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第九話 異世界、来ちゃったのかよ!(三)

 俺たちは、近衛騎士(ロイヤルナイト)を名乗るエルフの青年、エルシャルク・ウランベルに連れられて、この近くにあるという「ホッタンの村」へ向かっていた。シャルクは馬で、俺たちはハコスカだ。

 いつの間にか日は落ち、辺りには夕暮れの時が訪れていた。東京の街と違い、街灯も商店の明かり(ネオンサイン)もない辺境の地では、あっという間に真っ暗闇になってしまう。こんなところで野宿(ビバーク)なんてことにならなくて済んだことには、ひとまず感謝しておくべきだろう。


「んん? おかしいな」

「どうしたの? 竜司」


 ダッシュボードのカーナビの画面を操作したが、なぜかひどいノイズによって伍道や(ゆたか)ちゃんとの交信がうまくいかない。これからのことについて相談しようと思っていたのだが。


「あのシャルクってエルフの騎士について知ってるか、伍道に聞いておきたかったんだがな。信用していいモノかどうか……」


「うーん……。一応危ないとこ助けてくれたし、身なりはキチンとしてるしさ」

「ええんちゃう? 前歯がキラーン! なんて光って、ずいぶん男前やけどな」

「初対面でも身分をしっかり明かしてくれたし、あのカオは信頼できるっス!」


――だそうである。ケッ、女ってのはすぐ見た目で判断するよな。まあ、ここは得体のしれないゲームの世界だ。俺だけでも用心しておくに越したことはない。


「さあみなさん、あそこがホッタンの村ですよ!」

 シャルクが、前方を指さしながらそう言った。




「おお、これはこれは伝説の勇者様とそのご一行様。シャルク様から伺っております。ホッタンの村へ、ようお越しくださいました」


 俺たちを出迎えたのは、ホッタンの村長と思しき爺さんだった。俺たちはそれぞれ、名前を告げて挨拶を交わした。村長の服装を見るに、いかにも「中世ヨーロッパ」という感じだ。日本語が普通に通じているのが、不自然といえば不自然ではあったが。


「この近くで、オークやゴブリンの襲撃を受けたとか? 北の果てのノースコアで『竜の大嵐(ドラゴンストーム)』が発生して以来、この辺りの魔物の数も飛躍的に増えておりましてな。ともかく無事で何よりでした」


「さて村長、挨拶はそれくらいにして。夜も更けてきたことだし、これからに備えて、まずは勇者様達に温泉で疲れを癒していただくというのは……」


「おおシャルク様、それがよろしかろう。小さな村ですが、源泉掛け流しの露天風呂を、ゆるりとご堪能くだされ」


「やったぁー! おっ風呂(ふろ)ー!」

(チョー)寒かってん。助かるわー!」

「源泉掛け流し、楽しみっス!」


 村人の女性の案内で、大喜びで浴場へ駆けていく三人。そんな姿を、俺は肩をすくめて見送っていた。


「ささ、リュージ様。あなたもぜひどうぞ!」

「ああ、すまないなシャルク」

「いえいえ、ごゆっくり」


 屈託のない笑顔を見せるシャルクから手拭いを受け取りながら、俺は露天風呂へと向かった。



 露天風呂に備えられている脱衣場には二つの扉があり、ご丁寧にも「男」と「女」の表示がある。どこからどう見ても漢字だ。『ドラゴンファンタジスタ』は日本人が作ったゲームだからこれでいいのだ、と言われればそうなのだろうが……。ま、いいか。これなら俺でも間違える心配もない。


「……さて、と」

 俺は手早く服を脱ぐと、露天風呂へと続く扉を開けた。背中には、俺の代名詞ともいうべき昇り竜の彫物が踊る。ここまで持ってきていた長ドスをどうするか一瞬悩んだが、これも服のカゴに放り込んでおくことにした。素っ裸で刃物を振るうのもなんだしな。




カポーン


 湯気がもうもうと立ち込める温泉に、手桶の鳴る小気味良い音が響く。辺りには、ほのかに硫黄の匂いが漂っている。バス酔い癖のせいで、これまで針棒組の慰安旅行にまったく参加できなかった俺だが、この異世界に来てようやく本格的な露天風呂にありつく機会に恵まれたというわけだ。


「ほう、コイツは大したもんだ」

 村長が自慢する通り、ホッタンの露天風呂は十分な広さがあった。泉質は乳白色。手を入れてみると、天然温泉の熱さがじんわりと沁み込んでくる。ドラゴン退治などなければ、二泊三日ほどかけてじっくり堪能したいところだ。

 そして、掛け湯をしようと手桶をつかんだその時だった。



「わあ、中も広いよー!」

「お湯見てみ、真っ白やん!」

「ああん、ちょっと待ってっス!」


 聞こえてきたこの声は、おそらく女湯にいるあの()たちだろう。にしては、ずいぶん近いと思っていたら――


「ん?」

「は?」

「ス?」


 俺のすぐそばに、小虎とチマキとオガタが一糸まとわぬ姿で立っていた。



「キャーーーーーーーーーーッ!」




 ひとしきり大騒ぎしたあと、ようやく落ち着いた俺たち「勇者パーティー」は、四人揃って温泉の湯に浸かっていた。脱衣場だけは男女に別れていたが、どうやら中は混浴風呂となっているらしい。


「混浴やったら、最初から言うてくれればええのにな」

「てっきりデバガメかと思って、タイーホするとこだったっス」

「……まあ私はべつに、竜司と一緒でもぜーんぜん問題ないんだけど?」


 小虎の言葉に、チマキとオガタはハッとして振り返った。頬を真っ赤に火照らせた小虎は、絞った手拭いをトラ耳の生えた頭の上に乗せている。


「そ、それやったらウチもべつにええけど」

「そっス。仲良く流しっこでもするっスか」


……いや、やんねえけど。


 俺は、三人から遠く離れた露天風呂の端っこに身を寄せていた。脳裏には、先ほどの彼女たちのナマナマしい身体がしっかりと焼き付いている。

 この三人とはまあまあ親しくしている俺だが、生まれたまんまの姿を見たのはこれが初めてだ(小虎とチマキに関しては正確に言うと「初めて」ではないが、あれほど出るとこ出てるやつは、初だ)。

 乳白色の濁り湯に感謝しながら、俺は期せずして元気になってしまった下半身を鎮めようと必死に努力していた。


「竜~司~、一緒に入ろ~」

「竜ちゃ~ん、こっちおいで~」

「グンバリュージ~、来るっスよ~」


「うるせえっ! もう俺は先に出るからな!」


 三人の声を振り切って露天風呂から上がり、脱衣場へと向かった俺の前で、ガラガラっと扉が開く音がした。女側のほうだ。どうやら、露天風呂に入ってこようとした客らしい。今日は、俺たちの貸し切りというわけではなかったのか。


「きゃっ! ……あ、あの、ごめんなさい!」


 急に目の前に立ちはだかった裸の大男の姿に、彼女はひどく驚いた様子を見せた。だが、驚いたのは彼女のほうだけではなかった。


 俺は、その姿にたしかに見覚えがあった。

 その丸いメガネに、その長い金髪に、その豊かな両胸に。そして……その尖った両耳に。



「もしかして――――リュージさまですか?」


「まさか――――エ、エルミヤさんなのか?」




続く



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