている。
(ここで押し負けたら斬られる……でも……!)
だが、それこそスカーレットの狙っていた攻撃でもあった。
「だったら機動力で勝負だ!」
スカーレットはそう言いながら自らすっと剣の力を抜き、そのまま体を男の方へと滑らせた。
支えを失う格好になった男はバランスを崩す。自然とスカーレットは男の懐に入りこむ形になる。
そしてスカーレットはそのまま剣の柄で男の鳩尾を思い切り殴った。
「ぐっ!」
男が短く呻くのを聞き終わる前にスカーレットが足払いをすると、そのまま男が仰向けに倒れた。
スカーレットはそれを見逃さない。
すぐさま剣を大きく振りかぶるとそれを全力で振り下ろした。
「たああああ」
だが、男もその攻撃に反応した。振りかぶったことで空いてしまったスカーレットの腹部に、男は強烈な蹴りを入れた。
瞬間的に襲ってくる鈍い痛み。呼吸が一瞬出来なくなった。
そして気づけば壁まで吹き飛ばされていることに、背中の痛みで認識した。
「これで終わりだあああ!」
体勢を整えた男が叫びながらスカーレットに斬りかかって来るのを剣で受けようとしたが、その手には剣がないことに気づいた。
吹き飛ばされた時、手から落としてしまったのだ。
「しまった……!」
振り下ろされる男の剣を、身を躱して避ける。
スカーレットの耳に剣が空を切った空気の揺れを感じる。
「ほらほら、逃げるだけか?」
男は笑いながら攻撃を繰り返してくる。
息つく暇もなく振り下ろされてくる剣を右へ左へと後ろに下がりつつなんとか躱すが、やがて気づけば壁際まで追い込まれてしまった。
「さぁ、もう逃げ場はない」
壁に追い込まれ、逃げることはできない。
男は勝利を確信したように薄く笑った。
(なにか武器があれば……)
そしてとどめとばかりに男が剣を振り下ろした瞬間、突然男が動きを止めて小さく呻いた。
「ぐっ……!」
見るとガラス片が男の太腿に深々と突き刺さり、その場所からじわりと血が滲んでいる。
すぐにそれは大きくなって男の黒いズボンの色を変えていった。
男の肩越しにレインフォードがガラス片を持っている姿が見えた。
手裏剣のように大きなガラス片を投げつけたのだろう。
「スカー! 今だ!」
レインフォードによって男の意識がスカーレットからそれた一瞬の隙をついて、スカーレットは落としてしまった剣に向かって駆け出した。
そして剣を掴むと、その勢いのまま男に切りつける。
先ほどの援護でレインフォードに向けられた男の意識を、再びスカーレットへと向けさせるためだ。
その狙い通り、男はスカーレットの攻撃を弾き、再びこちらに斬りかかった。
「小賢しい!!」
男が床を蹴って間合いを詰める。勢いを乗せてくる分、今までの攻撃より攻撃力は高くなる。
このまま男の攻撃を受けたらスカーレットが弾き飛ばされ、バランスを崩した隙をつかれて斬られてしまうだろう。
一瞬でそう判断したスカーレットはあえて剣を下段に下げながら、男の攻撃を身を捻って躱した。
「!?」
予想外の動きに男が瞠目し息を呑むのが分かった。
それを視界の隅におさめたまま、スカーレットはすれ違い様に下段に下ろしていた剣を一気に上段へと振り上げる。
白刃が直線を描いて、男の懐へと吸い込まれるように動いた。
スカーレットが男の脇をすり抜けた時には、背後で男が崩れる音がした。振り返ると、大量の血が男の腹部からぼたぼたと床に滴り落ちている。
スカーレットは男の元へと近寄り、背後から剣を肩に当てて尋ねた。
「言え。誰の命令で殿下の命を狙った」
「……」
勝負は決したかに見えた。
だが、相手はいくつもの死線を潜って来た者だ。
男は血を流しながらも渾身の力を込めてスカーレットへと斬りかかってきた。
「!!」
スカーレットは即座に飛びのいてその攻撃を躱した。
(まだ動けるの!?)
男の傷はどう考えても致命傷だ。だが男はその赤い目に激しい殺意を滲ませてスカーレットへ剣を向け、傷を負っているとは思えないスピードで駆けて来た。
スカーレットは反射的にそれを防いだ。
ガキンという刃と刃がぶつかる音がして、瞬間火花が散る。
スカーレットは全てが終わったと思って油断していたため、防御から攻撃に転じるスピードが一瞬だけ遅くなってしまった。
「っ!」
気づけば男はスカーレットの横をすり抜けていた。
(このままじゃ逃げてしまう!)
スカーレットは慌てて振り返ったが、その時にはすでに男は華麗に窓から身を躍らせていた。
「待て!」
急いで窓から身を乗り出して男を追おうとしたが、既にその姿はなかった。
しかもあれほどの深手を負ったにもかかわらず、血痕さえ残っていない。
これでは後を追おうにも行方を捜すのは難しいだろう。
(さすがは訓練されている刺客だわ)
スカーレットはそう思いながら刺客の消えた闇をじっと見つめた。