第二話 おバカでヤバすぎギャル警官(四)
その言葉を聞いた瞬間、俺の全身に緊張が走った。伍道の視線はブレることなく、まっすぐエルミヤさんに向かっている。
「おいマルっ! 今から俺と伍道で打ち合わせがあるから、出てくるまで絶対にだれも取り次ぐんじゃねえぞ! 会議室Aだ」
「へ? ……へいっ! 承知しやした!」
俺は、同じ部署の部下の一人であり、とくに付き合いの長い舎弟でもある通称「マル」にそう告げると、伍道とエルミヤさんを連れて足早に奥の会議室へと向かった。
ドアを閉め、あらためて俺は奴にたずねた。
「気づいてたのか? この娘に」
「もちろんだ。……それにしてもお嬢さん、ずいぶん素っ頓狂な格好をしているじゃねえか。俺は、雷門伍道って者だ。あんた、名前はなんてぇんだい?」
「私……エ、エルミヤと申します」
「エルミヤ?」
まるで美術商が品定めでもするかのように、伍道は彼女の全身をゆっくりと、念入りに見まわした。
洒落たストールを首に巻き、舶来物のオーダーメイドスーツを着こなすなど、つねに都会的な雰囲気をまとわせている奴にとって、彼女の鍔広のとんがり帽子や魔導師のローブはさぞかし奇異に映ったに違いない。
「あ、あの……」
その時である。伍道はいきなり、右手をエルミヤさんの首元へと伸ばしたかと思うと、人差し指をチョーカーについた輪っかに入れて彼女の首を強引に引き寄せたのだ。
「キャアッ!」
「ご、伍道!」
張り詰めた空気の中、伍道はエルミヤさんと至近距離で向かい合った。そして、もう片方の指で彼女の長いエルフ耳を、味見をするかのような手つきでそっと撫でたのである。
「金髪に碧い眼……こりゃ、かなりの美人さんだな。竜司にしちゃあ、いい趣味だ」
「…………っ!」
エルミヤさんは、体を震わせながら耐えている。俺ほどではないが、百九十センチ近い長身で細マッチョな体格。加えて、奴ならではの冷たく鋭い眼力が、彼女を恐怖に陥れた。
「さっきも聞いたが竜司。このお嬢さんはいったい、何者なんだ?」
エルミヤさんの首元から指を離しながら、伍道は俺に問いかけた。
「あー、えーっと。……ひ、秘書だ」
「秘書ぉ?」
「いや、俺もこのところ、扱う案件がずいぶんと増えてきたからな。スケジュール管理とか書類整理とか、この娘を雇って頼もうかと思ってよ」
我ながら、なんとも苦しい言い訳だとは思うが、正直今の俺にはこれくらいしか考えつかなかった。
「ふーん。だがよぉ、そういうのはまず、この俺を通してもらわねえとな。俺は、針棒組の人事部長も兼ねてんだからよ」
「お、おう。……たしかに、そりゃ悪かった」
「まあいいぜ。よし、じゃあ俺の口からあんたを社員達に紹介してやるから、こっち来な」
「え? ええっ!」
「何だって?」
そう言って、エルミヤさんを連れて会議室からオフィスへと歩き出した伍道。完全に予想外だった奴の行動に、俺はただ、唖然としたまま追従するしかなかった。
「おうコラ、全員ちょっと聞けや!」
「へいっ!」
伍道はパンパンと手を叩きながら、事務所内の社員たちに呼びかけた。みんな仕事の手を止め、立ち上がって直立不動となった。
「こちらが、今日から営業部長の秘書として入社した、エルミヤさんだ。外人さんで慣れないこともあるだろうから、みんなしっかり助けてやってくれ。いいな!」
「へい、承知しやした! エルミヤさん、よろしくお願いしやす!」
伍道のどストレートな紹介を、社員たちはとくにざわつきもせずに自然に受け入れた。エルミヤさんもそれに応えるように、帽子を取って深々と頭を下げた。
「……しやす」
奇妙に思われるかもしれないが、じつは俺の経験上、こういったことは初めてではない。
睨みを利かせて相手を威圧するのが俺のやり方なら、雷門伍道という男の持ち味は、相手の心に訴えかけて説き伏せるような、独特の響きを持った語り口だった。俺はこれまでにも、奴のそんな不思議な言葉の力に、幾度となく助けられてきたのである。
そして伍道は、あえて俺には何も聞かず、すべて呑み込んでエルミヤさんを受け入れてくれたのだ。俺はあらためて、奴の人徳と懐の深さに、尊敬と感謝の念を抱いた。
「……というわけだ。これからよろしくな、エルミヤさん」
「は、はい! 伍道さま。こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
先ほどの冷徹な表情から打って変わって、エルミヤさんに静かに笑いかけた後、伍道は俺の方に向き直った。
「竜司、この件は組長には俺から伝えとく。……そうそう、これは俺と組長からな」
そう言って伍道は温泉饅頭の箱をふたつ、俺に手渡してきた。
「伍道、今回は世話になったな」
「こりゃひとつ貸しだぜ、竜司」
人差し指を立てながら、伍道は自分の持ち場の部署へと帰っていった。
「秘匿魔法の効果、いつの間にか切れてました」
「そうか」
自分のデスクに戻った俺は、エルミヤさんに生返事をした。伍道に彼女の姿が見えていた理由が、奴の体質のせいかそれとも魔法の効果切れのためなのかなど、今となってはどうでもいいことだ。
「伍道さまって、怖いのか優しいのかよくわからない人ですね」
「ああ。まあ、それに関しちゃ、俺も似たようなモンだけどな」
「リュージさまは、もちろん優しい人ですよ」
エルミヤさんはそう言いながら、追加で増えた饅頭を美味そうに頬張った。
――さて。
エルミヤさんが「株式会社針棒組」の正式な社員となって一週間が過ぎた。
毎日、俺の後について一緒に出社してはいるが、基本なーんにもしていない。いや、なーんにもすることが、ない。
自分の席にパソコンはあるものの、できることと言えばひとつだ。
「それにしても、リュージさま。この動画っていうのは、どぉーしてこんなにいっぱいあるんですか? いったいどこのだれがなんのために作ってるんですかねぇ。……え? お、お金が儲かるんですか? えーなんでなんでどーやって?」
この事務所の中はともかく、街中でこの魔女衣装は少々目立ちすぎるので、いちおう一日中秘匿魔法を使用してはいるらしい。だが、こんな感じでかなり騒々しいため、あまり周囲の目はごまかせていないようだ。
それでもまあ、俺にとってはボチボチ平穏と言える日々が続いていた。
――そう、昨日までは。
……チリン♪
「ん?」
その日の朝。俺はどこか遠くの方で、何かが鳴るような音を感じた。
「どうしたんですか? リュージさま」
いつものように、コーヒーを飲みながらのんびり動画配信サイトを観ていたエルミヤさんが声をかけてきた。
「いや、今なんか物音が聞こえたような……」
「なにがです?」
「気のせいかな……すげえ不吉な予感が……」
チリンチリン♪
「まさか……!」
その時だった。
ガッシャーン!
すさまじい大音響とともに、あろうことかヤクザの組事務所の入り口のガラス扉を豪快に突き破って、一台の自転車が乱入してきたのだ。
未曽有の緊急事態に、俺たちはあわてて事務所の玄関口まで走っていった。
「オラァーーーーっ! 神妙にするっスーーーーっ!」
「あ、あのかたは……」
「ゲッ、マジかよ……」
聞き覚えのある声、見覚えのある制服。ついに、ついに奴が来たのだ。
「正義の警察官、尾形向日葵巡査、ここに参上ぉーーーーっス!」
「オガタじゃねえか! 何しにきやがった!」
俺の言葉に応えるように、オガタは警察手帳片手に大見得を切った。
「針棒組の軍馬竜司! お前を逮捕するっスーーーーーーっ!」
続く




