第十話 キタぜ!敵はムテキの乱嵐竜(二)
「あっ! 見えてきましたよ、リュージさま!」
助手席のエルミヤさんが、前方を指差して叫んだ。その先には、ドス黒くくすんだ雲が空一面を覆っている。
「なんや? ごっつい雨雲やなあ」
「こいつは、ひと雨来そうっスね」
「ちょっと待って、アレって――」
愛車を停め、俺は目を凝らして確認しながら言った。
「ああ、雨雲じゃねえ。あれが『竜の大嵐』だ」
雲のように見えるそれは、よく見ると翼をはばたかせて飛んでいるドラゴンの大群だった。各々が体から発生させている「瘴波」が、遥か天空を禍々しく覆いつくしている。
「ようやく来たわね、勇者さま!」
羽根をはためかせながら、フロントガラスに張り付くように浮かんでいる妖精・レベリルの声に俺は同意した。
「ああ、長かったな――――」
実は、ホッタンの村を旅立ってから、この時点ですでに三日が経過している。伍道の野郎は、全速力で行けば半日もかからないなどと言っていたが、とんでもない。この場所にたどり着くまでのその苦労たるや、筆舌に尽くしがたいものがあった。あまりにも筆舌に尽くしがたいため、ここではあえて詳細については明かさないが(決して、ここに書くのが面倒くさいわけではない)。
「長かったですよね――――」
俺とエルミヤさんの言葉に、車内の誰もがうなずいた。極北の大陸・ノースコア中心部への道のりが、ここまで時間がかかった原因は、ひとえに魔物との野良戦だ。
「ようするに、敵が多すぎるんスよ。ちょっと進んだら敵、そのあと進んだら敵って。そのたびに戦闘戦闘また戦闘っスからね」
「ホントよね! そのたびに車から降りて、魔物やっつけてまた乗って。ハッキリ言って、めんどくさいったらありゃしないよ」
オガタと小虎の愚痴のこぼしあいに、さらにチマキが乗っかった。
「せやなあ。ウチはあんまりゲームとかせえへんからわからんけど、ひょっとしてこの世界って、かなりクソゲーなんちゃう?」
「クソゲー……なんでしょうかね……」
その時、エルミヤさんがポツリとつぶやいた。申し訳なさそうにうつむいたままの彼女の姿に、車内の空気はピシッと凍りついた。
「いや、エルミヤさんがクソって言うてるわけちゃうねんで?」
「だからさ、住んでる人じゃなくて作った奴がクソっていうか」
「そうっスよ! ゲームバランスがちょっぴりクソなだけっス」
「お前ら、あんまりクソクソ言うな」
「…………………………すみません」
エルミヤさんにとって、ここはまぎれもない生まれ故郷だ(まあ、俺にとってもそうなわけだが)。こんな世界でこんな戦いに巻き込んでしまって、正直忸怩たる思いを抱いているのかもしれない。
そんな、どよんと澱んだ空気を換えるべく、俺のそばに飛んできたレベリルが明るく話しはじめた。
「まあまあ。ここまでの戦闘も、決してムダじゃないんだから」
「どういうことだ?」
「これまで経験値をいっぱい積んだから、みんなとぉーっても強くなったってことよ。はいっ! それではここで、現在の勇者パーティーのみなさんのレベルを発表しまーす!」どんどんどんパフパフパフ
どこからともなく鳴り物の音が響き、どこからともなく取り出した水晶玉を抱えたレベリルが、その中を覗き込みながら言った。
「えっとお……。まずは治癒師のチマキさんと銃砲士のオガタさんが、ふたりともぴったり三十にレベルアップ。これで、めでたく『古参』クラスに昇格よ!」
「えっ、ホンマなん?」
「マジうれしいっス!」
「それから、魔獣拳士のコトラさんはなんとレベル四十! ついに、夢の『熟練』クラスになったわ! おめでとう!」
「おおっ、やったー!」
これまでの旅で、獅子奮迅の活躍を見せた勇者パーティーの三人娘が、そろって大幅にレベルアップしたようだ。この『ドラゴンファンタジスタ』というゲームの実際の経験がなくても、それぞれの素養と努力が実を結んだ結果と言えるだろう。だが――――
(おい)
(なあに?)
(よくわからんが、レベルってのはそんなに簡単に上がるものなのか?)
(うーん。正直言うとね、ちょーっとだけ下駄を履かせちゃってるけど、まあべつにいいんじゃない? 最終決戦の前だし、景気よく行きましょ)
妖精の見立てってのは、ずいぶんといいかげんなものだとは思ったが、まあ良しとしよう。みんな、これだけ喜んでくれているのだから。これからの戦いにも弾みがつくというものだ。
「それじゃあ、これからがんばって行きまっしょい!」
「おおーーーーっ!」
「あのぅ……私は……?」
「はい?」
「私のレベルアップは、どうなんでしょうか?」
「エルミヤさんの?」
「はい、いちおう聞いておこうと思いまして。ぜひ、よろしくお願いします!」
さっきまで落ち込んでいたエルミヤさんが、打って変わってワクワク顔でこっちを見ている。
そういえば、エルミヤさんの魔導師としてのレベルって、いったいいくつなんだ? そもそもハイエルフの熟練魔導師である、雷門伍道ことゴドゥー・ライモンの娘という確かな血統を持ち、向こうの世界でも戦闘奴隷の魔女としてあれだけ活躍したのだ。それも含めれば、きっと相当なレベルアップが期待できるだろう。
「えーっと、そうねぇ……」
レベリルは水晶玉をチラッと見たあと、少し困ったような表情を浮かべながら小さな声で言った。
「エルミヤさんは…………現在レベル、十九ね」
「え?」
「十九」
「じゅ、十九ぅ? わ、私まだ『新参』クラスなんですか?」
妖精の見立てに、エルミヤさんは到底信じられないという口ぶりで声を上げた。期待を込めてエルミヤさんを見守っていた三人娘のアゲアゲな雰囲気も、ザワッと急降下する。
どうやらこの『ドラゴンファンタジスタ』では、それぞれが就いている職業のレベルに応じて階級の呼び名が決まっているという。レベル二十以上になると「達人」、三十で「古参」、四十で「熟練」クラスという(俺はいちおう伝説の勇者なので、ほぼ上限とされる「伝説」クラスだ)。
ちなみに「新参」というのは初歩中の初歩、職業レベルにおいては最低とされるクラスらしい。
「ウソだろ? エルミヤさんはあれだけ強力な魔法を何種類も使いこなしてたってのに、まだ初心者レベルってことかよ」
「うーん。たぶんだけど、エルミヤさんが装備してた木の杖? あれの力がメッチャ絶大だったってことかしら」
そんなはずはない。いくら由緒正しい魔法の杖を持っていたとはいえ、さまざまな魔法を修得していて、いままでに俺の窮地を何度も救ってくれたエルミヤさんが、そんなに低レベルということがあるだろうか。
「でもね、私もこの水晶玉で何度も確認したんだから。間違いないわよ?」
エルミヤさんにも下駄を履かせてやれよ、と思ったが当のレベリル自身もそこは重々承知している。それでもやはり、彼女の魔導師レベルは相当低いということなのか。
「しかしだな……」
「いえ、いいんです、リュージさま。……ようするに、クソってことですね。この世界も、私も……」
その言葉に、俺たちはどう返したらいいかわからないまま、息が詰まるような時間だけが過ぎていく。だが、それを打ち破るかのように、カーナビの画面から優ちゃんの警告音声が鳴り響いた。
「みなさん! 『竜の大嵐』が急速接近中! 戦闘準備してください!」
続く




