第十話 キタぜ!敵はムテキの乱嵐竜(六)
「現れやがったか、シャルク。ずいぶん遅かったじゃねえか」
「こっちにも事情がありましてね。配下の騎士団にここまでついてきてもらうわけにもいかなかったので、彼らを『処分』するのに少し手間取ってしまったものですから」
シャルクは弓を構えたまま、またがっていた馬から降りつつ不敵に笑った。ヤツの言う、近衛騎士団への「処分」がいったいどういう意味なのかは、俺には知る由もない。
(リュージさま……)
(エルミヤさん、小虎がどうなったかわかるか? 伍道との通信はどうだ?)
俺のそばに寄り添うように近づいてきたエルミヤさんに、俺は小声で話しかけた。彼女は、不安そうな顔のまま首を振った。
(おそらくあの矢が届く寸前に、お父さまの次元転移魔法によって小虎お嬢さまは現世界に転移したと思います。でもカーナビの通信はまた途絶えてしまったので、確実とは言い切れませんけど……)
あの小虎のことだ。伍道に任せておけば心配はないだろう。それにしても不思議だ。なぜこの車のカーナビ通信は、シャルクが近くにいるときに限って不調になるのか――――
「おいシャルク、てめえいったい何者なんだ?」
「何者? ……ハァ。あなたこそ何者なんですか。いきなり現れて『伝説の勇者』だなんて。あなたのせいで、私の計画がすべて台なしなんですよ」
「計画だと?」
「まあいいや。私もその車に乗せてくださいよ。こんなとこでボヤボヤしてたら、あっという間に全滅ですよ?」
上空に目をやりながら、シャルクは言った。小虎が首筋に攻撃を与え、息も絶え絶えになっていたはずの乱嵐竜の傷口が、少しずつふさがっていくのが見える。熟練レベルの魔獣拳士による渾身の連撃ですら、あのドラゴンを倒しきることはできないということか。
「さ、早く勇者様もエルミヤさんも乗った乗った。乱嵐竜が完全に息を吹き返す前に、遠くに逃げますよ!」
俺は運転席に、エルミヤさんは助手席に。シャルクは慣れた手つきでハコスカの後部ドアを開けて乗り込むと、シートに身を沈めた。
この位置関係だと、まるで俺がシャルクのお抱え運転手のようになっているのが癪だ。しかし伍道との通信も途絶え、エルミヤさんを弓矢で狙われているからには、俺もうかつには動けない。俺はエンジンをかけ、乱嵐竜に背を向けて走り出した。
「グンバリュージ……。『鋼鉄の軍馬を駆り、竜を司る者』、ですか。なるほど、たしかに伝説のとおりだ。でもねえ、あなたみたいなヤクザにドラゴンを倒してもらっちゃ、この私の立場がなくなるんですよ」
「シャルクさま、あなたはいったい……」
エルミヤさんの問いかけに、シャルクは笑いながら衝撃の一言を返した。
「フフッ、エルミヤさん。じつは私もね、次元転移者なんですよ。ただし、あなたたちとは真逆で、現世界から異世界にやって来たんですけど」
「私は昔、女関係でモメましてね。付き合ってた彼女たちと口論の末に、自分の住んでるマンションから突き落とされたんです。ところが、目が覚めてみたらそこは見たこともない場所。『ドラゴンファンタジスタ』っていうゲームの世界だったんです――」
なんと、この爽やかイケメン野郎が、まさか次元転移者だったとは! たしかにエルミヤさんも、そういう現象自体は「まれに起こりえる」と言ってはいたが。
「おまけに私、長い耳が生えたエルフの姿に転生していましてねえ。そこから苦労して苦労して、王都アリアスティーンにまでたどり着いた私は、そこからさらに努力を重ねてウランベル家の養子に迎えられ、近衛騎士にまでなりました」
一言でさらっと述べているが、現世界から来たシャルクがこの地位を手に入れるまでには、並々ならぬ苦労があったに違いない。それこそ、いま流行の「ナントカ小説」みたいな成り上がり外伝が一本書けるほどに。
「嫁も二人もらって、エルフの近衛騎士という身分にはそこそこ満足していたんですが。やっぱり元の世界の女が恋しくなっちゃいましてね。そんなときに、大王宮から極北の大陸・ノースコアの探索を命ぜられまして。しぶしぶながら、辺境の地にたった一人で向かったんですよ」
「近衛騎士ってえのは、そんなド田舎に単身赴任みたいな業務もさせられるのか」
「そのようですね。大変なお仕事です」
宮仕えってのは、現世界でも異世界でも大差ないらしい。そこは、シャルクに少し同情した。
「そこで私、偶然に『往古の祠』を発見しまして。そこに封印されている、コレを見つけたってわけなんです」
シャルクはそう言いながら、右手の人差指にはめられた指輪を自慢げに見せた。金色に妖しく光るそれは、なんとも言いようのない「魔力」を放っている。
「これはね、超古代魔具『マハラバキラの宝環』。だれでも次元転移魔法を使うことができるという、レア中のレアアイテムです。なにしろこれさえあれば、いつでも現世界と異世界を自由に行き来できますからね!」
「ちょ、ちょっと待ってください! シャルクさまがそのリングをお持ちということは、『往古の祠』の封印を解いてしまったっていうことですよね。それではまさか――――」
「そ。なんかぁ、そこにいっしょに封印されていた乱嵐竜? も目覚めちゃったみたいなんですよねー」
「ですよねー、じゃねえよ! ってえことは、今回の騒動の原因は、ぜんぶてめえのせいじゃねえか」
あまりにも軽く、無責任に宣うシャルクに、俺は思わず大声を上げた。
「まあまあ。私も、乱嵐竜が封印されていることまでは知らなかったんですよ。ドラゴンを覚醒させたことが王都に知られる前になんとかしないと、と思っていた矢先のことです。熟練魔導師のエルミヤ・ライモン、あなたのことを知りました」
「熟練魔導師? わ、私がですか?」
「そうですよ。あなたは正真正銘、レベル四十の熟練クラスです。『災禍の魔女』なんて汚名を着せられて処刑されましたが、あなたの実力は本物です。私は、あなたの持つ木の杖に『幸福魔法の粉』を仕込んで、火山口に落とされても命が助かるように画策しました」
「どうしてそんなことを?」
「そりゃもう、こんなに美人で若くておっぱいも大きくて……。そのうえに家格も高いライモン家の令嬢にして、熟練クラスの魔導師なんて、なにもかも最っ高じゃないですか! ぜひとも、私の第三夫人にお迎えして、ついでに乱嵐竜も討伐してもらおうと思いまして――」
急に興奮して、滔々と話し出すシャルク。真の女好きというか欲望に忠実というか、とにかくある意味純粋すぎる男だ。
「死刑が執行された後は、マハラバキラの宝環を使ってエルミヤさんをこの異世界に呼び戻すだけだったんですが。そこで出てきたのが勇者様、あなたですよ」
「俺か?」
「まさか、よりによって彼女を自分の戦闘奴隷にしてしまうなんてね」
「そ、それは……」
「とにかく、今はもう奴隷契約はなくなったようだし、さっさとエルミヤさんに乱嵐竜を倒してもらうとしましょう。その前に、と。まずは手始めに、この目障りな勇者様をぶっ殺していただきましょうか」
「なんだと?」
シャルクの目つきが変わった。弓矢を構えたその口ぶりも、冷酷非情そのものだ。
「私が異世界で平穏に生きていくためには、『伝説の勇者』なんていてもらっちゃ困るんですよ。世界に仇なすドラゴンは、私の妻になる予定のあなたの手で倒したと大王宮に報告する。それで、私とエルミヤさんの立場は一生安泰です」
「そんなこと……できるわけありません! そもそも私、上級魔法もろくに使えないのに――」
「エルミヤさんの魔力は、完全にこのシャルクの支配下にあります。あなたは黙って、私の言うとおりにしていればいいんですよ。ま、あなたがこの男を殺らなければ、私が殺るだけですけど」
そう言いながらシャルクは、矢じりを俺の方に向けて弓を絞った。
「――――ねえ、エルミヤさんが上級魔法を使えないのって、ひょっとしてこれのせい?」
その時、エルミヤさんのかぶっている魔女のとんがり帽子の中から、レベリルがはい出してきた。手には、なにやら電子機器の基板のようなものを抱えている。
どうやら彼女は、エルミヤさんの帽子の中に身を隠していたときに、偶然この機械を見つけたらしい。
「な、なんだ? 妖精じゃないか!」
「あら。あなたまさか、ここに私がいること知らなかったの? ここで勇者さまを殺しても、私が大王宮に話しちゃえば、近衛騎士のあなたはお終いだけど」
「……くっ!」
慌てたシャルクは、車のドアを開けて外に飛び出した。いまさら逃げてどうなるものでもないと思うが、計画が崩れてしまったことに、ただ取り乱しているといった感じだ。
「シャルク!」
後を追うつもりで俺もドアを開けようとしたが、そのとき急に頭上が暗くなったことに気がついた。
「うわぁーーーーっ! こ、こっちに来るなあーーーーっ!」
空の上から首を伸ばしてきた乱嵐竜が、シャルクの身体を一口で吞み込んだ。
続く




