第九話 異世界、来ちゃったのかよ!(五)
「ええええーーーーーーっ!」
思いがけないエルミヤさんの言葉に、俺以外の女性陣から大きな声が上がった。
「エルミヤさん、いっ、いつの間に?」
「ホンマ? ぜんぜん知らんかったわ」
「とにかくご婚約、おめでとうっス!」パチパチパチパチ
「す、すみません、なんだか急なお話で。えっと、あれからいろいろありまして、そんなことになってしまったわけでして――」
隣に立ったシャルクの方をチラチラと見ながら、たどたどしく説明するエルミヤさん。その様子からは、喜びというより戸惑いの感情が強く感じられた。
「ということで、みなさん! 彼女との挙式は事態が収束してからとなりますが、今後とも私たちをよろしくお願いいたします」
シャルクはエルミヤさんの肩を馴れ馴れしく抱きながら、満面の笑みを浮かべた。気のせいか、勝ち誇ったような目で俺を見ているように思える。
「さて、今夜はこれから夕食を召し上がっていただいて、明日の決戦に備えてしっかり英気を養っていただきましょう!」
そう言うと、シャルクは食事が用意されているという宴会場へと俺たちを引き連れていった。
ホッタンの村人たちが用意してくれた夕食を、この俺率いる勇者パーティーに加えて、騎士シャルクと魔女エルミヤさんというメンバーでご馳走になった。ちなみに、シャルクの配下たちはすでに食事を済ませて、宿舎にて休んでいるという。
「ささ、勇者さま。大したものはございませんが、どうぞ遠慮せずにお召し上がりくだされ」
村長の爺さんが、にこやかに盃を勧めてくる。テーブルの上には、温かい湯気を立てている肉や総菜、パンの皿が所狭しと並んでいた。
ホッタンは小さな集落であり、こんな上等な料理が用意できるほど裕福とも思えなかったが、伝説の勇者や王宮の騎士たちに並々ならぬ期待を寄せている証だろう。思いがけないドラゴンの襲来によって、真っ先に災厄を被るのは、おそらくこんな辺境の村だ。
「ああ、すまないな……」
俺は村長の注いでくれたエールとやらを、グッと流し込んだ。初めて飲む酒だが、風味や喉越しはなかなかに悪くない。小虎たちもそれぞれ、はじめての異世界メニューに舌鼓を打っている。
そして向かいのテーブルに目をやると、かいがいしくもエルミヤさんが、シャルクのジョッキに酒を注いでいるのが見えた。
「それにしても、エルミヤさんも隅に置けへんよなあ。竜ちゃん、ええのん?」
「ああ?」
「そうっス。こっちの世界に戻ってきて早々、あんな美男子と婚約だなんて。大人しそうな顔して、意外とヤリ手っス」
チマキとオガタは、仲睦まじいエルミヤさんとシャルクを指差しながら、ひそひそと語り合った。
「ま、べつにいいんじゃない? だれと結婚しようと、エルミヤさんの自由だし」
「おっ? 小虎嬢ちゃんは、ずいぶん物分かりいいんスね」
「だって、彼女が他の人とくっつくってことは、競争相手が一人減ったってことだもん。ね、竜司♡」
小虎の言葉を聞いて、チマキとオガタは顔を見合わせた。
「たしかに……それもそうやな」
「有力馬が、勝手に一人脱落っス!」
「これからも正々堂々と勝負だからね!」
お互い手にしたジョッキを、コチン! と鳴らして祝杯を挙げる三人であった(なお小虎のジョッキのみ、酒ではなくノンアルのルートビアである)。
そんな様子を横目に俺は、自分の身の丈ほどもある大きな肉の塊に、必死にかぶりついている妖精のレベリルに話しかけた。
「なあレベリル、たしか、王都アリアスティーンの出身って言ってたよな。あのシャルクって騎士のこと、何か知ってるか?」
「ううん、あのひと本人については何も。ウランベル家っていうのは、たしかに王宮を護る近衛騎士の家柄だけど、そこまで由緒正しいって感じでもないわね。まあ、言ってみれば中の中ってとこ? それより、あのメガネかけた魔導師の女の子、ライモン家の出なんでしょ? そっちの方がぜんっぜん格上よ!」
「そうなのか?」
「父親のゴドゥー・ライモンは、王都でもかなり有名な熟練魔導師だしね。いろいろ問題も起こして裁判にもかけられたっていうけど、とくにエルフって人柄とか性格よりも家格や血筋を重んじる人が多いから」
「なるほどな。じゃあ、シャルクが家柄のいいエルミヤさんを嫁にもらうってのは――」
「ひょっとしたら、王宮の中での地位を上げたいっていうつもりなのかもしれないわね」
俺はそんな話をしながら、エルミヤさんの方を見た。それに気づいた彼女は、一瞬なにか言いたげな表情を浮かべたが、すぐに顔を伏せてしまった。
「――それでは、宴もたけなわではありますが、そろそろお開きといたしましょうか!」
しこたま酒を喰らってすっかり酔っぱらったシャルクが、そう言って夕餉の場を締めた。
村人から与えられた客室にそれぞれが向かい、明日に備えて就寝となった夜。ほとんどが寝静まった丑三つ時に、俺の部屋のドアを遠慮がちにノックする音が聞こえた。
「……あの、リュージさま、私です」
俺はベッドから起き上がり、そっとドアを開けた。そこには丸メガネをかけたエルフの魔女、エルミヤさんが立っていた。
いつものとんがり帽子に漆黒のローブではなく、簡素な寝間着を身につけている。風呂上がりの残り香が、まだ彼女の周りをほのかに漂っているようだった。
「来ると思ってたぜ、エルミヤさん」
そう言うと、彼女はいきなり俺に抱きついてきた。
「お、おい」
「…………」
彼女は、肩を震わせて泣いているようだった。俺は、そっと彼女の肩に手を当てた。しばらくすると、ゆっくりと涙に濡れた顔を上げて、こう言った。
「リュージさま、すべてお話しいたします。……何もかも」
続く