第七話 決戦!夢と魔法のキングダム(二)
それからしばらく、俺は幸いにして平穏無事な日々を過ごしていた。例の女の子たちからのお誘いは今のところとくになく、元嫁・亜也子からの連絡も途絶えたままだ。まあ余計なことに気を回さずに済んで、俺的には結果オーライである。
むしろ最近は株式会社針棒組の営業部長としての仕事がやけに増え、俺は愛車でさまざまな会社や現場を慌ただしく走り回っていた。そしてエルミヤさんの秘書業務も、このところすっかり板についてきている。
「でも、本業が忙しいというのは、まことに結構なことではないですか、リュージさま」
「そりゃそうだが――」
そう言いかけて、俺は思わず言葉を止めた。
そもそも、俺たちの「本業」ってのは任侠道じゃなかったのか。土建屋の仕事が忙しすぎて、気がつけばそのことを忘れてしまっていることに、俺はなんだか苦笑するしかなかった。
「まあいいや。なあエルミヤさん、次の現場はどこだったっけ?」
さらに数日たったとある昼下がり、俺の相棒である若頭補佐にして経理部長・雷門伍道から気になる話を耳にした。
「なんだって、泥縄組が?」
「ああ。奴らまた、ヤバい商売を始めてきやがったぜ」
俺たちは、針棒組のそばにある古い馴染みの喫茶店で向かいあっていた。組の者たちにもあまり聞かれたくない話をするには、うってつけの店である。
「泥縄組といえばよ、刺客に送り込まれた若いモンを竜司が三十人ばかしまとめて返り討ちにしたよな」
「おう、そんなこともあったな。なんだか、ずいぶん遠い昔のことのように思えるが」
ウチの縄張で商売していた覚醒剤の売人たちを俺が懲らしめたことで、逆恨みした泥縄組に襲撃された件だ。そういや、あん時に異世界から来たというエルミヤさんと初めて出会ったんだっけ。
「さすがに奴らも、あれからしばらくは鳴りを潜めていたんだがな。あの後お前さん、逝鳴賭市っていう金貸屋を潰したろ?」
「んー。そりゃ、昔なじみのカラミでちょっとな」
その言葉で、俺はあの夜の首都高バトルを思い出していた。達吉つあんと粽子親子の経営する千石モータースにかけられた詐欺まがいの借金をチャラにするため、愛車を駆って奔走、いや爆走したのだ。結果的に俺が得たのは、チマキからのキスだけだったが。
「逝鳴金融は、泥縄組とズブズブでつながってた。余罪だらけの逝鳴が逮捕起訴されたことで、泥縄の金回りがかなりヤバくなってきたらしい」
「そうだったのか」
「さらに、お嬢だ」
「お嬢がどうかしたのか?」
伍道は、コーヒーカップを啜りながら話を続けた。
「シンガポールから帰国したあの日、針棒組の前に停めてた車を、お嬢が運転手ごとボコボコにしたそうだが――」
「たしかに、そんなことも……おい、まさかあの男も泥縄組の関係者だったってのか?」
小虎がブチのめした、関西弁で強面の路駐男のことならよく覚えている。駐車場を塞いでいたSUVを、ロードローラーでスクラップにしたのは多少やりすぎだったかもしれないが、まあ小虎なら仕方ない。もっとも当の本人は、すでにこれっぽっちも覚えてやしないだろうが。
「うむ。なんでも泥縄組長の古い友人で、大阪の志葉公会系の幹部らしい。金に困った泥縄は関西の勢力と手を組むつもりだったんだが、それも結局流れちまったそうだ。どうやらその男、相当ビビったようだな」
「ってことは……」
「泥縄組は、いまや八方塞がりだ。組長の泥田暴作は面子も資金もなくして、なりふり構っちゃいられねえだろうな。俺たちの縄張がまた荒らされるのは目に見えてるぜ。そして、なにより一番恨みを買ってる竜司もな」
「ああ。それと、お嬢だな」
「そうですね! 私たちで、しっかりと小虎お嬢さまをお守りしましょう!」
俺と伍道の話に、隣に座っていたエルミヤさんが拳を固めてポーズを見せた。その姿を見て、伍道は半ば呆れたような声を上げた。
「……なあ、エルミヤさんよ。アンタはべつに、こういう話にゃ同席しなくてもいいんだぜ?」
「いいえ、お構いなく。なんといっても私、リュージさまの戦闘……いえ、専属秘書ですので」
そう言いながら、両手で抱えたクリームソーダのストローを啜りあげるエルミヤさん。その表情は、真剣そのものだ。
「ほう。それはなんとも頼もしいこった。じゃあ、くれぐれもお嬢のことは任せたぜ、竜司。俺は組員たちに、キッチリ注意喚起しとくからよ」
席を立った伍道は、手にした伝票をひらひらさせながら会計に向かった。
(お、すまねえな)
(いいってことよ)
俺と伍道は、言葉を発することなく目だけで会話した。つまり俺たちは、そういう間柄だ。
(リュージさま、ミックスサンド食べてもいいですか?)
メニューから顔を上げたエルミヤさんが、目だけで訴えかけてきた。
続く




