第十話 キタぜ!敵はムテキの乱嵐竜(三)
「よおし、みんな! 行くよっ!」
気合を入れて鬨の声を上げ、車から飛び出ようとした小虎を、俺は慌てて引き留めた。
「ちょ待てっ、お嬢!」
「えっ? なによ竜司」
「いま車から出るんじゃない。なんだか、ものすごく禍々しい『気』を感じるぜ」
「どういうこと?」
俺の代わりに、カーナビを通じて伍道が返事をした。
「お嬢、前にも言った通り、あのドラゴンたちは体中から『瘴波』を発している。周囲の生態系に悪影響を与える未知の波動でさぁ」
「それも、見た感じかなりどす黒く渦巻いているぜ。こんなモノをまともに浴びたら、どうなるかわかったもんじゃねえ」
「じゃあ、どうすればええのん? 車の外に出えへんかったら、まともに戦えへんやん!」
「そうだ、エルミヤさんの魔法なら――」
俺たちの視線が、助手席のエルミヤさんに注がれる。
「わ、私ですか? でもぉ……」
「どうしたっスか?」
「せや、首都高ん時みたいに、キッツいの一発ぶちかましたりぃや!」
「でも私……まだレベル十九の『新参』クラスなんですよ? そんなに強力な攻撃魔法なんて、とてもとても……」
どうやら、先ほど行われた妖精によるレベル判定の結果がかなりショックだったらしい。エルミヤさんは両手をぶんぶんと振って、期待の声を打ち消した。
「何言ってるの! エルミヤさんなら大丈夫だって! ねえ、竜司?」
「お、おう。頼むぜエルミヤさん!」
「…………はい、わかりました。やってみます」
しばらく悩んだ挙句、ようやく重い腰を上げたエルミヤさんは、助手席側の窓を開けると身を乗り出して呪文の詠唱をはじめた。木の杖は装備していないが、いつもの彼女の術式だ。その手に、眩いばかりの光の粒子が集まってくる。
「――――ま、『誘導弾魔法』っ!」
しかしその掛け声とは裏腹に、光弾は一つも発せられなかった。エルミヤさんの周りに漂っていた魔法力の粒々が、やがて空しく霧散していく。
「ごめんなさい、失敗しました。やっぱり私、使えないです……」
「そうねぇ~。いちおう、『誘導弾魔法』は中級魔法だからねぇ~。最低でもレベル二十、『達人』クラスになってからかなぁ~」
妖精のレベリルが挟んできた、ため息交じりの魔法解説に、車内の誰もがみな「それを言うな」と心の中で思った。
「…………すみません。『火球魔法』からやり直します…………」
「あまり気にすんなよ、エルミヤさん」
「私、情けないです……リュージさま」
しょんぼりと肩を落とすエルミヤさんの落胆っぷりといったら、とても見ていられないほどである。それにしても、彼女の魔法の弱体化がこれほどとは。いったいどうしたことなのだろうか。
「でも、どうすんの? ここは一旦退却する?」
「いや、お嬢。そんな時間はもうねえ。竜司、このまま全速力で車を進めろ!」
「なんだって? そんなことしたら、あっという間にドラゴンの群れに取り囲まれちまうぜ!」
カーナビからの伍道の言葉に耳を疑った俺は、思わず大声を上げた。これだけの数のドラゴンの中に飛び込むなんぞ、どう考えても自殺行為だ。それでなくとも、大小さまざまな種類のドラゴンが大口を開けて、もうすぐそこまで迫ってきているのだ。
「いいから、俺の言うとおりにしろ」
「あーもう、知らねえからな伍道!」
アクセルを思いっきり踏み込み、スピードを上げたハコスカの動きを確認した伍道は、続いての指示を予想外の相手に送ってきた。
「さあ尾形ちゃん、出番だぜ」
「本官っスか?」
「まさか、ひまの拳銃で一匹一匹迎え撃つっちゅうこと? とても追いつかへんで!」
「そうじゃない。尾形ちゃん、警笛は持ってるよな?」
「はいっス!」
オガタは自分の首にかけていた紐を引っ張って、警笛を取り出した。
「よし、それを思いっきり吹くんだ!」
「おい、伍道! そんなんで――――」
「いいんだ、やれっ!」
ピィーーーーーーーーッ!
辺りに鳴り響く、オガタの吹く笛の音。ドラゴンたちの羽ばたく音や鳴き声が一瞬止んだかと思うと、つぎの瞬間
「すごい! ドラゴンがどんどん落ちてくるよ!」
まるで時間が止まったかのように、羽ばたきを停止したドラゴンたちが、つぎつぎと地上に落下してくるではないか。
「どういうことだ? これは」
「これは『凍結魔法』です! 音を聞いた魔物たちの動きを止める、上級魔法ですね。オガタさんの『凍結の警笛』が持つ、特別な魔法の効果だと思います。すごいですよ、オガタさん!」
「それにしても、こんなにいっぱいのドラゴン相手に通用する凍結魔法なんて、ホントにすごいわね!」
「ど、どもっス」
エルミヤさんとレベリルからの称賛の言葉に、ふだんあまり褒められ慣れていないオガタは赤くなって頭を搔いた。
「よおし、このまま突っ切るぞ! 頼むぜオガタ!」
「任せるっス! 何人たりとも、本官の前は飛ばせないっス!」
目の前に開けたドラゴンの谷間を、ハコスカは軽快に飛ばしていく。オガタは渾身の力を込めて、口にくわえた凍結の警笛を吹き鳴らし続けた。
「あーーっ!」
その時だった。大きな段差を飛び越えた際、激しくバウンドした車内からオガタが悲鳴を上げたのだ。
「どうした?」
「あのぅ…………。申し訳ないっス! 警笛、落としちゃったっス……」
「なんだと?」
窓の外に身を乗り出すようにして警笛を鳴らし続けていたオガタだったが、車が大きく揺れた勢いで、口から落としてしまったらしい。サイドミラーに映ったその白い笛が、はるか後方に転がっていくのが見えた。
「竜司っ! あの笛、取りにいかなくちゃ――」
「アカン! 戻ってる間に、囲まれてまうで!」
万事休す。だれもがそう思った、つぎの瞬間だった。
「オガタっ!」
「だ、だれっスか?」
「グローブボックスを開けて! 早く!」
どこからともなく聞こえてきたその女性の声に、後部座席のオガタは助手席前のダッシュボードにまで必死に体を伸ばして、グローブボックスの扉を開けた。
「これは……」
そこにあったのは、白い警笛だった。そう、オガタの持っていたあの笛と同じものだ。
「それを使いなさい!」
ピィーーーーーーーーーーーーーーッ!
オガタの笛の音に、ふたたびドラゴンたちの群れは凍りついた。俺たちは、なんとか間一髪でドラゴンの攻撃を避けることに成功したのである。
「し、嶋村センパイっ! ありがとうっス!」
オガタは直立不動になって、カーナビの画面に映し出された嶋村紗矢香に敬礼した。彼女は自分の所持品である警笛を、伍道の魔法によってこの世界に転送してくれたのだ。
「嶋村ちゃん、すまなかったな。助かったぜ!」
「いえ。これでも私、あの娘の教育係ですから」
伍道の言葉に、首を振って答える嶋村。それにしても伍道はいつの間に、警察官としてのオガタの先輩である彼女まで呼び寄せていたというのか。
どうやら嶋村は、すでに今回の事件の詳細について、しっかり理解しているらしい。深い絆で結ばれている先輩と後輩は、現実世界とゲーム世界という狭間を超えて熱いエールを交わした。
「オガタ! 上層部にはもう報告済みだから、思う存分やってらっしゃい!」
「了解っス! 嶋村センパイ!」
だがその頃、俺たちはまだ気づいていなかった。シャルク率いる近衛騎士団が、猛烈な勢いで俺たちに迫ってきていることを。
続く




