第七話 決戦!夢と魔法のキングダム(三)
「ねえ竜司、見て見てこれ!」
次の日の朝、相変わらず気力体力に満ちあふれたお嬢こと針猫小虎が、なにやら行楽雑誌の束を抱えて針棒組の事務所に駆け込んできた。
「なんだこりゃ。『東京ティバニーランド』?」
「この前約束したでしょ、私とデートするって」
そういえば、そんなことを言っていた気がする。親友の優ちゃんが俺にホテルビュッフェに連れていってもらったことに、自称「婚約者」である小虎は大いに対抗心を燃やしているらしい。
「なんだ、お嬢はここに行きたいってのか?」
「そうよ。デート先としてはありきたりだけど、なんてったって国内随一の『夢と魔法の王国』でしょ? 私、竜司と一緒にナイトパレードを観たいの!」
「ふーん」
俺は、小虎が持ってきた雑誌をパラパラとめくった。
東京ティバニーランドとは、千葉県にあるくせになぜか「東京」を名乗っているいけ図々しいテーマパークである。だが、ファンシーで個性豊かなキャラクターと最先端の技術を駆使したアトラクションで、長年若者たちから屈指のデートスポットとして愛されつづけているらしい。中でも一番人気は、メインキャラクターの黒ウサギ「ティバニーバニー」だ。
「ね、いいでしょ? 行こ!」
言うまでもないが、俺はこの手の遊園地が苦手だ。というか、そもそも生まれてこのかた「遊園地」というものに行ったことがない。キラキラしたパステルカラーの夢の国に、百九十センチオーバーのゴリゴリ武闘派ヤクザが絶望的に似合わないというのもあるが――
「なあお嬢、遊園地ってことはアトラクションの乗り物があるんだろ? ジェットコースターとか観覧車とか……」
そう。俺は、自分自身が運転できない乗り物がとにかくどうしてもダメだ。電車やバスでさえ猛烈な吐き気を催してしまうというのに、高速で縦横無尽に駆け巡るジェットコースターなんて乗った日には、卒倒してそのまま帰らぬ人になってもおかしくない。
「大丈夫だいじょぶ。アトラクションなんて、気合と根性でなんとかなるよ。もしアレだったら私が乗ってる間、竜司だけそのへんで休憩してくれててもいいし」
気合と根性でなんとかならないから言ってるのだが。というか、小虎はただアトラクションに乗りたいだけなんじゃないか? という気さえしてきた。
「しかしだなあ……」
「もうネットで予約して、入場券押さえちゃったもん。今週の日曜、九時開場だから、それに間に合うように迎えに来てね。あ、それから、これ全部読んでちゃんとティバニーキャラの予習もしといてよ。一緒に同じウサ耳つけて場内を歩くんだから。それじゃね!」
それだけまくし立てると、小虎は行楽雑誌を俺に押しつけて帰っていった。言いたいことは山ほどあるが、そんなことがまったく無意味であることは、すでに長い歴史が証明している。ったく、こんな日本に誰がした。
「お嬢のお守り役っすか。大変っすね、営業部長……」
横の席でやり取りを見ていた部下で舎弟のマルが、気の毒そうに言った。周りの社員たちも、みな同様の表情である。――――ただ一人を除いては。
「夢と魔法の王国! 楽しみですね、リュージさま!」
「それでよお、エルミヤさん」
「なんですか、リュージさま」
自宅に戻ってきた俺とエルミヤさんは、夕食を食べながら小虎とのデートの計画について協議した。ちなみに、今日の献立は肉野菜炒めと豚汁である(豚肉がかぶってしまった)。
「やっぱ、ついてくるんだよな?」
「それはもちろん、これですから」
エルミヤさんは、自分の首に巻かれている金属の輪っかのついたチョーカーを指さしながら答えた。今はお互いの距離が近いからなにもないように見えるが、これが三・五メートル以上離れるとたちまち「隷属の鎖」が出現して、俺の左手首と彼女の首を繋いでしまう。俺たちが、物理的に絶対に離れることのできない奴隷契約の証だ。
「どうすっかな。『魔法便瓶』は、もうねえんだろう?」
俺は、先のトリプルデートの際にエルミヤさんが姿を隠すのに使った魔法のアイテムのことを聞いてみた。あれなら、彼女の体を丸ごと小さくして瓶の中に入れて、便利に持ち運べたのだが。
「はい。残念ながらあの時、魔法便瓶は割れてしまって。私の手持ちはあの一本しかありませんので」
となると、なにか別の方法でエルミヤさんが俺の近くにいられる方法を考えなければならない。もちろん、小虎にバレないようにだ。
「あれもダメか? 姿を気にしなくなるっていう魔法の――」
「ああ、『秘匿魔法』ですね。たしかに、この前は小虎お嬢さまには有効でしたけど、デートしている間の一日中となるとちょっとキビしいかと思います」
「そうか……。あー、それにしても厄介だなしかし」
俺がため息をつくと、エルミヤさんは待ってましたとばかりに立ち上がってこう言った。
「じつはリュージさま! 私にとてもいいアイディアがありまして」
エルミヤさんは小虎の持ってきた行楽雑誌を開き、その紹介ページを指さしながら続けた。
「私、今日の勤務中にいろいろ調べたんですけど、東京ティバニーランドにはかわいいキャラクターの着ぐるみがいっぱいいるそうじゃないですか」
「おう、どうやらそのようだな」
記事によると、さまざまなキャラクターが園内を歩き回っており、来場者と握手をしたり記念写真に納まったりできるのもこのテーマパークの特長だそうだ。
「それでですね。私もティバニーバニーの着ぐるみに入っていれば、小虎お嬢さまに気づかれることもなくなるのでは、と」
「なるほどな。ティバニーバニーなら、それこそそこいら中にいるだろうからな」
「いいえ、リュージさま」
エルミヤさんは目を閉じ、人差し指を左右にゆっくり振りながら言った。
「ティバニーバニーは、世界中にたった一人だけ、です!」
うぜえ。チッと舌打ちをして、俺は話を続けた。
「だがよう、エルミヤさんが着ぐるみの中に入ったとして、俺たちのあとをずっとついてくるんだろ? それはそれで怪しくないか?」
「そこでですね、私にとっておきの考えがあるんですよ~」
エルミヤさんは意気揚々として、「とっておきの考え」とやらを俺に聞かせたのである。それはまあ、なんというか――
「本当に大丈夫か? それ」
「私におまかせください!」
続く




